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March 17 2016 By 横田 泉

路上プロレスの次に目指すはまさかの… 飯伏幸太、故障から復帰の今、思うこと

近年のプロレスブームをけん引するひとりであり、今や女性ファンから多大な支持を受ける存在でもあるプロレスラー・飯伏幸太。そんな彼が、数カ月ぶりに観客の前に姿を現した。

飯伏が登場したのは3月14日、東京・渋谷で行われた自身の自伝刊行トークイベントだった。彼の自伝『ゴールデン☆スター飯伏幸太 最強編』と『ゴールデン☆スター飯伏幸太 最狂編』自体は昨年10月に発売されたものだったが、その直後に飯伏は頸椎椎間板ヘルニアにより無期限の長期休養に入ることを発表。今回のイベントはおよそ5カ月ぶりに、ファンの前に姿を現す機会だった。

イベント当日は3月半ばにもかかわらず真冬並みの寒さの上、雨が本降りの状態。にもかかわらず、会場は満員御礼状態だった。

今回のイベントを「ある意味では復帰戦」と話していた飯伏。数カ月ぶりにファンを目の前にすることもあって、実は本番前には「本当に出られるのか、緊張しすぎて」いたというが、大きな拍手をもって迎えられると「懐かしい感じがしました。戻って来たなという感じがした」と安堵したという。

飯伏幸太

イベントでは自伝を構成したライターの小島和宏氏やKAMINOGE編集長の井上崇宏氏らとともに軽妙なトークを展開、客席からも度々笑いが巻き起こっていた。

飯伏は鹿児島県姶良市出身で、デビューは2004年7月、DDTのKUDO戦。その後、KO-D無差別級、KO-Dタッグ、IWGPジュニアヘビー級など次々とタイトルを手にし、スターダムを駆けあがった。一方で、路上や書店でのプロレスといった変わり種や、時には対戦相手に人形プロレスラー「ヨシヒコ」を指名して対戦するなど、さまざまな方法でプロレスの魅力を開拓してきた。

幼いころから身体能力が高く、小学5年の頃にはプロが使う大技「フェニックス・スプラッシュ」を体得していたほど。現在も華麗な空中技で多くのファンを魅了している。2013年からはDDTに所属しながら、新日本プロレスにも所属するという、史上初の「2団体所属選手」として活動することを発表。この発表会見でDDTの高木会長が「プロレス界の発展のために(飯伏選手を)業界全体で押し上げていくスターにしなければならない」と語ったことからも、彼がいかに期待された選手であるかが分かる。

それだけに、飯伏の長期休養はプロレス界やファンにとって、少なからず衝撃を与えるものだった。

飯伏がケガによる長期休養をするのはこれが初めてではない。2011年にも、右肩の負傷により8カ月の休養を余儀なくされている。それに比べれば休養期間は短いが、今回のケガは飯伏のメンタルを揺さぶるものだった。飯伏は「(休養中の)10月、11月頃は(メンタルが)病んでいました」と振り返る。

それは人気絶頂ともいえるこのタイミングでの負傷だったことに加えて、頸椎のヘルニアという部位の問題も大きかったかもしれない。飯伏は以前から左半身のしびれを感じており、昨年10月24日の深夜から高熱を発症。これをきっかけに精密検査を受けたところ、頸椎ヘルニアであることが発覚した。高木会長は「日常生活に支障をきたすといったものではないが、神経からきているしびれなので、休んだほうがいいだろうという判断になった」と話している。

しかし、日常生活に支障はないとはいえ、頸椎の損傷はプロレスラーにとって大きな問題だ。ただでさえ完治が難しいイメージのあるヘルニア、それがプロレス技で負担がかかる首ともなれば、今後は試合ごとに大きなリスクを背負うことになる。過去には頸椎損傷から見事復帰を果たしたプロレスラーもいるが、その一方で全身不随になった選手もいる。

恐らく、そういったことも頭をよぎったのだろう。飯伏は休養期間のことをこう振り返る。

「今回のケガはいろいろ考える期間があったというか……次、こうなったらどうしようとか、どうやったらこの状態でプロレスができるだろう、とか。もしかしたら復帰したらまた同じような(ケガの)状態になるかもしれないし、もしかしたらメンタルで病むかもしれない。そういうことを考える期間が長かった」

だが、そうしたメンタルの不調は、体が回復するとともに徐々に復調していったという。飯伏はもともとポジティブな性格だ。心身が回復すると、次第にこの状況さえも「チャンス」だと考えられるようになっていった。

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飯伏は今年2月に、DDTと新日本プロレスの両団体を退団することを発表。自ら「飯伏プロレス研究所」を立ち上げ、その所属として活動していくことを明かした。

退団の理由としては、今回のケガにより2団体での活動が難しくなったことなどが報じられているが、そうした状況も、今となってはこう捉えているという。

「新日本プロレスやDDTだと、そのカラーに合ったプロレスをしないといけない、というところがあったんです。でも今はフリーになって自分のやりたいこと、プロレスを広めることを中心に考えられるようになった」

ケガを経験し、多くの「考える時間」を経た飯伏が復帰して感じたのは、改めてプロレスを広めていきたいという思いだった。そしてそれは、ある意味で彼らしい、意外なスケールの話に広がっていく。

「初めてプロレスを見る人にも、魅力を広めていきたい。恐らく、一度もプロレスを見ずに一生を終えていく人も世の中にはたくさんいるんですよ。そういう人に少しでもきっかけというか『これはなんだ?』と思ってもらえることがしたくて。それが路上プロレスといったものだったり、もっといえば、オリンピックとかでできたら最高ですよね。競技性を高めて、もっと長いスパンでみていけば可能性はなくはないと思っているんです。そういった部分も、研究していければなと思っています」

エンタメ性の高いプロレス技は、受け手の技術がなければ成立しない技が少なくない。だが、彼の精度の高い空中技や、スピード感のある技の数々を見ていると、彼の語る目標もまったく不可能ではないかもしれない、とも思わされる。何より、これまで史上初の2団体所属や、路上や書店などありえない場所での試合、さらには人形との対戦さえも成立させてきた彼が、本気なのだ。

「オリンピックは世界中から注目されるものだし、その中にはプロレスを知らなかった層ももちろんたくさんいる。そういった人たちに、プロレスってこんなにすごかったんだ、こんなに面白かったんだっていう部分を、見せていける自信はあります」

彼の目標とその活動の行方は、ファンならずとも気になるはずだ。

飯伏幸太

横田 泉

横田 泉

宮城県出身。編集プロダクション、新聞社ウェブ部門などを経てフリーランスに。スポーツは体操、新体操を中心に、ラグビー、駅伝等、幅広いジャンルを担当。体操はアジア選手権、世界選手権なども取材。

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