TOPへ
June 17 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

4年後につながる敗戦 ~車いすフェンシング・安直樹~

4年後につながる敗戦 ~車いすフェンシング・安直樹~

2016年4月、安直樹(やす・なおき)は、リオデジャネイロパラリンピック出場をかけた最後の戦い、アジア選手権(7~10日、香港)に臨んだ。車いすフェンシングを始めてまだ1年の彼にとって、「優勝」という条件は厳しく、結果はフルーレ7位、サーブル9位と、リオの切符獲得には至らなかった。だが、世界トップの強豪が揃うアジアで、この成績は善戦と言っていい。そして、この大会で彼が得たものは、決して小さくはなかった。

経験値の差が出たライバルとの対決

大会初日に行われたフルーレで、安は予選リーグを2勝2敗として総合8位で通過し、決勝トーナメント進出を果たした。その決勝トーナメント1回戦は、練習で何度も剣を交わしている加納慎太郎(かのう・しんたろう)との日本人対決となった。

車椅子バスケットボールから車いすフェンシングに転向したばかりの昨年は、車いすフェンシング歴4年の加納に全く歯が立たなかった。しかし、今年に入ってからは練習試合を行っても接戦となることが多く、2人の実力は拮抗し始めていた。

だが、アジア選手権前、最後に行われた練習試合で、安は加納に2連敗を喫していた。その加納と決勝トーナメントで対戦することが決まり、安はライバルとの試合が楽しみな半面、やはり心のどこかで練習試合での連敗を気にしている自分を感じてもいた。そんな気持ちを払拭しようと、安は気持ちを入れ直して試合に臨んだ。

ところが、加納はいつもの動きではなかった。予選リーグまでとはまるで違うライバルの姿がそこにはあった。剣を交わしながら、安は加納が雰囲気にのまれていることを感じ取っていた。

「予選リーグはいくつもの試合が一斉に行われるのですが、決勝トーナメントでは1試合ずつ行われるんです。だから、すべての視線がその試合に集中し、予選リーグとはまるで雰囲気が違う。その雰囲気に、加納選手は完全にのまれていました。はじめに3本連続で自分の攻撃が決まった時、勝利を確信しました」

結果は15-1で安の圧勝。車いすフェンシング歴こそ短いが、車椅子バスケを含めれば、経験値では海外リーグやパラリンピックという国際舞台を踏んでいる安にアドバンテージがあった。それが大差のスコアにそのまま表れていた。

車いすフェンシング・安直樹選手

世界を相手に戦った車椅子バスケ時代の経験が今、活かされている。

トライしたからこその収穫

続いて行われた2回戦、相手は世界ランキング1位の中国人選手だった。実力の差を考えれば、尻込みしてもおかしくはない。ところが、安は王者との対戦を喜んでいた。

「だって、世界で一番強い選手と対戦できるなんて、そうあるわけじゃないですからね。嫌だな、とは全然思いませんでした。『よっしゃ、胸を借りるつもりで思い切ってやろう!』。そういう気持ちしかありませんでした。まずは守りに入らずに、自分のスタイルである攻めのフェンシングでいこうと考えました」

はじめの4本、安は自ら攻撃をしかけていった。だが、ことごとく王者に剣を弾かれ、逆に相手の反撃を受けて失点を重ねた。早くも自分の攻撃が全く通用しないことを悟った安は、今度は守って相手の攻撃を交わし、反撃へと転じるスタイルを試みた。だが、それも通用しなかった。相手の速い攻撃を、安の剣はとらえることもできなかったのだ。いつの間にか、スコアは0-10となっていた。

「正直、どうしていいか全くわかりませんでした。スピード、技術、メンタル、経験値……全てにおいて上回っている相手に、何も通用することがなかったんです」

しかし、このままただ終わるわけにはいかない。安は考えに考えた。そして、ある秘策を思いついた。それまでは体を後ろにのけ反らして、できる限り相手から離れたところで守りの体勢に入り、相手の剣をとらえようとしていた。それを、あえて前でとらえようと考えた。“攻めの守備”だった。

「体をのけ反らせて逃げながら守備をしていると、たとえ相手の剣をとらえることができても、そこから突きに行くまでの距離が長いので、すぐに相手は守備の体勢に入れるんです。それを前でとらえることができれば、突っ込んできている相手に対して素早く突くことができる。もちろん、その前に相手に突かれる確率も高くはなりますが、何も通用しないのであれば、リスクを背負ってでもやるしかないと思ったんです」

すると、それまでとは違う安の戦略に、さすがの王者も対応することができなかったのだろう。前方で攻撃をとらえた安の剣は、王者の腹部を突きさした。結局、安の得点はその1本のみ。1-15で完敗を喫した。それでも安は、この敗戦をプラスにとらえている。

「自分が何をしてくるか、相手に読まれている感じがして、『あぁ、なるほど。これが王者か』と素直に思いました。正直、世界の頂点への道のりは長く険しいなと痛感したりもしました。でも、だからこそ自分のスタイルである攻めの部分を磨かないといけないなと思ったんです。リスクを背負ってでも前でとらえるくらいのレベルにならないとダメなんだなと。それがわかったのは、トライしたからこそ。自分にとっては大きな収穫でした」

有効だった駆け引き型の攻撃

さらに、大会3日目に行われたサーブルでも、新たな可能性を見いだした。サーブルでの国際大会は初出場だったが、予選リーグを2勝3敗として総合9位で通過した。しかし、決勝トーナメント1回戦では、マレーシアの選手に7-15で敗れた。

「実は、予選ではマレーシアの選手に5-4で勝っていたんです。ただ、4-1から、3本続けて相手に取られて同点になった時に、なんとなく『あ、相手は自分の動きをつかんだな』と感じたんです。結局逃げ切るかたちで勝ったものの、また決勝トーナメントで対戦するとなった時に、すごく嫌な感じがしていました」

その予感は的中し、安の攻撃はつづけざまに防御され、相手の反撃を受ける展開が続いた。そこで、安は再び考えた。

「自分の動きが、完全に相手に読まれている感じがしました。そこで、自ら早めに攻撃を仕掛けるのではなく、フェイントを使いながら相手をおびき寄せたところを突くなど、駆け引きの中での攻撃にチャレンジしてみようと思いました」

すると、安の攻撃が決まり始め、1-6から引き離されることなく、7-10と接戦に持ち込んだ。結果は、7-15で敗れはしたものの、フルーレ同様、安には意味ある敗戦となった。

「フェンシングは、自分がやりたいことだけやっていても勝つことはできません。相手がどういうふうに攻めてきて、それに対して自分がどうしているから負けているのか、ということを試合の中で察知しなければならない。それがわかってはじめて、次の戦略を考えることができる。今回はフルーレでもサーブルでも、試合の途中で感じたことを自分なりに考えて、新しいことにチャレンジすることができました。必ず今後につながるはずです」

20年以上もの間、人生をかけて取り組んできた車椅子バスケから、車いすフェンシングに転向するという大きな決断を下して1年余り。今、安は着実に力をつけ、フェンサーとしての道を一歩一歩進み続けている。

車いすフェンシング・安直樹選手

車いすフェンシングに転向して2年目を迎えた安選手。4年後に向けてさらなる高みを目指す。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterをフォローしよう!

前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ
前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