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February 11 2016 By 松矢 英恵

心に響く美しさを。新体操で新しいパフォーマンスに挑戦する元日本代表平田美沙紀

心に響く美しさを。新体操で新しいパフォーマンスに挑戦する元日本代表平田美沙紀

しなやかなボディにパールを纏い、リボンを手に、ダイナミックに舞う。華麗な演技に目を奪われる。アスリートとファッションとジュエリー…それぞれの美が融合し、全く新しい表現がそこに誕生した。

VOGUE JAPAN 2015 年3月号の誌面でモデルを務めたのは、新体操元日本代表の平田美沙紀。現在、新体操をベースとした新感覚の表現活動を行っているパフォーマーだ。新体操は競技を引退すると演技を披露する場が少なく、日本ではオリンピック種目ながらまだまだ注目度は低い。彼女はそんな新体操の魅力を発信していくことを目的に活動している。挫折や引退を乗り越え、新体操を愛し踊り続ける彼女に話を聞いた。(トップ写真:VOGUE2015年3月号より)

フェアリージャパンとして北京オリンピックを目指す

新体操との出会いは5歳の頃。幼少の頃は、「練習に行きたくない」と泣いていたこともあったという。本格的に楽しくなったのは、小学校高学年に入り試合に出場できるようになった頃。きれいな衣装、リボンやフープといった手具を使って、音楽に合わせて自分を表現する、そんな新体操の魅力の虜になっていった。その頃から多くの大会に出場し、入賞を果たすなど結果を残してきた平田だが、大きなチャンスが訪れたのは高校2年の時。日本代表「フェアリージャパンPOLA」の全国オーディションに合格し、メンバー入りを果たしたのだ。そこから、親元を離れメンバーと共同生活を送りながら北京オリンピックを目指す生活を約2年半続けた。

平田美沙紀_02

「朝9時から始まって演技が仕上がるまで続く8時間以上の練習に加え、食事や身の回りの家事もすべて自分たちで行ってきました。あたり前に高校生活を送っている友達を見てうらやましいと思うこともありましたが、与えられた環境に感謝すると同時に、日本代表という自覚を持って日々練習に励んでいました」

自分ができるすべての努力をして、臨んだオリンピック選考。最終に残ったのは9人。その中からメンバーに選ばれるのは6人。しかし、残念ながら代表に平田の名前が呼ばれることはなかった。

挫折と絶望からの復活

スポーツは結果がすべての世界。現実は受け入れなければならない。今までの平田を支えていたのは「努力は裏切らない…」という言葉。「そんな言葉は嘘だったのかな」という思いが頭をよぎった。そして「精いっぱい努力して自分自身を表現しても夢はかなわない」と思い込み、さらには人に評価されることへの恐怖から、新体操をすることの喜びすら見失ってしまった。

代表選考後は、新体操から少し離れ家族との時間を過ごし、心身の疲れを癒していた。そんなある日、母親が何げなく言った「小さい頃は器用でも上手でもなかったけど、コツコツ練習してとても楽しそうに踊っていたよ」という言葉で、心に変化が起こる。今まで競技者として成績にこだわって精いっぱい努力をしていたが、「きれいな衣装を着て、たくさんの手具を使って、音楽に合わせて自分を表現するのが楽しい」そんな幼少の頃の純粋な気持ちを思い出せたという。

「また踊りたい…!」。そう思った平田は、大学で再び選手として取り組むこととなる。大学には新体操部はなかったが、大学の付属高校の新体操部顧問をはじめ、たくさんの先生方の協力があり、同好会を設立。部員も1人からのスタートだったが、次第に人が増え活気を帯びてきた。しかし、引退直前の4年生の時、足のけがで控えていた試合を棄権。幼い頃からおもい描いてきた「全日本選手権を引退試合にする」という夢を叶えることができなかった。新体操へのおもいを消化しきれない形で終了してしまった絶望感が再び平田を襲う。

