TOPへ
April 27 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

独立Ⅼの地でスタートした再起をかけた戦い ~阪神育成・一二三慎太~

今年4月、独立リーグ・ルートインBCリーグ(ベースボール・チャレンジ・リーグ)で再出発したプロ野球選手がいる。阪神育成選手の一二三慎太(ひふみ・しんた)だ。野球ファンなら誰もが知っている名前だろう。東海大相模高時代にはエースとして活躍し、3年夏(2010年)には準優勝投手となった彼は、その年のドラフトで阪神から2位指名を受けてプロの世界へと入った。しかし、プロでは一転、苦境に立たされ続けてきた。右肩の故障で2年目には野手に転向にするも、一度も一軍に昇格できないまま、昨オフ、遂に支配下登録を抹消され、育成選手となった。そして彼に言い渡されたのは、BCリーグの石川ミリオンスターズへの派遣だった。果たして彼は今、どう現状に向き合い、どんな思いを抱いて野球をしているのか――。

他を圧倒する打球の鋭さと伸び

4月13日、巨人軍三軍と石川の試合が行われたジャイアンツ球場を訪れた。ホームベース上を挟んで両チームのメンバーが試合前の整列をすると、三塁線に並ぶ石川の選手たちの中にひと際長身の選手がいた。一二三だった。

BCリーグでの3試合目となったこの日、「6番・レフト」で先発出場した彼は、4打数3安打をマーク。1試合で複数安打、さらに長打となる二塁打が出たのは、この日が初めてだった。最も“会心の一打”だったのは、最後の4打席目。2-2の同点で迎えた9回表、一二三は先頭打者として打席に立った。対する投手は、西村健太朗(にしむら・けんたろう)。2013年にはセ・リーグのセーブ王になるなど、一軍で活躍してきた右腕だ。昨年、右肘の手術を受け、現在は一軍昇格を目指している。その西村に2球で2ストライクに追い込まれた一二三は、1球ファウルで凌いだ後の4球目、144キロの直球を狙い打ち。ライナー性の鋭い打球がセンター前へ飛んだ。

一二三慎太選手

この日一番の快音を響かせた打球はセンター前へ。

試合後、彼にインタビューをすると、こう語ってくれた。

「1本ずつはヒットが出ていましたが、どこかで2本、3本と続けて打ちたいと思っていたので良かったです。最後の打席は、『絶対に3本目を打つ』という強い気持ちで入りました」

表情や声にも好調さが窺えた。

再び彼のプレーを観に球場を訪れたのは3日後の16日、埼玉県鴻巣市のフラワースタジアムで武蔵ヒートベアーズとの一戦。この日、チームは投手陣が崩れ、3-8と初めての黒星。開幕から続いていた連勝は4でストップした。

しかし、一二三は4打数2安打。そのうち1本は、今年初の本塁打で、遠く石川から駆け付けたファンを沸かせた。実は前日の試合では初めて無安打に終わり、悔しいを思いが募っていた。そのため、「今日は絶対に打ってやろう、という強い気持ちで試合に臨んだ」という。それが、積極的なバッティングを生み出し、本塁打へとつながったのだ。打球の伸びは、やはり他を圧倒しており、能力の高さを十分に窺い知ることができた。

野手転向後も断ち切れなかった投手への未練

一二三はエースだった高校時代から、打撃センスに高い評価を得ていた。「投手よりも野手として育てた方がいいのでは」という声もあったほどだ。だが、本人としては打つことは好きだったが、それほど自信を持っていたわけではなかったという。一方、投手としてはプライドを持っていた。

「高校時代からバッティングは好きでしたし、確かに試合でも結果を出していたので、評価をしてもらっていました。ただ、そこまでちゃんとバッティング練習をしていたわけではなかったんです。だから自分としては、自信があるという感じではありませんでした。でも、ピッチャーとしては『ずっとこれで自分はやってきたんだ』という自負がありました」

ところが、強いこだわりを持っていた投手を諦め、プロ2年目で野手へと転向した。その決め手となったのは何だったのか。それは「野球がしたい」という思いの強さからだったという。

