TOPへ
January 07 2016 By 高樹ミナ

もうひとつの箱根駅伝 -古豪・筑波大復活への道

もうひとつの箱根駅伝 -古豪・筑波大復活への道

後に学生スポーツのモンスターコンテンツとなる「箱根駅伝」を考案し、第1回大会で優勝した筑波大学(当時は東京高等師範学校)が、第70回大会以来遠のいている本戦出場に本腰を入れている。名付けて「箱根駅伝復活プロジェクト」。潤沢な強化資金をバックに躍進する私立大学に対し、選手強化に“しばり”のある国公立大学に勝算はあるのだろうか。チャレンジングなプロジェクトの現状と根底にある真の狙いに迫る。

本気の箱根駅伝復活プロジェクト

年明けに箱根駅伝(東京箱根往復大学駅伝競走)を控えた年末。今回も本戦出場を逃した筑波大学駅伝チームは校内のクロスカントリーコースを黙々と走っていた。

筑波大学の前身は、東京高等師範学校。同校の出身であり、日本人初のマラソン選手として1912年のストックホルムオリンピックに出場した金栗四三(かなぐり・しぞう)が、マラソン普及と世界に通用するランナーの育成を目的に学生駅伝を考案したことは意外と知られていない。金栗が早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学に呼びかけ、「四大校駅伝競走」の名称で1920年に開催したのが箱根駅伝の始まりだ。第1回大会を制したのは東京高等師範学校。優勝はこの一度きりだが、1949年に東京教育大学、1973年に筑波大学となった後も、第70回大会(1994年)までは本戦出場を果たし、名門校の威信を保っていた。

以降、長らく続く低迷の歴史において、後の筑波大学が駅伝強化に力を入れた形跡は見当たらない。勝利至上主義と商業主義に傾きつつある学生駅伝は、「文武両道」を掲げる筑波大学の理念にそぐわないというのが主たる理由だった。

ところが2000年後半になるとその方針に転換の動きが見え始め、2011年には「箱根駅伝復活プロジェクト」をリリース。5年以内に本戦出場、10年以内に優勝という強気な達成目標を打ち出した。しかし、中身が伴っていなかった。プロジェクト初年度は予選26位、翌年以降も2年続けて24位、2014年は21位と惨敗に終わり、筑波大学はプロジェクトのてこ入れに乗り出すことになる。

改革の要となる監督に招へいされたのは、元資生堂陸上部監督で、かつてオリンピックに3大会連続出場した弘山晴美元選手のコーチを務めた弘山勉さん。自身も筑波大学出身で、在学中に4年連続箱根路を走ったランナーである。

筑波大学駅伝チーム弘山勉監督

弘山勉監督。「社会に巣立っていく学生たちに、自分は何ができるだろう? といつも考えています」と話す。学生を指導するのは初めての経験。

限られた資源でいかに選手を育てるか

2015年4月の就任から5年任期の弘山監督に課されたミッションは、名門校の復活。聞こえはいいが、課題は山積みだった。チーム力の底上げと質の良い練習ができる環境づくりが急務だが、国公立大学は私立大学と違い強化資金を捻出するのが難しい。

「母校で指導できるのはとても光栄ですが、国公立という性格上、駅伝強化のために特別な資金は出ませんし、高校生のスカウティングもスポーツ推薦枠が少ない上、学業成績のハードルが高いという足かせもあります。とはいえ嘆いてばかりもいられません。まずは予選会での成績を上げるべく部員たちの意識改革から始め、それと並行して競技環境を整えるシステムづくりを大学側と一緒に進めることになりました」

部員には「練習に備えて心身の管理をしっかりする」「苦しくても練習に食らいつく」「箱根駅伝に絶対に出るという強い気持ちを持つ」など、極めて基本的なことを徹底していったという。するとその成果は夏合宿で早くも表れ、練習に取り組む部員たちの姿勢が変わり走行量がぐんぐん伸びていった。中心選手の一人である吉成祐人(4年生)駅伝キャプテンは、「以前はチームを引き締めてくれる人がいなくて、練習中もどこか『なあなあ』な雰囲気でした。でも、弘山監督の熱血指導のおかげでチーム意識が芽生え、『自分たちは本気で箱根を目指すんだ』という気持ちにもなれました」と語る。

