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May 17 2016 By 向 風見也

いつでも「細かいところ」を。安藤泰洋が日本代表&サンウルブズで示す「感覚」という存在価値。

いつでも「細かいところ」を。安藤泰洋が日本代表&サンウルブズで示す「感覚」という存在価値。

フォースを相手に5―33とビハインドを背負っていた後半13分、サンウルブズの安藤泰洋がグラウンドへ飛び出した。

大差をつけられていた試合中盤だ。なるたけ短時間で追いつきたいところである。28歳の「タイヨウ」は、しかし、地に足をつけていた。

「特に一発逆転…ではなく、細かいところを。自分が出るまで、細かいミスが続いていたので。当たり前のことを、確実にやろうかな、と」

2016年5月7日、東京は秩父宮ラグビー場。国際リーグはスーパーラグビーの第11節である。日本から初参戦するサンウルブズの安藤は、登場から約10分後に起こった13フェーズもの連続攻撃中、3つの接点に顔を出す。人垣へ突っ込んだランナーへ並走し、姿勢を落とし、迫りくる防御からボールを守った。

試合終了間際には、自陣中盤の密集周りで光源と化す。地面の球を拾い上げると、目の前に誰もいないのを確認して直進する。テンポを上げる。

最後は、フランカーのポジションを争うアンドリュー・ドゥルタロのパスが右タッチラインの外へ出た。受け手であるウイングのジョン・スチュワートと呼吸が合わなかったか。

ノーサイド。22―40。トップの分け目を左右非対称にしたツーブロックショートの安藤は、精悍なマスクに小さな傷を作っていた。

 

 

この人の務めるフランカーというポジションは、人と人とが球を奪い合う接点に多く顔を出す。接触プレーが多く、日本代表でも体の大きな海外出身選手が起用されてきた。

2015年秋のワールドカップイングランド大会では、身長190センチ、体重105キロのリーチ マイケル主将、身長196センチ、体重111キロのマイケル・ブロードハーストが責務を担った。

身長181センチ、体重96キロの安藤も小柄な部類で、国際舞台にはなかなか出会えなかった。チーム始動後に追加招集されたサンウルブズでも、海外勢との争いは避けられない。

ここまでも国内最高峰のトップリーグでは、トヨタ自動車の一員として世界各国のフランカーとつばぜり合いを演じてきた。サンウルブズのチームセッションでも、気圧されることはない。ないと確信した。実戦練習の接点で相手の持つ球に上腕を絡み付けると、真正面からぶち当たられてもはがされない。粘り腰。

それでも、今季初来日のマーク・ハメットヘッドコーチに魅力を届けるまでには、時間がかかったのだ。安藤が狙う背番号「7」は、アメリカ代表で身長187センチ、体重102キロのアンドリュー・ドゥルタロに渡されることが多かった。ドゥルタロも接点での渋い働きに定評があり、柔らかな走りでも魅せる。

渦中、東洋人は…。

「あぁ、どうせ使われないんだな。そう思ったら、自分にネガティブな形で返ってくるだけ。練習の1つひとつでアピールし続けて、もちろん何か聞くことがあれば聞きに行って、それを受け取ってくれるのを待つ感じです」

その時が来たのは4月23日、未勝利だったサンウルブズが第9節を迎えた午後である。故障者の穴埋めで背番号「20」をつけた「タイヨウ」が、後半31分にデビューを飾った。その2分後には、自陣中盤左隅の接点から相手のボールを目視した。間もなくがぶり、と食らいついた。ピンチを防ぐ。

ジャガーズを相手にわずか1点リードで迎えた、緊迫した場面だった。我慢して、我慢して、やっとステージに立ち、さっそく長所を見せつけたのである。

最終スコアは36-28。クラブ創設後初の白星だ。秩父宮のスタンドは沸いた。観戦者の記憶に残るワンプレーについて、安藤はかく語るのだった。

「ボールが見えたので、飛びつきました。そこは感覚的なものだと思うんですけど」

 

 

以後、タフなロードを飄々と歩いた。

4月24日からは、若手中心の日本代表に合流。「サンウルブズ(の主力)が1本目なのはわかっている」。4月30日からのアジアラグビーチャンピオンシップでのアピールを誓った。

神奈川のニッパツ三ッ沢球技場での初戦。韓国代表を85―0で下す過程で、「特にこういうゲームほど、細かいことが大事」との意を示す。

ほぼ勝負の決まっていた後半22分頃、自陣22メートル線あたりの接点に体をぶち当てる。向こうのアタックを鈍らせ、次の局面での攻守逆転を誘った。国際間の真剣勝負にあたるテストマッチへ出たのは、これが初めてだった。

次戦に向けて東京都府中市の合宿所へ戻った翌5月1日、一転、サンウルブズからの帰還要請を受けた。急いで荷物をたたむ。2日の午前中は、東京都心部にあるサンウルブズのジムで汗を流した。

同じ立場の選手は他にも7人いたが、一様に気持ちの切り替えの難しさを漏らしていた。さらにそのうち6人は、当日午後までに日本代表へ再合流するよう命じられた。その場、その場で、行ったり来たりのスケジュールを通達されたのだ。

安藤は7日のフォース戦のメンバー候補としてサンウルブズに残り、結局、オレンジ色の背番号「20」のジャージィをまとった。

敗戦を受けての問答でもその件に触れられたが、正直な思いを明かし、かつ、弱音、陰口とは無縁だった。

「自分は(サンウルブズと日本代表の)どっちに選ばれても、(確かな位置が)確約されているメンバーじゃない。ほんのちょっと、集中力が、あれになりましたけど、この試合にはしっかりと臨めました」

振り返れば、若き日から濁流を見てきた。秋田工高から入学した関東学院大ラグビー部では、2年時の2007年に出場停止を余儀なくされた。先輩部員の大麻使用のためだ。大人になってから言った。

「あの時は当事者意識を持てと言われました。社会人になると、その意味がよくわかります。ラグビーに生きているかはわからないですけど」

想定外の出来事にも、すました顔で対処できる。

 

 

守備網のかすかな穴、接点から覗く楕円の宝物。そんな空洞に個人の「感覚」で飛び込み、最終的には集団の「システム」を守る。理知的で、愚直。

歓喜に沸いた瞬間、地味なようで華やかな代表デビュー、急きょ参戦のフォース戦を経て、5月10日、6月の日本代表ツアーメンバーにも名を連ねた。

イングランド組を含めた42人のスコッドにあって、リストアップされたリーチは本当に参戦するかの態度を保留。ブロードハーストは、先んじて辞退を表明している。

ナショナルチームに小さくないスペースが空きそうだ。当世風の顔立ちをしていて根性は図太い「タイヨウ」が、そいつを「感覚」で埋めにかかる。

撮影:長尾亜紀

撮影:長尾亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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