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January 30 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

日本と同じ課題を抱えていたロンドンから学ぶべきこと ~山脇康日本パラリンピック委員会委員長×田中晃WOWOW代表取締役社長~(後編)

日本と同じ課題を抱えていたロンドンから学ぶべきこと ~山脇康日本パラリンピック委員会委員長×田中晃WOWOW代表取締役社長~(後編)

パラリンピックが「障がい者スポーツの祭典」から、オリンピック同様「スポーツの祭典」となったと言われ、世界から称賛された2012年ロンドンパラリンピック。同じ成熟国家として、2020年東京パラリンピックではそれ以上の成功を期待する声も少なくない。そこで山脇氏、田中氏に、ロンドンから学ぶべきこと、そして成功へと導くためには何が必要なのかを聞いた。

英国人の意識を変えた「チャンネル4」の戦略

―― 2012年ロンドンパラリンピックは過去に例を見ない成功事例として、世界的に高い評価を受けました。東京パラリンピックにおいても、指標のひとつとなっています。

山脇: 私にとって初めて見た国際大会がロンドンパラリンピックでしたが、自分の人生観が変わりましたね。一番驚いたのは、人間の潜在能力。「人間って、これだけ大きな可能性を秘めているんだ」と思いました。世界のトップアスリートのパフォーマンスに、どんどん引き込まれていきました。「こんなにすごい世界を、もっと早く知っておきたかった」と悔やんだほどです。日本ではまだまだパラリンピック競技を見たことがない人も少なくないと思いますが、実際に会場で見たら、多くの人が僕と同じ衝撃を受けると思うんです。だから、ぜひ一度、会場に見に行ってほしいですね。

山脇委員長

ロンドンパラリンピックを生で見て、衝撃を受けたという山脇委員長

田中: メディアの視点から見ても、ロンドンパラリンピックは実に素晴らしかった。その成功した大きな要因のひとつとして、地元テレビ局「チャンネル4」の存在は非常に大きかったと見ています。そこで私たちも、それをきちんと学ばなければいけないと考え、2014年に再びロンドンを訪れて、チャンネル4のプロジェクトリーダーに話を伺いました。チャンネル4では、パラリンピックの2年前からプロジェクトを本格始動させたそうですが、世界中で絶賛された「Meet the Superhumans」(※)というキャンペーンを行うに至った理由として、大きく2つの課題があったそうです。ひとつは「障がい者に対する偏見」。もうひとつは、「障がい者スポーツへの無関心」。

山脇: それらは、まさに現在の日本が取り組むべき課題ですよね。

田中: 私もそう思いました。チャンネル4が考えたのは、まずは障がい者スポーツに触れる機会を増やすことでした。そして、「障がい」とは誰の人生においても起こり得ることで、決して他人事ではなく自分事として捉えるべきことなんだということを伝えるために、CMに妊婦、戦争、交通事故のシーンを入れたと言っていました。ただ、この3つのシーンについては、最後までIPC(国際パラリンピック委員会)とBPC(英国パラリンピック委員会)が「ネガティブな印象を与える」という理由で反対したそうです。そこで選手に見せて感想を求めたところ、選手はみんな「I love it!」と言ってくれたと。それで強引に押し通したんだそうです。結果として、あの満員の会場につながった誘因のひとつになったことは間違いありません。そういうメディア展開にしても運営にしても、ロンドンから学べることはまだまだたくさんあると思っています。

山脇: 私がロンドンでもうひとつ驚いたのは、英国人の様子でした。私はビジネスでしばしば英国を訪れてきましたが、英国人というのはいつもどこか不機嫌そうでシニカルな人が多い。ところが、パラリンピックの会場で会った英国人はみんなご機嫌で熱狂している。驚いて、知人の英国人に「どうしちゃったんだい?」って言ったら、「オレたちは変わったんだよ!」と言っていました。「スポーツってこれだけ人を変える力を持っているんだ」ということを学んだ気がしましたね。と同時に、「日本でだって、必ずできるはず。できないなんて思わずに、こんなに選手が頑張っているんだから、自分がやれることは何でもやっていこう」と、改めて思いました。

熱狂する観客たち

熱狂する観客たち

目指すはパラスポーツ報道の日常化

―― 日本も2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定して以降、パラリンピックへの取り組みが盛んに行われるようになっています。そのひとつがメディアで、オリンピックと同じく、スポーツとして伝えるメディアが増えてきた印象があります。

田中: 開催の5年も前から、これだけいろいろと取り組んでいる国は過去になかったんじゃないでしょうか。それほど、日本におけるパラリンピックの環境は変わってきていることを、私自身も感じています。

山脇: とてもいい流れにあると思いますが、それでもまだ十分ではないと感じています。確かに昨年国内で開催されたリオ予選では試合が生中継されたり、ニュース番組や新聞でも、スポーツとして結果が報道されました。でも、健常者のスポーツはそれこそ毎日何かしら報道されている。ならば、パラリンピック競技も毎日ひとつは報道してもらいたいなと。目指すは「エブリデー・パラスポーツ報道」です。

田中: 本当にその通りですね。でも、私としては「ようやく、ここまで来た」という気持ちもあります。WOWOWでは2015年の全仏オープンから車いすテニスのグランドスラムを中継していますが、その1年前の2014年全米オープン、錦織圭が決勝で敗れた前日に、車いすテニスの国枝慎吾がグランドスラム達成という快挙を成し遂げたんです。しかし、当時そのことはほとんど報道されませんでした。日本人にとってのパラリンピック競技というのは、ほんの1年前までは、それくらいのものだった。それが今では、これだけメディアの露出が増えている。そう考えれば、あと4年で、さらに広げることはやり方次第では可能なはずです。