そんな彼らの変化は昨年10月、昭和記念公園(東京都立川市)で開かれた箱根駅伝予選会にも表れた。それまでどんな成績でもへっちゃらな顔をしていた部員たちが、49校中22位という成績に悔し涙を流したのだ。

「彼らが初めて本気で挑んだ予選会でした。経験不足や精神面の弱さ、ロードへの対応力や練習強度の低さなど敗因は多々ありますが、私が来たときはバラバラだったチームがひとつになり、故障者も減って、チーム力の底上げはだいぶ図れたと思います。うちはまだまだ弱小ですが、学生たちには光るものがある。選手としても人としても、彼らは着実に成長しています」

指導する、筑波大学駅伝チーム弘山勉監督

足裏が痛いと訴える部員に着地の仕方をアドバイスする弘山監督。かつてトップアスリートを育てた豊富な知識と経験が生きる。

競技生活後も社会で活躍できる人材に

近年の箱根駅伝は「ヒト、モノ、カネ」と揶揄され、高校記録を持つ学生、恵まれた競技環境、潤沢な強化資金、この3つが揃わなければ本戦出場はかなわないといわれるほどだ。それを承知で筑波大学が箱根駅伝復活をめざす理由について、“筑波スピリット”を受け継ぐ弘山監督はこう語る。

「学生の本分は文武両道にあるというのが私たちの考えです。学生のうちにあまりにも贅沢な環境を与えてしまうことも、人間形成の過程において良しとしません。与えられた環境下で学業とスポーツを両立する高いモチベーションを持ち、そのために努力できる人間になること。まさに人間力を高める教育が筑波大学のモットーなのです。かつて私が監督をしていた実業団チームには、競技力は高いのに人間力に乏しい選手がいました。そういう選手は速くなれても、強くはなれません」

選手の人間性が競技にもたらす影響については、今年の箱根駅伝で連覇を果たした青山学院大学の原晋監督も指摘しており、監督就任当初、記録重視で行ったスカウティングが裏目に出た経験を同大陸上部の創部90周年史で明かしている。

さらに、「学生が憧れる箱根駅伝は向上心や創意工夫、己に勝つ強いメンタリティーといった人間力を養うのに、これ以上ない魅力的なコンテンツ」と弘山監督。箱根駅伝挑戦をフックに心身の鍛錬を通して人間力を磨き、学業で高い知識と教養、リーダーシップなどを身につけた学生が将来、社会で活躍すること。それこそが筑波大学の真の狙いにほかならない。日本のスポーツ界が長らく抱えるアスリートのセカンドキャリア問題にも風穴を開けようとするコンセプトである。

ただ、それも絵に描いた餅で終わってはならない。「今は理想論だと笑われるでしょう。でも理想を追い求め、結果を出します」(弘山監督)

現在はスタッフの増員やOBOG会への積極的な支援の働きかけ、さらに2017年度をめどにスポーツ推薦枠の拡大も検討されているという。「それが実現すれば、2018年秋の予選会でようやく戦えるチームができるのではないか」というのが弘山監督の見通し。国公立大学に出来ないことは複数あるが、筑波大学だからできることもまたある。学生スポーツのあり方に一石を投じる古豪の挑戦に大いに期待し、長い目で見守りたい。

筑波大学駅伝チーム

クロスカントリー走をする部員たち。ペースの落ちた選手には「おまえ一人の練習じゃないんだぞ!」と仲間が叱咤激励するから檄が飛ぶ。チーム意識の表れだ。

高樹ミナ

高樹ミナ

千葉県出身。アナウンサーからライターに転身後、競馬、F1、プロ野球などを経て2000 年シドニー、04年アテネ、08年北京、10年バンクーバー冬季大会を取材。16年五輪・パラリンピック招致委員会に在籍した経験も生かし、スポーツの意義と魅力を幅広く伝える。国内外で取材活動を展開。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterをフォローしよう!

前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ
前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