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May 27 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

上地結衣、逆転優勝の裏にあった“メンタルリセット”

5月17~22日の6日間にわたって、筑豊ハイツテニスコート(福岡県飯塚市)では「JAPAN OPEN 2016」(通称・第32回飯塚国際車いすテニス大会)が行われ、女子では上地結衣(かみじ・ゆい)がシングルスで大会4連覇を達成し、女子ダブルスと合わせての2冠を獲得。3カ月後に迫ったリオデジャネイロパラリンピックに向けて、順調な仕上がり具合を披露した。

 相手のブレークから始まった第1セット

ファイナルステージへと駒を進めたのは、世界ランキング1位のイエスカ・グリフィユン(オランダ)と、同2位の上地。両者ともに準決勝まで1セットも落とさずに勝ち上がってきていた。

上地は決勝2日前の準決勝では、これまでなかなか勝つことができず「苦手意識を持ち始めていた」というアニク・ファンクート(オランダ)に6-2、6-4のストレート勝ち。前日のダブルス決勝ではジョーダン・ワイリー(英国)との息の合ったプレーで6-1、6-1の完勝で優勝。試合後のインタビューでは「まだまだ課題は多い」としながらも、良いかたちでシングルスの決勝を迎えていた。

ところが決勝の第1セット、上地自らがサーブを選んだ第1ゲームで2度のゲームポイントを逃し、最後はサーブが崩れてダブルフォルト。いきなりブレークを許してしまった。すぐに第2ゲームをブレークバックしたものの、第3ゲームを再びブレークされると、第4ゲームはラブゲームでキープされ、ゲームカウント1-3とリードを許した。

しかし、このままズルズルといかないのが上地だ。第5ゲームをフォアハンドのショットで2本続けてウィナーを決めてラブゲームでキープすると、続く第6ゲームには15-30とリードされてからバックハンドのクロス、フォアハンドのダウン・ザ・ライン、そしてフォアハンドのクロスと多彩な攻撃でブレークバックし、ゲームカウント3-3と試合を振り出しに戻した。

「JAPAN OPEN 2016」で優勝した上地結衣

粘りのプレーで、ゲームを振り出しに戻した。

これで波に乗るかと思われたが、相手は世界ランキング1位である。そう簡単には試合の主導権を握らせてはくれなかった。第7ゲームをブレークされると、第8ゲームも3度のデュースの末に、最後はグリフィユンにサービスエースを決められて落とした。これで試合の流れはグリフィユンへ。上地のサービスゲームだった第9ゲームは、デュースの場面で浅く入った球を叩きつけるような強打を決められてグリフィユンのアドバンテージとなると、最後はバックハンドのダウン・ザ・ラインでリターンエース。3-6で上地は、この大会初めてセットを奪われてしまった。

流れを変えたトイレットブレーク

すると、ここで上地はトイレットブレークを取った。それは、戦略のひとつだった。

「一度、落ち着いて自分のプレーがどうだったのかを見直してみて、何が足りていないのかを考える時間をつくりたかったんです」

冷静に分析した結果、出した答えは「気持ちは切り替えて、でもやっていること自体は間違ってはいないのだから戦術は変えずにいこう」というものだった。

すると第2セットの第1ゲーム、上地はフォアハンドでのウィナー、リターンエースなどで立て続けにポイントを奪い、ラブゲームでブレークした。続く自らのサービスゲームの第2ゲームは相手に粘られるも、2度のデュースの末にキープ。第4ゲームもラブゲームでキープし、ゲームカウント3-1とリードした。果たして、第1セットとの違いは、どこにあったのか。

第1セットで多く見られたのは、相手に深い球を打ち返され、ラリーの中で徐々にベースラインの後方に押し下げられて苦しい状況に追い込まれるシーンだった。第2セットでは、そのシーンが減少していたのだ。その理由を上地はこう語っている。

「とにかく一つ一つのショットに気を配って、丁寧に打っていこうと思ったんです。特に第1セットはバックハンドのスライスが浅くて、そこから後ろに下げられてやられていたので、もっと大きくスイングして飛ばしていこうと。そしたらきちんと回転がかかって深い球が行くようになった。それが大きかったと思います」

第5ゲーム以降も、上地は試合の主導権を握り、このセットを6-1で奪い返した。勝負はファイナルセットへと持ち込まれた。

「JAPAN OPEN 2016」で優勝した上地結衣

気持ちを切り替えて攻めの姿勢を貫き、試合の主導権を奪い返した。

最後に立ちはだかった“優勝への意識”

第1セットを奪われた時の上地同様、グリフィユンも気持ちを切り替えようとしたのだろう、トイレットブレークを取った。だが、そんな相手の狙いを阻むかのように、最終セットの第1ゲーム、上地は「今大会一番調子が良かった」と言うサーブで攻め、ラブゲームで奪ってみせた。

いきなり出鼻をくじかれたグリフィユンは、第2ゲーム、連続でダブルフォルトを犯すと、コート上にラケットを放り投げ、早くもイライラを募らせた。自らを鼓舞するように大声で「アーッ!カモーン!」と叫んでみるものの立て直すことはできず、結局このゲームを落とした。これで完全に試合の主導権を握った上地は、5ゲームを連取。4連覇まで、あと1ゲームとなった。

しかし、ここで上地の前に新たな敵が現れた。それまで1本1本に集中していた上地の脳裏に「優勝」の二文字がちらつき始めたのだ。

「5-0になった時、4連覇がかかっていることとか、この大会で勝って次につなげたいという気持ちが出てきたんです。それで少しナーバスになってしまいました」

優勝を意識したことでプレーに精彩さを欠き、3ゲームを奪われてゲームカウント5-3にまで詰め寄られてしまった。すると、今度は焦りが生じた。

「第1ゲームをラブゲームでキープすることができて、そこからポンポンと5ゲームを連取してしまった。でも、正直相手のミスで取れていたポイントが多かったので、自分で取ったという感覚がなかったんです。それで、3ゲームを取られた時には焦りが出てきました」

迎えた第9ゲームは上地のサービスゲームだった。これをブレークされれば、ゲームカウントは5-4となり、相手に流れが行ってしまいかねない。上地はもう一度、1本1本に集中しようと、気持ちを入れ直した。サーブもショットも厳しいコースに打ち分けて相手のミスを誘い、40-0。最後もサーブで攻め、グリフィユンのリターンがラインを割った瞬間、上地の優勝が決まった。

「JAPAN OPEN 2016」で優勝した上地結衣

再度気持ちを切り替え、鋭いサーブを放つ上地選手。最後はラブゲームで優勝を決めた。

グランドスラムに次いでグレードの高いスーパーシリーズでは、今年初優勝という上地は、「最後は、しっかりと自分のサービスゲームで取ることができて良かった。今後に向けて海外選手にもプレッシャーを与えることができたと思います」と優勝の喜びを語った。

しかし、一方では「リオでは今日のようにはいかないはず」と警戒心もあらわにした。

「今日は最終セットで3ゲームを取られてからも勝つことができましたが、そこで一気に巻き返す力を持っている選手は少なくありません。特にパラリンピックのような大きな舞台では、そういうところから試合の流れが変わることは十分に考えられます。だからこそ、チャンスで確実にポイントを取ることが必要とされると思います」

日本のエースはさらなる成長を遂げ、3カ月後、リオの地に足を踏み入れるつもりだ。

「JAPAN OPEN 2016」で優勝した上地結衣

大会4連覇を達成し、女子ダブルスと合わせての2冠を獲得した(撮影/斎藤寿子)。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄・斎藤寿子)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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