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June 03 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

4年後に向けた「覚悟」の船出 ~車椅子バスケットボール女子~

4年後に向けた「覚悟」の船出 ~車椅子バスケットボール女子~

5月27日~6月4日の9日間にわたって、清水ナショナルトレーニングセンター(静岡県)では、車椅子バスケットボール女子の強化合宿が行われている。昨年12月、橘香織(たちばな・かおり)ヘッドコーチ(HC)が正式に続投することが決定して以降、初めての合宿だ。男子チームや他競技・選手がリオデジャネイロに照準を合わせる中、いち早く2020年に向けてのスタートを切った女子チーム。彼女らが目指しているものとは――。

世界一に“なりたい”ではなく“なる”

「One Team――すべてはチームの勝利のために」

これが2020年東京パラリンピックで、金メダルを獲得するために掲げたチームの最終目標だ。

「心を一つにして、世界一になるために、チーム一丸となる。これらの“一”という文字を用いて、“One Team”と名付けました。すべてはこの一点に、全員が集中することができるかにかかっていると思っています」

そう語る橘HCの目には、4年後、“One Team”となった姿が映し出されているような気がした。

では、なぜ橘HCは“One Team”を掲げたのか。それは彼女らに待ち受けている厳しい現実があるからだ。

「パラリンピックで金メダルを取るというのは、簡単なことではありません。ましてやロンドン、リオと2大会連続でパラリンピックの舞台を経験していないとなれば、さらに厳しさが増すことはわかっています。じゃあ、その厳しい現実に立ち向かうためには、何が必要なのかを考えた時、チームが一つになることなしには無理だろうと。表面上だけでなく、深いところで一つになることができるか。“世界一になりたい”というぼんやりとしたものではなく、全員がしっかりと“世界一になる”と信じることができるかどうか、にかかっています」

車椅子バスケットボール女子強化合宿

4年後、世界一になるために再スタートを切った女子チーム

選手だけではない。橘HCは自分自身にも問いかけた。それは昨年、リオの切符をかけて行われたアジアオセアニアチャンピオンシップ(AOZ)後に気づいた、自らの甘さへの反省があるからだという。

「2013年にHCに就任して約2年間、チームを勝たせるためにやれることはすべてやったと思っていました。でも、AOZで負けた時に“これほどまでやったのに”と、悔しくて悔して……とはならなかったんです。後で冷静に考えてみると、“勝ちたい”であって、“勝たなければならない”というところまで追い込んでいなかったんじゃないか、と」

さらに、今年から新たにアシスタントコーチに加わった長野志穂(ながの・しほ)コーチから言われたひと言も大きかった。

「技術とか、戦略うんぬんじゃない。まずは“闘う集団”にならなくちゃ、世界と勝負することなんてできないと思うよ」

その言葉に、橘HCは自分自身に問いかけた。

「厳しい道のりを行くとわかっている船に、果たして自分は、人生をかけて乗り込むことができるのか……」

ちょうどその時、目に飛び込んできたのが、スティーブ・ジョブズの「伝説のスピーチ」のフレーズだった。

<私は毎朝、鏡の中の自分に問いかけている。『もし今日が人生で最後の日だとしたら、今日やることは本当にやりたいことなのか?』と>

「それに当てはめて考えた時、すぐに答えが出たんです。やっぱり私はバスケが好きだし、そのステージにいたいなと。だったら、もう悩まずに、突き進んでいこうと。東京での金メダルは、本当に厳しい道のりだと思います。でも、できるかできないか、ではなく、やるかやらないか。だったら、私はやると決めました」

人知れず悩み抜いて決めた「覚悟」を持って、橘HCは今、大海原へと出航した船の舵を取っている。今度は「勝ちたい」ではなく、「勝つ」ために――。

100%を出し切る覚悟

AOZ後、覚悟を決めて再スタートを切ったのは、選手も同じだ。なかでも誰よりも早く行動に移したのが、北田千尋(きただ・ちひろ)だった。

2015年10月15日、オーストラリアとの準決勝に敗れ、日本がリオへの道を閉ざされたその日、北田はある決意をした。

「試合が終わった瞬間、『このままじゃダメだ』と思ったんです。この4年間、リオに行くためにやるべきことはすべてやったと言い切れる自信がありました。それでも叶わなかった。だったら、今ある環境を変えなければと思ったんです」

その日の夜、北田は家族に会社を退職し、海外に武者修行に行く旨を伝えた。

そして北田は今年4月、単身オーストラリアへ渡り、男子リーグのチームに所属し、リーグ戦でプレーした。2カ月足らずだが、得たものは少なくなかったという。そのひとつが「練習への姿勢」だ。