WOWOW田中社長

「エブリデー・パラスポーツ報道」は、やり方次第で可能なはず、と語る田中社長

山脇: 今年5月には、国内で初めて車いすテニスの国別対抗戦「ワールドチームカップ」が有明で開催されます。もちろん、メディアもたくさん報道してくれると思いますし、ぜひ会場で世界ランキング1位の国枝選手をはじめ、日本人選手のプレーを見てもらいたい。ボールスピード、コントロールに加え、素早くターンするなどの車いす操作テクニックは、車いすテニスならではの面白さがあり、見ていて本当にすごいですからね。

見てほしい、度肝を抜かれる世界トップのパフォーマンス

田中: メディアの立場からしても、そうした国際大会が国内で開催されるというのは非常に重要です。そこで山脇さんにお願いしたいのが、国際大会や海外のトップ選手を招待できるような大会を、できるだけ多く開催してもらいたいなと。理想を申しますと、ある一定期間内にさまざまな競技の大会を集中して行うことができれば、絶対にメディアは取り上げますし、相乗効果もあって、非常にいいんじゃないかなと思っているんです。

山脇: ロンドンを見ても、エキシビジョンとしてそういう大会をやっていたんですよね。選手強化でもあり、メディアの露出を増やして観客を増やすための方法でもある。ぜひ、日本でもやっていきたいですね。

田中: 運営面でも、いきなりパラリンピック本番を迎えるのではなく、国際大会の開催を通じて準備していくことが大事だと思うんです。

山脇: おっしゃる通りです。プレ大会はもちろん大切ですが、今からやれることはあります。実際、各競技団体には、ワールドカップなど、国際大会の招致には、積極的に手を挙げてください、と伝えているんです。お金の心配よりも、2020年に向けてやれることはやっていくポジティブ精神でいこうと。悲観的に考えていたら、パラリンピックなんてできません。みんなが信じてやっていけば、必ず明るい未来が待っていると私は信じています。

田中: 本当ですね。私はとにかく日本の皆さんに、世界のトップアスリートのパフォーマンスを見てもらいたいんです。そもそも日本の多くのスポーツも、エキシビジョンマッチで海外のトップアスリートを呼んで、そのパフォーマンスに日本の観客が熱狂することで発展してきたわけです。ですから、パラリンピック競技でも同じような取り組みをしたらよいと思いますね。今なら例えば、男子幅跳びのマルクス・レーム(ドイツ)。昨年10月の世界選手権では自身の持つ世界記録を更新し、8メートル40センチをマークしました。これは、ロンドンオリンピックの金メダリストの記録(8m31cm)を上回っているんです。見たら、度肝を抜かれると思いますよ。例えば、日本選手権に彼を招待するとか。方法はいくらでもあるはずです。もちろん、義足で踏み切ることが公平性の観点からどうなのかという議論は出てくるでしょう。しかし、またそれがパラリンピックの奥深さでもあり、議論を重ねることが大切です。結局、何を価値観のベースにするのか、ということになると思うのですが、それは今後の日本社会を考えるうえでも大事なこと。ただ、そのためにも、まずは見て、感じてほしいなと思いますね。

マルクス・レーム(ドイツ)

8m40cmの跳躍を見せたマルクス・レーム(ドイツ)=2015IPC陸上世界選手権

“ロンドン超え”は2020年以降の社会的成長

―― 最後に2020年以降について、お考えをお聞かせください。

山脇: 2020年東京パラリンピックで、どの会場もワクワクした気持ちで声援を送るファンで満員にすることができれば、パラリンピックが日本に根付き始めたという証拠でもあると思うんです。それがきっと、後にもつながっていくはずです。それと、アスリートのパフォーマンスが人々の意識を変え、さらに社会の変革へとつながるというロジックを確立させることも重要だと考えています。よく「共生社会の実現」と言われていますが、選手に聞いてみると「自分が障がい者であると感じない社会」を望んでいるというんですね。つまり、社会に完全に溶け込んだ存在であるということですよね。それが実現すれば、2020年以降のレガシーになるはずです。そのためにはどうすればいいのか。このまま勢いだけではダメでしょうから、改めて考えを詰めていく必要があると思います。

田中: パラリンピックの認知、意識が拡大されて、2020年には会場を満員にして、成功させたいというところまではだいぶ共有されてきていると思いますし、それに向けた取り組みも行われています。今後は次の段階として、2020年以降に何を残すのか、みんなで共有すべきことは何なのか、ということについて、考えるべき時に来ているのだと思います。それが実現できるかどうかこそが、ロンドンを超えられるかどうかにかかっている。実は、ロンドンでは大会自体は成功だと言われているし、障がい者スポーツの認知度は高まったと言われていますが、その後どういう社会的成長があったかについては、私が知る限りでは、あまり耳にしていません。日本では、ぜひ2040年くらいになった時に、「あの時東京大会を開催したことで、日本はいい国になったね」と言えるようにしていきたいなと思います。

山脇康日本パラリンピック委員会委員長と田中晃WOWOW代表取締役社長

(おわり)

※「Meet the Superhumans」

ロンドンパラリンピックで展開されたキャンペーン。選手たちを「スーパーヒューマンズ」と呼び、鍛え上げられた肉体美を強調するなど、アスリートとしての魅力を映像などで伝えることでパラリンピックを「スポーツの祭典」として取り上げ、盛り上げた。

(構成・斎藤寿子、写真・越智貴雄)

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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