引退。そして新しい新体操パフォーマンスの創造へ

幾度もの挫折を乗り越え、新体操と真剣に向き合った選手生活の中で、フロアの上で自分を精いっぱい表現できる喜び、そして踊ることの楽しさ。忘れかけていた新体操の魅力が「新体操を続けたい」「もう一度踊りたい」というおもいに再び火を付けることになる。
新体操の競技年齢は短い。一般的には10代後半がピークで、大学卒業と同時に引退する選手が多い。その後、新体操を続ける場は今のところ用意されていない。例えば、フィギュアスケートの選手が引退後にスケートショーで活躍するといったプロとして活躍する場がないのだ。平田も引退後、さまざまなダンスパフォーマンスの職をあたってみたが、何かが違うと感じたという。そこで、やはり自分が表現したいのは「新体操」なのだという思いに至った。

そこで彼女は、新体操の新たな魅力を創出するために、さまざまなスポーツを体験するマルチスポーツプログラムで講師を務めつつ、スポーツイベントやパフォーマンス活動、被災地でのチャリティ活動などにも参加。自らが挑戦したスポーツは80種目を超え、多くの指導者やアスリートの取り組みを学んだという。さらに、自ら呼びかけて新体操のパフォーマンスチームとして踊りを観てもらえる場には積極的に参加した。イベントなどに出場して分かったことは、「新体操がキワモノ扱いされている」という事実。例えば、平田に声がかかった理由は、人を驚かせるようなアクロバティックな体のポーズができるからだった。また、「新体操の子は踊れない。表現ができない」と言われて悔しい思いをしたこともあったという。自分が今まで経験してきた新体操と世間が感じている新体操に大きな相違があるという現実を目の当たりにした。

一方、そこで改めて新体操の魅力について考えさせられたという。例えば、狭いステージではダイナミックな動きはできないが、しなやかなポーズ、繊細な動き、足先指先の美しさ、そして手具の表現など、新体操ならではの美しさの表現はできる。また、競技では使用されないステージでの照明が演技をさらに魅力的にするといった気づきもあった。「こうでなければならない」という選手時代の思い込みが良い形で壊れ、結果、パフォーマンスはさらに美しく魅力的なものに進化していくと新体操の可能性を感じた。

平田美沙紀_08

VOGUEで実現したジュエリーブランドとのコラボレーション

「新体操の魅力はしなやかで美しい踊り、そして手具を使った幅広い表現。幼少の頃から築き上げた確かな技術と新体操ならではの表現は必ず人の心に響くと信じているんです」
そう平田は熱く語る。新体操が好きで、その魅力を伝えることにこだわり、一心不乱に活動を続けてきた平田に、さらなるチャンスが訪れたのは2014年秋のこと。雑誌VOGUEで、ジュエリーブランドMIKIMOTOのハイジュエリーの特集をすることになり、エディターの目に平田のブログがたまたま留まりモデルに選ばれたのだ。VOGUEでもこれまでにアスリートを撮影することはたくさんあったが、ポートレイトではなく、その鍛え上げられた身体を「ジュエリーを魅せるためのパーツ」として使う、という試みは初めてのことだったという。
仕上がった作品は、まさに平田が最も伝えたかった「新体操ならではの美しさ・女性らしさ」の魅力が最大限に発揮された素晴らしいものだった。

VOGUE2015年3月号より

VOGUE2015年3月号より

VOGUEで平田の夢が一つ叶った形だが、活動はさらに勢いを増して続いて行く。
「今後は、新体操教室の展開の他、関係者だけではなく多くの人にとって、親しみのあるもの、身近なものになってほしい。新体操選手の身体能力や手具を生かした“新体操パフォーマンス”をひとつのスタイルとして確立していくことで、多くの子どもたちが新体操を楽しみ、長く続けていくことができるような環境をつくっていきたい」とキラキラとした瞳で語る平田。新体操を心から愛する彼女の新しいパフォーマンスは新体操のイメージを変え、世の中にインパクトを与え続けるだろう。

福島県いわき市「いわきスポーツ経験隊」

福島県いわき市「いわきスポーツ経験隊」

平田美沙紀のOfficialWebsite

平田美沙紀オフィシャルブログ

平田美沙紀Official Facebook

松矢 英恵

松矢 英恵

飲食店や食に関するPR、ライティングを行うフリーランスPRプランナー。趣味はオーガニックな食、美容の追求とベリーダンス。

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