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January 27 2016 By 向 風見也

小瀧尚弘。発見された力でラグビートップリーグ新人賞を獲得

ある引退したアスリートは言った。

「人に質問をされて喋っているうちに、あ、俺、こんなことを考えていたんだぁ…って」

そう。自分の良さ、面白さ、醜さ、心の波を、自分ではなく他者が見つけることがある。それだから人間関係は楽しい。

「そうですね…。自分の強みを見つけてもらって…」

小声で繰り返すのは、堂々たる体格の23歳の若者だった。

東芝ラグビー部の新入社員選手、小瀧尚弘は、2015年度の日本最高峰トップリーグで全公式戦に出場。空中戦と肉弾戦に身を投げ出すロックという働き場にあって、身長194センチ、体重110キロの体躯で、どん、と構えた。

2016年1月25日、チーム指定の黒いスーツをまとって都内ホールの壇上に上がる。新人賞をもらったのだ。スピーチの内容は、「自分の強みを見つけてもらって、それを前に出せた」だった。

 

誰が呼んだか「小瀧上げ」。球を持った選手を抱え上げる「チョークタックル」という力業に、いつしか日本人男性の名前が付いた。東芝の府中事業所敷地内のグラウンドで、「小瀧上げ」は流行語となった。本人は「あ…はい」と照れながら認めた。

表彰式の前日、トップリーグ王者を決すプレーオフの決勝戦に臨んだ。3連覇を目指すパナソニックを向こうに、その必殺技を放つ。

前半10分。パナソニックがカウンターアタックを仕掛け、東芝が自陣22メートルエリアまで攻め込まれた時である。

守備網に並んだ赤いジャージィの小瀧は、接点付近からパスの軌道をなぞるように前進する。迫りくる青いジャージィの谷田部洸太郎を迎え撃ち、真正面からぶち当たる。

ボールを懐に隠してぶつかる谷田部を、ぐい、と捕まえる。締め上げる。自軍の仲間が待つ方向へ、ぐるり、と、回しにかかる。フランカーの山本紘史やフッカーの湯原祐希らの援護を受け、約30秒間、谷田部を羽交い締めにする。笛の音を聞く。立っている選手が塊からボールを出せない、モールパイルアップという反則を誘う。ピンチを誘った。

結果は26―27と敗れて悔し涙にくれたが、あの瞬間には、確かな手応えを掴んでいた。

「狙っていた、自分の強みのプレーですね。プレッシャーをかけて、抱え上げて、寝させない、と」

小瀧尚弘

写真:長尾 亜紀

 

帝京大の学生時代は、相手の足元への「ロータックル」一辺倒の向きがあった。体の大きな選手が低い姿勢で刺されるのだからそれだけでも魅力的とされたが、東芝では中居智昭フォワードコーチに新たな魅力を見いだされる。上腕と背筋の強さを、である。

腰に重りをつけて懸垂運動をする測定で、小瀧はチームトップを争う数値をはじき出していた。中居フォワードコーチは「その人がナチュラルに強さを出せる当たりを」と、オーダーメイドの指導を貫く人だった。小瀧には低い前傾姿勢でぶつかる相手への「チョークタックル」を勧めた。

トップリーグが始まる前、冨岡鉄平監督はすでに断言していた。腕を胸に引きつける仕草をしながら、「こう、掴まえた時の強さがあるんですよ」と。

「彼のインターナショナルレベルで通用するものが何かを見極めて、それを追求しようと思うんですよね」

開幕から大舞台に立ち続けた小瀧は、その才気をいかんなく発揮した。プレーオフが始まるころには、新人賞候補の筆頭格に名前が挙がるようになっていた。むろん「小瀧上げ」は、東芝のアイコンのひとつとなった。

周りにレベルアップを促され、最終的には自信を掴む。小瀧はもともと、そういう縁に恵まれていた。

鹿児島実業高2年時に17歳以下日本代表として、韓国での日・韓・中ジュニア交流競技会に参加した。「何もできなくて…」。現パナソニックの布巻峻介らその時代の実力者と自分を比べ、劣等感にさいなまれた。

しかし、地元で合宿をしていた東芝の大野均と邂逅。日大工学部郡山キャンパスで楕円球と出会った日本代表の伝説的ロックに、「続けた方がいい」と諭された。大学選手権2連覇中だった帝京大への進学を決め、明るい未来を見る。

「大野さんは大学からラグビーを始めていて、それでも日本代表で活躍されていた。自分もそういう世界に入ってみたい、と」

帝京大学では、1年生の頃からレギュラーだった。他校とのぶつかり合いに四苦八苦も、岩出雅之監督には多少の失策を見逃してもらっていた。

3年生になって臨んだ、2014年1月12日の大学選手権決勝。不動の背番号「4」は、後半1分、取り壊される前の東京は国立競技場の芝を駆けた。真っ直ぐ駆けた。約60メートルのビッグゲインだ。大きな人が素早く走ったので、スタンドはどよめいた。

「あの…パスをしたらミスになるかと思っていて、走ることに夢中でした」

ウイングの磯田泰成のトライを演出し、最後はライバルだった早大を41―34で制す。後に少なくとも「7」までは伸びる選手権の連覇記録を、「5」に更新した。当時、こう話したものだ。

「自分が1年の時は、まだまだ試合に出られるレベルではなくて…。監督からは投資だとおっしゃっていただいて…。上級生になった時にその経験を生かせれば…と。…感謝しています」

ややぎこちなくとも、丁寧に思いを伝える人だった。

件のプレーオフ決勝後。まだまだ選手を続けていた大野は、後半29分に小瀧と代わって途中出場した。「1年目とは思えなかったですね」。後輩をただただ褒めていた。自身は、2月から南半球最高峰のスーパーラグビーに新規加盟するサンウルブスで挑戦する。負けん気を冗談の口調でくるみ、「サンウルブス、彼に譲ろうかな」と笑うのだった。

小瀧はいま、日本代表デビューを目指している。大学3年時のオフに選出経験があるものの、定着には至らなかった。いまは得意の「小瀧上げ」を国際舞台で使うイメージを明確に持つ。「(接点)セカンドタックルの時に…」。フルスピードに乗った大男ならいざ知らず、味方が低いタックルで足止めした走者なら力ずくで押さえ込める、と。

「締め上げる力は、まぁ、ちょっと、あると思うので」

普段は人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターの独特な立ち姿をまねし、それを撮影してはSNSに掲載する。愉快で、それなのに口数の少ない23歳だ。中居コーチらに「強みを見つけてもらった」ことで、公人としても確かな自信をつけている。

表彰式の前に、こんなやりとりがあった。

――他チームの手ごわいロック、誰ですか。

「パナソニックのヒーナン ダニエル選手です」

――元オーストラリア代表のコンタクトの鬼ですね。試合でぶつかった時、何かあったのですか。

「ちょっと受けちゃって、ドミネート(圧倒)されて…」

――要は、相手の突進を「受け」る形にならなければ…ということですか。

「そうですね、まぁ…。あの、どうですかね…。上半身の力には自信があるので…。あ、まぁ、わからないですけど」

近くの人に肯定されると、人は、強くなる。

向 風見也

向 風見也 Facebook Twitter Blog

1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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