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May 06 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

世界を見据えた熱き戦い「パラ陸上競技日本選手権」

世界を見据えた熱き戦い「パラ陸上競技日本選手権」

4月30日、5月1日の両日、コカ・コーラウエストスポーツパーク(鳥取市)で、「パラ陸上競技日本選手権」が行われ、延べ5000人あまりの観客が見つめる中、記録ラッシュに沸いた。最も歓声を浴びたのが、男子走り幅跳び(T42)の山本篤(やまもと・あつし)。4本目の跳躍で6メートル56を記録し、自身初となる世界新記録を樹立した。また、女子ではアジア新記録、日本新記録が続出。パラリンピックイヤーらしいレベルの高いパフォーマンスが繰り広げられた。

世界新を生んだ好条件

「今日はいける」。大会2日目、走り幅跳びが行われたその日、山本は会場入りした時からそんな気がしていたという。彼の目の前には、記録を出すためのすべての条件が揃っていたからだ。

「今日の恵まれた天気と、国内では経験がないほどのお客さんが来ている会場の雰囲気でアドレナリンが出ましたね。それに、報道陣が多く来ていると、僕は燃えるたちなんです」

本番前の練習で軽く跳んだ際に調子の良さを確認したという山本のモチベーションをさらに上げたのが、スタンドからの観客の声だった。

「おぉ!」「うわぁ!」

まだ本番でないにもかかわらず、山本が練習で軽く跳ぶたびに、その高さと美しさに魅了された観客からは、どよめきにも似た感嘆の声が上がっていた。国内大会でこれほどまでに注目を浴びた中での跳躍は、山本自身初めての経験。自然とスイッチが入った。

まずは1本目。美しい放物線を描いた跳躍だったが、踏み切りが合わずに惜しくもファウル。それでも跳んだ感触はやはり良く、記録更新への“予想”は“確信”へと変わった。そして2本目で6メートル32を跳ぶと、3本目には自己ベストを12センチ上回る6メートル48をマークした。しかし、この時追い風が2.3メートル吹いていたため、参考記録となってしまった。

そして迎えた4本目、山本はすぐに助走には入らなかった。風が弱まるタイミングを見計らっていたのだ。踏み切り近くに設置された吹き流しをじっと見つめ、それが垂れ下がった瞬間にスタートを切ると、山本は晴れ渡った青空へと舞い上がった。

男子走り幅跳び(T42)山本篤選手

タイミングを見極め、のびやかに跳びあがった山本選手。

男子走り幅跳び(T42)山本篤選手

美しい放物線を描いて着地すると…。

「6メートル56!」

しばらくして記録員の声が聞こえるや否や、山本は大きくガッツポーズ。世界の頂に到達した瞬間だった。

これで、約4カ月後に迫ったリオデジャネイロパラリンピックでは最大のライバルとされるダニエル・ヨルゲンセン(デンマーク)にプレッシャーをかけられたはず、と山本は語る。

「昨年の世界選手権でダニエルに勝って優勝し、さらに今回彼の世界記録を塗り替えたことで、勝負でも記録でも上回ることができた。彼にはダブルパンチを与えられたと思います」

山本にとって、あと一つ、手にしたいもの。それがパラリンピックでの金メダルだ。それこそ彼が目指してきたものである。“世界一のロングジャンパー”を完成させるため、今度はリオの地で最後の1枚のピースをはめこむつもりだ。

男子走り幅跳び(T42)山本篤選手

「世界一のロングジャンパー」の完成図が見えた。

2年越しのアジア新は世界のスタートライン

一方、ようやく“アジアの女王”として公認されたのが、高桑早生(たかくわ・さき)だ。大会初日に行われた100メートル(T44)で、自己記録を0.1秒上回る13秒59をマークし、アジア新記録を樹立した。

実は彼女は過去に2度、アジア新を出している。1度目は2014年7月、上尾市陸上競技選手権での13秒69。ところが、同大会がIPC(国際パラリンピック委員会)公認の大会ではないため、この記録は日本記録とはなったものの、アジア記録として認められなかったのだ。さらに同年10月に韓国・仁川で行われたアジアパラ競技大会では、13秒38をマークした。同大会はIPC公認大会だったものの、3.1メートルの追い風が吹いた中でのレースだったため、参考記録となってしまった。

「今年こそは」と臨んだ2015年は、一度も自己ベストを更新することができずに終わり、アジア女王の座はお預けとなっていた。特に昨年、最も照準を合わせて臨んだ10月の世界選手権(カタール・ドーハ)で自己ベストを更新することができなかった悔しさは、決して小さくはなかっただろう。

そんな彼女が、いよいよパラリンピックイヤーを迎えた今年、シーズン前に最重要課題として取り組んできたのが、スタートだった。

「スタートして体を起こすまでの10メートルの間に、しっかりと脚を動かしてスピードに乗っていくという練習をずっとしてきました」

それが本番のレースでしっかりと発揮されていた。号砲が鳴ると同時に、高桑は義足側の左脚を大きく振り上げて、力強く一歩目を踏み出すと、その勢いのままスムーズに体を起こし、加速して行った。練習と同じ感触を得ていた高桑は、走りながら好記録が出ることを確信していたという。

高桑早生選手

高桑選手の力強い第一歩。練習の成果が出た。

結果は13秒59のアジア新。「ようやく」という思いが、彼女の笑顔からあふれ出ていた。しかし、思いのほか、喜びは小さかったように感じられた。レース後のインタビューを聞いて、その理由がわかった。

「この記録で、ようやくパラリンピックの決勝進出ライン。さらに上を目指すには、もっといい記録を出していかなければいけません」

彼女にとって、アジア新は世界のスタートラインにすぎない。

高桑を指導する高野大樹コーチはこう語っている。

「リオまでにどこまで記録を伸ばせるかというところですが、アジパラで追い風参考記録となった13秒38まではいけると踏んでいます。彼女自身も、もうそこは視野に入り始めていると思います」

約1カ月後の6月4、5日には、リオデジャネイロパラリンピック出場に向けた選考レースとしては最後のジャパンパラ競技大会が行われる。そこで、高桑がどんな走りを見せてくれるのか、楽しみだ。

高桑早生選手

アジア新をマークしつつも、リオに向けてさらに上を目指すと誓う。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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