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May 11 2016 By 向 風見也

「元ハンマー投げ」からの脱皮へ。ラグビー日本代表・知念雄の知的欲求に迫る。

でっかい背中とぐりっとした瞳、野太い声の持ち主である。「元ハンマー投げ」の知念雄が、ラグビーの日本代表になった。

身長183センチ、体重125キロの25歳。働き場はプロップ。8人1組の塊同士でぶつかり合うスクラムでは、最前列の左右いずれかの位置に入る。

背番号1の左プロップが体の左側を相手と密着させないのに対し、背番号3の右プロップは両肩に相手の重しがかかる。小さな差異が、体の使い方に大きな変化を及ぼす。左右どちらも組める人は稀で、ワールドカップ2大会連続出場中の背番号3、畠山健介は、左右のプロップを「東京と大阪くらい違う」と話したことがある。

ただ、そもそも本格的にラグビーを始めて2年ほどしか経っていない知念は、左右どちらのプロップもほぼ未知の領域と捉えていた。裏を返せば、どちらでもできた。所属先がスクラム強化に力を入れる東芝であることを踏まえ、こう言った。

「自分は、日本一恵まれている素人だと思います!」

4月30日、神奈川はニッパツ三ッ沢球技場。韓国代表とのアジアラグビーチャンピオンシップ初戦である。

昨秋のワールドカップイングランド大会で歴史的な3勝を挙げたメンバーが1人もいない若手主体の編成にあって、試合開始早々、背番号3をつけた知念がスクラムを押し込む。

相手の防御ラインが後退したところで、スクラムハーフの内田啓介が右へ展開。右ウイングの山下一が、あっという間に先制トライを決めた。

その後も知念は、同じ東芝のフッカーである森太志と隣同士で組み合い、背筋をグラウンドと平行に保った。後半27分に退くまで、相手との力関係は変わらなかった。

ノーサイド。85-0。指揮を執る中竹竜二ヘッドコーチ代行は、「展開ラグビーで点を取った時にはなかなかフォーカスされませんが、フロントロー(プロップとフッカー)を評価したいです」と話した。

もっとも本人はこうだ。

「いつでも押せたけど、相手の息の根を止めるスクラムじゃなかった」

何せ、投てきの世界では日本トップクラスの実力を誇っていた。オリンピックを目指していた。24歳でまったく違う競技に首を突っ込んだ以上は、新天地でいち早くトップランナーになりたい。

当面の目標は、「元ハンマー投げ」と言われないことだ。

 

 

大学時代に円盤投げ日本一になった信勝を父に持ち、子どもの頃から野球、相撲、バスケットと、たくさんのスポーツに親しんだ。

「変な癖というか、マニアックなところがあって。バスケとか野球でも、選手の名前とかサインプレーを覚えるのが好きでした。いろいろなスポーツをよく観ていて、陸上をやっていた頃も、ハンドボールの選手の映像をYou Tubeで…」

那覇西高でハンマー投げに触れてからは、高校総体、国体、大学選手権で優勝を経験した。順天堂大学の大学院でも陸上のフィールドへ通っていた。もっとも、日本代表の座は掴めなかった。優れた運動選手にとって、日本代表という響きは遠くて貴かった。

だから、人づてに紹介された元日本代表フッカーの薫田真広からこう言われた時には、体に電流が走ったようだった。

「ラグビーでワールドカップを目指しませんか」

それまではハンマー投げのオフシーズンに大学のラグビー部の練習や試合へ顔を出していたが、間もなく、スパイクを履き替える。薫田のいる東芝の門を叩き、在学中から東京都府中市の工場近くのグラウンドへ出向いた。卒業を受けて本格的に入部した2015年度、国内最高峰のトップリーグで公式戦に出場した。

「ワールドカップに出ることが、わざわざ競技転向を勧めてくれた人たちへの恩返し。東芝社内にも、ハンマー投げの選手を採っていいですかと言われて、いきなりイエスと言った人ばかりではないかもしれないんですよ。知念を採ってよかった、ラグビーに転向させてよかったと思ってもらえるようにやらなきゃいけない」

 

東芝でレギュラーを獲る前だった2016年3月、日本代表予備軍の「ジュニア・ジャパン」に呼ばれた。フィジーを舞台とする「ワールドラグビー パシフィック・チャレンジ」に参加したこの期間、新たな、ターニングポイントを迎える。

環太平洋諸国の有望株を相手に、ぶつかり合いで負けなかった。もっとも、どこかで「素人」として振る舞う自分がいた。合宿初日の自己紹介は、「ハンマー投げをやっていた知念です。僕は皆よりラグビーを知らないので、いろいろと教えてください」とした。特にルールの解釈で周りと差があるように自覚しており、何より「知らない」と言い切ったほうが新しいアドバイスをもらいやすいと考えたのだ。

のちの日本代表とともにこのチームも率いていた中竹は、そんな知念の姿をもったいないと思った。明らかに力は示しているのに、自分で自分のキャリアに縛られているのではないか。どうにか、その心持ちを変えられる最も前向きなメッセージを伝えたかった。

大会終了後の個人面談に、その、フレーズが間に合ったのである。

「これまでのラグビー経験に関係なく、立派にやれている。元ハンマー投げというレッテルを、自分からはがそう」

 

 

5月2日、本拠地の東芝で日本代表の練習を終えた知念が、傷んだ筋肉をケアするために氷水へ浸かった。タオルで体を拭き、改めて練習着をまとうと、初舞台を踏めた実感を語った。

「皆のおめでとうというメッセージをもらって、あぁ、となりました。もちろん嬉しかったですけど、試合が終わった直後の感慨とかはなくて」

現男子15人制日本代表ラグビー・オブ・ディレクターの薫田に「ワールドカップを目指しませんか」と言われた知念は、いま、日本代表ヘッドコーチ代行の中竹から「レッテルを、はがそう」との短期的目標を授かっている。

「まだラグビーをわかっていないということを負い目のように思っていたんですけど、あまりそれを口にしないほうがチームのためにもなる。いままで以上にガツガツいこう、と」

語りだすと能弁な青年が、決意を明かした。

「もちろん、もっとラグビーを知りたいと思う気持ちは、みんな以上に抱き続けないといけないです。他の選手よりもスタートが遅いのも事実なんで。ただ、そこを変に負い目に感じちゃうと、よくない。そういうマインドチェンジもし始めています。いまは元ハンマー投げの知念。その方が、記事も書きやすいじゃないですか。ただ、そういうのじゃなく、スクラムの強い知念、体を当てられる知念、と、別なキャッチフレーズが出る選手になりたいですね」

東京オリンピックを1年後に控えた2019年、ラグビーワールドカップの日本大会がある。

撮影:長尾亜紀

撮影:長尾亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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