「日本ではよく『100%を出し切りなさい』と言われるのですが、向こうではそれが当たり前なんです。英語で『Kill me』という言い方をするのですが、自分を殺すくらいに追い込めと。逆に言えば、練習でも100%出すことができないのであれば、休めと言われる。練習に参加するかしないかが重要なのではなく、100%出せるのかどうかが全てという考えなんです。それさえできていれば、本番では何も考えなくていいでしょ、と。100%ということに対する求め方が、日本とは違うなと感じました」

オーストラリアでの武者修行中、「果たして自分は今まで、常に100%を出し切っていたのだろうか……」という疑問がふと脳裏に浮かんだという。やれることは全てやってきた。そう言い切れると思っていたが、海外の選手たちの本気度を目の当たりにして、全ては「やってきたつもり」でしかなかった自分に気が付いた。

そんな北田の「覚悟」は、練習から100%を出し切ること。

「例えば、『倒れるまで走れ』と言われた時、本当に倒れるまで走り切れる人が、果たしてどのくらいいるのか。やっぱり、そこにも覚悟が必要だと思うんです。だから今の私は、毎回の練習で100%出す覚悟を持つことが目標。それを継続していけば、東京で金メダルという大きな覚悟を持つことができると思っています」

車椅子バスケットボール女子強化合宿

常に100%を出し切ることを目標にトレーニングに励む北田選手(右)

“つもり”ではなく“やり切った”4年間に

一方、日本のエースである網本麻里(あみもと・まり)が昨年のAOZで感じたのは、「後半での弱さ」だった。

「前半まではいい試合をしていても、そこから勝ち越すとか、点差を引き離すということができなかった。それが最大の敗因だったと思います」

改めてスコアを見ると、それは顕著に表れている。日本はオーストラリア、中国と、合わせて5試合を行っている。そのうち3試合が前半は同点もしくは2点差以内と、互角に渡り合っている。ところが、いずれも後半に入ると徐々に引き離され、結局は2ケタの差で落としているのだ。

「改めて、バスケットは40分間の競技なんだなと思いました。いくら一つ一つのピリオドでいいバスケをしても、それが40分間維持できなければ勝つことはできない。日本には、それが不足していたのだと思います」

車椅子バスケットボール女子強化合宿

昨年のAOZでの反省をもとに、基礎から取り組んでいる

そして、自分自身についてもやり切れていなかったことを痛感したという。

「ロンドンの予選の時は僅差での敗戦だったので、『次こそ』という気持ちだったんです。でも、今回は惨敗。負けた悔しさよりも、『パラリンピックを一度逃しただけで、こんなにも差ができるものなのか』という衝撃の方が強かった。そして『このままやったら、絶対にあかん』と強く思いました。この4年間、やってきたつもりだったけど、全然ダメ。やってこなかったも同然だと思いました」

今年1月、網本は萩野真世(はぎの・まよ)と一緒に、カナダの代表チーム(女子)の練習に参加した。そこで感じたのは、勝負に対する気持ちの強さだった。

「カナダの選手には、たとえローポインターであろうと、ハイポインターに頼るなんて気持ちは全くありませんでした。自分でボールを運んで、シュートしていく、という強気に満ち溢れているんです。全員が『自分がいったる!』という感じで、ものすごいパワーを感じました。あぁ、本気で勝ちにいくチームって、こういうことなんだな、と思いました」

そんなチームを目指すためには、まずはエースである自分自身の成長が求められる。網本は、これからの4年間、すべてをバスケに捧げる覚悟だ。

「もしかしたら、周りは伸びしろを感じていないかもしれませんが、私自身はまだまだ自分は成長していけると思っています。だからこそ、自分にもっとストイックでありたいし、チャンスは絶対に逃しません。たとえ失敗に終わってもトライし続けるつもりです。それが先の成功につながると信じて、4年間、やれることはすべてやっていきます」

車椅子バスケットボール女子強化合宿

4年後の成功を信じて、挑戦し続けることを誓ったエース網本選手(左)

オーストラリアでは6月から女子リーグが始まる。日本からは網本、北田、吉田絵里架(よしだ・えりか)の3人が参加する予定だ。網本と吉田は同じチームに所属するが、北田はひとり別のチームでプレーする。これまで代表でもクラブチームでも、ずっとチームメイトとして戦ってきた3人にとって、対戦相手としてプレーするのは初めてのこと。それだけに、お互いにとっていい刺激となるに違いない。

それぞれの「覚悟」を持って、“One Team”を目指し始めた車椅子バスケ女子。それが、4年後の金メダルへつながると信じて――。

車椅子バスケットボール女子強化合宿

それぞれの「覚悟」をもって、2020年を目指す

(文・写真/斎藤寿子)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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