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April 01 2016 By 向 風見也

3つの文化に触れたアンドリュー・ドゥルタロ、スーパーラグビーで多様性示す

ずばり、ラグビーは多様性のスポーツだ。

球技でありながら、人と人がぶつかり合う格闘技的な要素を兼ね備えている。求められる体格や資質も、ポジションによってばらばらである。

2015年のワールドカップイングランド大会で3勝を挙げた日本代表にも、そう強調する人がいた。

廣瀬俊朗。試合に出なくとも仲間を下支えした、主将経験者である。2016年3月1日の引退会見で、実体験に基づきこう明かした。

「ラグビーは、大きい人、小さい人、足が速い人、ひょろ長い人と、全員の活躍する場所がある。そこでの経験が、いろいろな人を認めることにつながったと思います。またラグビーは世界で有名なスポーツだから、トンガ人、オーストラリア人、韓国人、フランス人の友達ができた。しかも彼らと同じチームで、同じ目標のために戦えた…」

 

南半球を主体とした国際リーグのスーパーラグビーにあって、その多様性を強みとするチームがある。2016年度から初参戦のサンウルブズだ。世界ランク上位国のクラブが地元選手中心なのに対し、日本を拠点とする新興集団は多国籍軍で挑む。

イングランドで躍った日本代表勢の周りに、オーストラリア人も、サモア人も、韓国人も、ニュージーランド人もいる。「外国人選手がレイジー(怠慢)にならず、ハードワークしてくれる」と、堀江翔太主将は喜んでいる。

「日本に来ていなければ、まったく違う人生になっていたと思います。日本を代表するサンウルブズでプレーできることも、家族はすごく喜んでくれています」

こう話すのは、フィジー出身のアンドリュー・ドゥルタロ。身長187センチ、体重102キロの体躯で、密集の黒子役、フランカーを務める。サンウルブズの背番号「7」をつけ、開幕から4戦連続で先発出場を果たした。

ワールドカップイングランド大会では、アメリカ代表として日本代表とぶつかっている。グロスターのキングスホルムスタジアムで18―28と屈した10月11日の夜、日本人記者の問いかけに「日本代表のプレッシャーが強かった」と日本語で答えた。かつて、栃木の白鴎大でプレーしたことがあったのだ。

田邉淳アシスタントコーチが「どこにもないミックスカルチャーのチームができる」と期待するサンウルブズにあって、3つの「カルチャー」に触れてきた28歳。2月中旬の沖縄合宿では、「もう一度、日本の生活と日本語に慣れないといけません」と英語でインタビューに応じた。

「相手の言っていることは50パーセントくらいわかるのですけど、そこまで喋れない状態です。ただ、数カ月も経てばもっと上手に話せると思います」

 

両親はフィジーの学者だった。父のシミオネさんは社会学と経済学、母のアルミタさんは政治学と国際関係学が専門だった。

「父が博士号を取得するために、アメリカへ…」

ドゥルタロは2人の留学先だったニューヨークで生まれ、5歳から18歳までは母国で暮らした。フィジーはスパグラマースクールに入った折、ラグビーをしたいと伝えた。「学業とバランスを取れるのなら」と、どうにか許された。

「家には姉が3人いますが、スポーツをする家族は僕以外にいませんでした」

18歳の頃、母が教授を務めるサウスパシフィック大に進んだ。その1年後、奨学金制度を利して白鴎大に入った。フィジーの単位を日本へ移行し、大好きな競技も続ける。関東大学リーグ戦の2、3部を主戦場とした。

3年生の頃には、必要な単位はすべて取得していた。日本がシーズンオフの折は、ふるさとのラグビー場へ通った。アルミタさんの地元にあるノースランドというクラブでは、主将を務めた。19歳以下、21歳以下と、各年代別のフィジー代表にも選ばれた。

――日本で学んだことは。

サンウルブズ加入後にそう聞かれるや、通訳を介して即答した。

「経済学部だったので、日本の会社がどのように運営するのか、日本文化をどう落とし込んで会社を成り立たせているのかを学びました。西洋の会社と日本の会社の運営方法の違いを知るのも、面白かったです」

本当の意味で、文武両道の人かもしれなかった。正確に意図を伝えたい時は、自信のない日本語よりも英語で話していた。

 

 

関東地区の学生の下部リーグでプレーした青年は、国籍を取ったアメリカで国際的プレーヤーに成長した。

スーパーラグビーやワールドカップで採用される15人制だけでなく、7人制でも代表入りした。ラグビーの15人制と7人制は、陸上の長距離走と短距離走くらいの違いがある。40分ハーフの15人制と同じグラウンドに7人が並ぶ7人制では、7分および10分ハーフのゲームが1日に複数回おこなわれる。

今度のリオデジャネイロ大会から、7人制はオリンピックの正式種目に採用される。ドゥルタロは、夢の祭典への出場も目指している。いつかはサンウルブズを離れ、「7人制に特化した練習」に集中する時が来そうだ。

しかしいまは、課された責任を全うする。

3月26日、シンガポールはナショナルスタジアム。優勝経験のあるブルズとぶつかった。キックオフ早々に先制トライを挙げたドゥルタロだが、むしろ守備で光った。

例えば前半12分頃だ。

自陣22メートル線付近で堀江主将が、ブルズのルーロフ・スミットにタックルを決める。

その横にいたドゥルタロは、そのスミットが持つボールに狙いを定める。

腰を落とす。

スミットの体を自分の側へ引き寄せる。

視界に入った楕円に、両腕で、かぶりつく。

笛が鳴る。

ブルズは、球を手離さないノット・リリース・ザ・ボールの反則を取られた。

「7人制の経験が生きています。7人制では1対1のシーンが多く、サポートは早く寄らなければならないので」

激しい局面を柔軟な体で制した当の本人は、肉弾戦での自身の動きをこう分析する。確かにグラウンドに立つ人数が15人制の半分以下となる7人制では、スムーズかつ直接的なボールへの働きかけが求められる。隙を覗かせる相手にドゥルタロが噛みつけるのは、7人制の経験があったからなのだ。背番号「7」は後半23分頃にも、相手と地面の間に体を滑らせた。インゴールでトライを防いだ。

結局、27-30で屈し、試合のなかった第2節を挟んで開幕4連敗となった。視線はすでに、その先へ向けていよう。次は4月2日、敵地の南アフリカはポートエリザベスでキングスに挑む。

――何のためにラグビーをしているのですか。

3つの「カルチャー」と関わってきたアスリートは、新チームの初勝利に向けてかく語る。

「チームワークと、達成感のためです。私が育ったフィジーでは、お互いに助け合う力が大切にされています。このスポーツも、お互いに助け合わなければ成り立たないところがある。そこに魅了されています」

北米大陸での経験を日本列島で生かす。環太平洋の精神性を、極東での忠誠心に昇華させる。

つくづくラグビーは多様性のスポーツで、つくづく地球は広くて狭い。

撮影:長尾亜紀

撮影:長尾亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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