「プロ1年目は、キャンプ中にケガをして、そのまま1年間ほんとに何もできなかったんです。だから、とにかく野球がしたい、という気持ちが強かった。それで、野手に転向することを決めました」

当時、バッティングに関してはほとんど専門知識がなく、まさに“一からのスタート”。やること、覚えることが山積みで、付いていくのが精いっぱいだったという。それでも、転向2年目の2013年には、二軍で4番スタメンの座を獲得するなど、非凡な才能の片鱗を見せていた。

しかし、彼自身はまだ投手への未練を断ち切れずにいた。

「正直、ピッチャーに戻りたいと思ったことは何度もありました。その中で結果が出たり出なかったりの繰り返しで、結果が出ない時には余計にピッチャーへの思いが強く募りました」

結局、野手に転向後、一度も一軍に上がることなく、5度目のシーズンを終えた昨年10月、球団に支配下登録抹消を言い渡された。プロ野球では支配下登録できる人数の上限が1球団70人と決まっている。支配下に登録されない選手は、一軍の試合に出場することができない。つまり、一軍昇格への道が閉ざされたということを意味している。しかし、這い上がるチャンスを与えられた。育成選手として契約が結び直されたのだ。そして、独立リーグへの派遣を命じられたのである。

「今年から」の思いで再出発

このニュースが報道された際、「きっと、彼は相当落胆しているに違いない」と思っていた。だが、どうやらそれは間違いだったようだ。本人は「育成契約」「独立リーグへの派遣」について、前向きに捉えていた。それどころか、プラスの効果を生み出していた。

「支配下に入れたのは、あくまでもピッチャーとして。だから野手としての評価を受けて支配下にいたわけではないことはわかっていました。それが今回、野手として育成契約を結び直したことで、ようやく本当の意味で再スタートを切れたような気がして、自分としては『よし、今年からだ』という思いが強いんです。おかげでピッチャーへの思いも完全に吹っ切ることができました」

一二三慎太選手

「野球をするということでは、どこも一緒」。今年、野手として再スタートを切った。

その言葉を聞き、腑に落ちた。彼には、あっても致し方ないはずの、落胆や奢りが一切感じられなかった。それは彼が今、迷いなく一心不乱に、そして純粋にバットを振ることができているからだった。

「野球をするという意味では、どこに行っても一緒です」

その言葉が、彼の今の気持ちを如実に表していた。

また、一二三は独立リーグへの派遣も“好機”と捉えている。

「僕はタイガースでは育成ですから、出場機会はなかなかもらえないのが現状です。でも、ありがたいことに、石川では毎試合スタメンで使ってもらっている。だから、どうすれば結果を残せるのか、試合の中ではもちろん、練習など試合前の準備の部分においても、いろいろと経験して学ぶことができているのは、とてもありがたいと思っています。実戦で得るものは多い。そういう意味ではタイガースにいる時にはわからなかったことも、今、吸収することができていると感じています」

一二三慎太選手

実戦で得るものは多いと、独立リーグへの派遣も前向きな一二三選手。

4月26日現在、一二三は9試合に出場し、打率3割1分4厘、5打点、1本塁打と、まずまずの成績を残している。だが、本人は少しも満足してはいない。ひとつは、1打席目で安打を打ったのが、まだ1試合ということにある。

「石川ではスタメンで使ってもらっているので、1打席目に打てなくても、2打席目、3打席目とチャンスがある。でも、タイガースでは代打で使われることが多いと思うんです。代打に与えられるチャンスは一度きり。そこで結果を残さなければいけないわけですから、たとえスタメンでも、しっかりと1打席目でヒットが出るようにしなければいけないと思っています」

昨年、同じく阪神からBCリーグの福井ミラクルエレファンツに派遣された田面巧二郎(たなぼ・こうじろう)は、今年4月に支配下登録となった。それもまた、一二三のモチベーションを上げている。

「7月には石川で得たいろいろな経験やハングリー精神を、タイガースに持ち帰りたいと思います」

残り2カ月、石川の背番号「36」から目が離せそうにない。

一二三慎太選手

背番号36の青虎は今、ハングリー精神にあふれている

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう