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September 25 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

ハンドボールから陸上へ。異色の新星スプリンター辻沙絵 ~ジャパンパラ陸上競技大会~

9月19、20の両日、ヤンマースタジアム長居(大阪)でIPC公認2015ジャパンパラ陸上競技大会が開催された。来年のリオデジャネイロパラリンピックにも大きく関わる世界選手権(カタール・ドーハ)の代表選手も数多く出場し、トラック、跳躍、投擲合わせて21種目で日本新記録が誕生した(※)。そのうちのひとりが、辻沙絵(つじ・さえ)(日本体育大)。今年、彗星のごとく現れたスプリンターだ。

辻沙絵

2015ジャパンパラ陸上競技大会200mで日本新記録を樹立した、辻沙絵

わずか2カ月で日本新を樹立

数多くのオリンピック選手を輩出している名門・日本体育大学に通う辻は、異色のランナーとして今、注目されている。彼女は生まれつき右腕の肘から下が欠損している。だが、小学3年生で始めたハンドボールで能力を発揮し、水海道第二高校(茨城)時代にはインターハイに出場した経験をもつ。スポーツ推薦で進学した日体大でもハンドボール部に所属し、関東の1部リーグで戦ってきた。健常者と対等に渡り合ってきた彼女にとって、自らが「障がい者」という意識はまったくなかったという。

そんな彼女がなぜ、パラリンピックを、しかもハンドボールとはまったく異なる陸上競技で目指し始めたのか。きっかけは、大学側からアプローチされたことだった。日体大ではパラリンピックに向けた発掘プロジェクトが行われている。そのひとりとして白羽の矢が立ったのだ。

体力測定の結果、瞬発力を買われた辻は陸上の短距離をすすめられた。これまでは「走るのはあまり得意ではなかった」という辻だが、実際練習をしてみると、みるみるうちにタイムが伸びていくことに楽しさを覚えたという。それが彼女の気持ちを動かした。

「パラリンピックのことは知っていましたが、これまで自分には関係ないと思っていました。でも、今回こうやって声をかけていただいて、世界の舞台を目指すことのできるチャンスがあるのなら、やってみたいなと思えたんです」

スポーツの名門である日体大の学生であることから、彼女の身体能力の高さは折り紙付きだ。その身体能力と、これまでハンドボールで培ってきた瞬発力やスタミナに、陸上競技の専門的な知識・技術を加えることによって、彼女の走りは劇的に飛躍している。本格的に陸上に取り組み始めたのは今年3月だが、その2カ月後に出場した大分パラ陸上では100メートル(13秒69)、200メートル(27秒77)でいきなり日本新記録をマーク。さらに7月の関東身体障害者陸上競技選手権大会では100メートルで0.47秒、記録を更新した。レースに出場する度に結果を出し続け、今やパラ陸上界のホープへと躍り出た。

 

100メートルでの新たな挑戦

今回のジャパンパラで最も意識していたのは、接地した足ともう一方の膝の位置関係だったという。右足が地面に接地した瞬間、その右足よりも左足の膝が前に出ているかを意識することで、推進力を生み出そうと考えていたのだ。その理由は、会場となった長居のトラックの特徴にあった。

「長居のトラックは硬くて反発が強いので、気をつけないと地面からの力が上へ上へといってしまうんです。そうなると、前には進んでいかない。そうではなくて、反発力をうまく推進力にかえていくためには、前へ前へという動きが必要なんです」

それがうまくいったのが、初日に行われた200メートルだった。スタートから力みのない走りで加速していき、最後まで勢いを保ったままゴールした辻のタイムは自らの日本記録を0.29秒上回る27秒48。陸上を始めてわずか半年で2度も日本新記録を樹立するという快挙を成し遂げた。

一方、2日目に行われた100メートルは、13秒45。7月の日本選手権で出した自己ベスト(13秒21)を下回る結果となった。果たしてその要因は何だったのか。辻が挙げたのは、スタートだった。実は約3週間前に100メートルでのスタートの方法を変え、それがまだ完璧ではなかったという。

これまで辻は、100、200メートルともに「3点スタート」を採用してきた。両脚と左腕の3点を力点にしてスタートを切る方法だ。通常、両腕・両脚の4点が力点となっていれば、左右で同じ力を加えられるため、真っすぐ前へと進むことができる。しかし、「3点スタート」の場合、腕の力点が左のみであるため、一歩目を踏み出す際、どうしても体が左方向へとねじれてしまう。すぐにカーブに入る200メートルでは、その方がうまく体を内側(左)に傾けることができるというメリットがあるが、直線コースである100メートルではロスとなる。それをなくすため、100メートルでは右腕を載せる台(写真参照)を置き、左右に力点を置くことによって、体を真っすぐ出すようにしたのだ。今回はまだ体に染みついておらず、結果を出すことはできなかったが、手応えはつかんでいる。新しいスタート方法を自分のモノにできた時、さらなる飛躍の瞬間が訪れると踏んでいる。

辻沙絵

2015ジャパンパラ陸上競技大会200mで優勝し、笑顔を見せる辻沙絵

 

来月にはハンドボールでも経験のない人生初の国際大会となる世界選手権が控えている。

「まだ世界に通用するとは思っていませんが、調子は上向きなので、いい走りができたらと思っています。また、自分が世界のどの位置にいるのかを知るいいチャンスでもある。臆することなく、自分の力を100%出すことが目標です」

陸上を始めて、まだ半年の辻には課題は決して少なくはない。しかし、走れば走るほどタイムを伸ばしていく彼女には潜在能力の高さがうかがい知れる。「今、陸上にはまっている」と笑顔で語る辻。果たして、リオへの切符をつかむことはできるのか。20歳の若きスプリンターの今後に注目したい。

辻沙絵

2015ジャパンパラ陸上競技大会100mで、台を使ってスタート位置に着いた辻沙絵

 

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

※世界選手権で2位以内(個人種目)に入賞した選手の国には、リオデジャネイロパラリンピックの枠が与えられる。

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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