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June 13 2016 By WEB CARTOP編集部

四輪免許無しでF1参戦!? 18歳で史上最年少優勝を果たしたドライバー誕生

四輪経験わずか2年目でF1優勝を果たしたマックス・フェルスタッペンとは?

世界一速いドライバーが覇を競うF1グランプリで、18歳227日で優勝したドライバーが現れた。史上最年少でのF1GP(21歳73日で優勝した現役フェラーリドライバーであるセバスチャン・ベッテルがそれまでの最年少記録)で勝利を手にしたのは、オランダ人の二世ドライバー、マックス・フェルスタッペン選手(レッドブル・レーシング所属)だ。 スポーツの世界で最年少記録というキーワードで浮かぶのは、2014年のソチ五輪のフィギュアスケートでアジア人初となる金メダルを獲得した羽生結弦選手だろう。この時の羽生選手は19歳65日で、平成生まれの日本人として初の快挙となった。また、1992年のバルセロナオリンピックの女子競泳200メートル平泳ぎで、いきなり金メダルを獲得したのは、岩崎恭子選手だった。この時わずか14歳6日、つまり中学2年生で金メダルを獲得したのである。海外に目を向けると、「ルーマニアの白い妖精」といわれたナディア・コマネチ選手を覚えている人もいるはずだ。14歳でモントリオールオリンピックに体操選手として出場し、3個の金メダルを獲得。しかも段違い平行棒と平均台の演技では、近代オリンピック史上初となる10点満点を出した選手でもある。 10代という若さが桁外れの力となって大舞台で爆発し、それぞれの快挙を成し得たのだろう。ただ、スポーツとモータースポーツは似て非なるものだ。何がスポーツと違うのか。答えは、レーシングカーという究極の自動車を操り20台以上のライバルたちと一斉に競争する点にある。間違った判断が、周囲のドライバーやマシンを巻き込む重大なインシデントへと発展してしまう。

フェルスタッペン

写真提供:REDBULL

17歳のマックスがF1参戦で、FIAが大慌てでF1参戦規則変更へ

そもそも1997年9月30日生まれのマックス・フェルスタッペンがF1グランプリに参戦したのは、2015年シーズンの開幕から。つまり自動車免許を持たない17歳という年齢で世界最高峰のF1グランプリに参戦を果たしている。この時にモータースポーツ界では論争が起き、モータースポーツの統括団体であるFIA(国際自動車連盟)は「2016年以降のスーパーライセンス(F1出場資格)発給は、18歳以上で自動車免許の保有、さらに下位カテゴリーのフォーミュラで最低2年以上の経験を有した者」を条件としたほどだ。つまりFIAはこの規則を2016年から施行したことにより、以降FIAがこの規則を変更しない限り、フェルスタッペンの史上最年少F1参戦記録は未来永劫破られないことになる。そう、マックスがエントリーする2015年シーズンにはこの規則は間に合わなかったのだ。 免許を持たない、いや持てない年齢で究極の自動車を操るとどうなるか。2015年のシーズン前には「四輪経験が浅過ぎてとっさの判断力が鈍る」「クラッシュの原因になる」「そんな若者を年間活動資金が何百億円もするF1シートに座らせていいものか」という意見が大半を占めていた。1000分の1秒でも遅れた者が敗者となる世界で、ギリギリのせめぎ合いを時速300キロ以上で行うF1ドライバーにしては、あまりに経験がないという世論には説得力がある。父親であるヨス・フェルスタッペンは、ベネトンなどでF1ドライバーとして活躍した他、ブリヂストンやホンダがF1参戦する際のテストドライバーを務めるなど速さと開発能力に長けたドライバーだった。その父の勧めもありマックスは4歳からカートに乗って腕を磨いた。もちろん成績も素晴らしく12歳でカートのヨーロッパ選手権と世界選手権に挑戦し、見事に両選手権でチャンピオンに輝いている。その後もカートの世界でステップアップを果たし欧州チャンピオン、世界チャンピオンを毎年のように総なめにしてきた。本格的に4輪レースに進出したのは2014年、マックスがまだ16歳の時だ。ヨーロッパのF3選手権に参戦し、年間33戦行われたレースで6連勝を含む通算10勝をマークした(選手権シリーズでは3位)。 シーズン途中で、まだ免許を持たないマックスの速さに目をつけたのがレッドブルだ。若手育成ドライバーとしてレッドブルの育成チームの一員に迎え入れられたのが2014年8月13日、そして8月19日には「トロロッソ(レッドブルのF1ジュニアチーム)のF1GPレギュラードライバーとして2015年シーズンからマックス・フェルスタッペンと契約した」との電撃発表とあいなった。

フェルスタッペン

写真提供:REDBULL

セナやシューマッハをも超えるレース界の逸材か!?

はたして2015年シーズンのマックス・フェルスタッペンの成績は、シリーズ19戦中終盤10戦連続完走中6連続入賞を果たすなどシーズン前の下馬評を見事に覆す活躍をみせた。しかも彼の所属するチームであるトロロッソ史上最高ポイントを獲得したばかりか、FIAの年間表彰式では「ルーキー・オブ・ザ・イヤー(FIAドライバーズコミッションによる賞)」のほか「アクション・オブ・ザ・イヤー(ファンの投票により見事なオーバーテイクをみせたドライバーに贈られる賞)」「パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー(メディアの投票によりドライバーに贈られる賞)」の三部門を獲得したのである。経験の少なさ=危険というステレオタイプの周囲の発言を自らの腕ではねのけてみせたマックスは、次世代チャンピオン候補として一躍脚光を浴びることとなった。それでも2016年シーズンは引き続きトロロッソからF1シーズンを闘うこととなった。2年目のシーズンとなった今年、開幕から3戦連続でポイントゲット。予選でも並々ならない速さを見せつけていたとき、チャンスが突然巡ってきた。上位チームのレッドブルで走っていたダニール・クビアトが、度重なるクラッシュなどで降格となり、マックス・フェルスタッペンのいるトロロッソと第5戦のスペイングランプリから入れ替わることとなったのだ。移籍初となったスペイングランプリの予選では、Q1でいきなり最強のメルセデス2台のうしろとなる3位で通過すると、つづくQ2でもチームメイトのダニール・クビアトを上回る3位をキープ。最後のQ3で惜しくもチームメイトに交わされ4位に落ちたものの、その速さに周囲は舌を巻くほどだった。そして運命の決勝レースでは、先頭を走るメルセデス2台がスタート直後に同士打ち。その後は移籍後初レースとなるレッドブルで、ベテランのフェラーリに乗るキミ・ライコネンを見事に抑えきって初優勝を飾ったのである。恐るべき天才ドライバーが現れた瞬間だった。過去に天才と言われたF1チャンピオンのニキ・ラウダやアラン・プロストでさえ「100年に一度の逸材」「すでに成熟しているようだ」と誉め称えるほどだ。セナやシューマッハを超えるともいわれるマックス・フェルスタッペンは、これから上る階段を音速で突き進むのかもしれない。

フェルスタッペン

写真提供:REDBULL

WEB CARTOP編集部

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