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April 22 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

夢から目標へ。18歳、パラカヌー・瀬立モニカの世界再挑戦

夢から目標へ。18歳、パラカヌー・瀬立モニカの世界再挑戦

今年9月に開催されるリオデジャネイロ大会で初めてパラリンピックの正式競技として行われるパラカヌー。国内で最もリオ出場に近い存在として期待を寄せられているのが、瀬立モニカ(せりゅう・もにか)、18歳だ。彼女は昨年の世界選手権で予選を突破して決勝に進出し、9位という成績を収めている。国際大会デビュー戦としては「大健闘」と言っても過言ではない。だが、彼女には「自分の力を出していれば……」という悔しさしか残っていない。そんな彼女にとって再挑戦として臨むのが、今年5月17~19日の3日間にわたってドイツで行われる世界選手権だ。これがリオ出場へのラストチャンスとなる。「今度こそ」という思いを抱き、彼女は今、最終調整に入っている。

 艇の進路方向を曲げた気持ちの弱さ

2015年8月、イタリアで開催されたパラカヌーの世界選手権。瀬立は200メートルの直線のタイムを競う女子スプリントの決勝に進出した。9人中上位6人には、リオの出場権が与えられるという大事なレース。瀬立を除く8人全員が欧州勢という中、アジア代表としての期待が寄せられていた。

その大一番を前に、瀬立はスタート直前、トレードマークの笑顔を見せていた。だが、実はその裏では人知れず大きなプレッシャーを感じ、これまで味わったことのない緊張感に襲われていたという。

「Ready!」

辺り一面に張り詰めた空気が漂い、次の瞬間、「Set!」という声に続いて、「ブーッ!」というスタートの合図が鳴り響いた。と同時に、9人の選手が一斉にパドルを漕ぎ始めた。すると7レーンの艇が、スタートから右方向に逸れていき、徐々に他の艇に引き離されていった。瀬立だった。いったいに彼女に何が起きていたのか。

実はスタート直後、瀬立は焦っていた。一瞬の勝負であるスタートでの反応が悪く、出遅れたと感じたのだ。

「うわっ、失敗した。これはもうダメだ……」

そんな気持ちがパドルの漕ぎにも影響を及ぼしたのだろう。彼女の艇は、どんどん右方向へと逸れていった。カヌーは、幅9メートルのレーンからはみ出せば失格となる。そのため、艇の進路方向を修正するために、一度スピードを落とさざるを得なかった。それが、さらに後れを取る原因となった。

「あんなに200メートルが長いと感じたことはありませんでした」

トップの選手から約12秒後、瀬立は最下位でゴール。8位の選手とも約7秒という大差をつけられての惨敗だった。

大会後、彼女は敗因について「緊張で体が硬くなり、スタートで出遅れたことで、前を行く両隣のレーンからの波に押されてしまった」ことを挙げていた。しかしその後、何度もレースのビデオを観ていくうちに、あることに気が付いたという。それは、勝負以前の問題だった。

「客観的に見てみると、スタートは決して悪くはありませんでした。それなのに、あの時は勝手に自分で『失敗した』と思い込んでしまった。メンタルの弱さが、そう思わせたのだと思います。気持ちが曲がれば、当然艇も曲がります。結局、右に逸れてしまった艇を戻すために、スピードを落とさなければならなかったんです」

タイムを見ても、彼女の実力からすれば、リオ出場圏の6位以内に入ってもまったくおかしくはなかったという。本番で実力を発揮できるか否か、それこそが勝敗を決める最大の要因だということを、身をもって知ったレースとなった。

競泳・池江と重ね合わせた1カ月後の自分

パラカヌーの瀬立モニカ選手

パラカヌーの練習に加えて、メンタルトレーニングにも注力。

あれから8カ月、彼女は「今度こそ」の思いで、テクニック、フィジカルとともに、これまではあまり重視してこなかったメンタル面の強化にも力を入れてきた。

昨年の世界選手権は、いわば彼女にとって国際大会デビュー。それが、パラリンピックの選考レースだったのだから、緊張しないわけがなかった。とはいえ、同じ失敗を繰り返していては、世界で勝つことはできない。そこで、ふだんから“あの時”の緊張感を甦らせ、『これでリオが決まるんだ』という気持ちで、1本1本、練習を行うようにした。

さらに、練習時間以外にも工夫を凝らした。例えば、今年4月に行われた日本選手権水泳競技大会。リオデジャネイロ五輪の出場権をかけた一発勝負として注目されたレースだ。3歳の頃から水泳を習い、今もトレーニングの一環として水泳を行っているだけに、瀬立も毎日テレビで観ていたという。しかし、単に視聴者として観ていたわけではなかった。選考レースに臨む選手たちに自分を重ね合わせ、まるで自らがその場にいるかのようなイメージを思い描くようにしたのだ。

「選手がそれぞれのレーンに位置し、スタートの合図とともに(水泳は体を、カヌーはパドルを)浸水させて進み始める、という点で、水泳とカヌーは似ている。だから、すごくイメージしやすかったんです」

なかでも瀬立が思いを重ねた人物がいる。高校1年生にして100メートルバタフライの日本記録保持者である池江璃花子(いけえ・りかこ)だ。実は池江とは、同じスイミングスクールに通っており、顔見知りの仲。そんな身近な選手が大舞台に挑む姿は、とても他人事とは思えず、感情移入しやすかったのだという。

「璃花子ちゃんをはじめ、本当に強い選手は、スタート前には緊張した表情を見せながらも、レース本番ではしっかりと力を出していました。そして、レース後のインタビューでは喜びを爆発させていた。そういう姿を見ながら、緊張している自分、その中で最高のパフォーマンスを出す自分、そして笑顔でインタビューを受けている自分を、何度も何度もイメージして頭に焼き付けました」

昨年の世界選手権は、パラカヌーを始めて約1年でのレース。そのため、体幹が効かない体を安定させるためのシート作りなど、装具の充実が最優先だった。しかし今は、装具の改良を行いながら、勝つための技術的なレベルアップにも注力している。さらに、気持ちにも違いがある。昨年まではリオは遠い夢。「出られたらいいな」くらいにしか思えなかった。だが、世界選手権後、リオは確かな目標へと変わった。

「自分の力さえ出していれば、6位以内に入り、リオ行きの切符を獲得していたはず」

昨年の世界選手権で、彼女は悔しさとともに、世界で戦える自分への手応えもつかんでいた。だからこそ、今は思う。「必ず、リオに行く」と――。

5月の世界選手権で4位以内に入れば、リオの出場が決まる。昨年の世界選手権で既にリオ行きを決めた6人は出場しないだけに、瀬立には十分にチャンスがある。決勝レースが行われる5月19日、ドイツの地で、今度こそトレードマークである笑顔の花を咲かせるつもりだ。

パラカヌーの瀬立モニカ選手

今年5月、笑顔の結果が期待される。

(文/斎藤寿子、撮影/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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