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June 24 2016 By 向 風見也

スコットランド代表戦で一番小さなフォワード。日本代表・金正奎にとっての「特別な試合」。

スコットランド代表戦で一番小さなフォワード。日本代表・金正奎にとっての「特別な試合」。

大男揃いの群れで活躍する小さな身体のアスリートは、いつだって日本列島を生きる人にシンパシーを与える。

2016年6月18日、45000人収容の愛知県は豊田スタジアムには、集計開始以来のラグビー日本代表戦では最多という「24113人」のファンが集っていた。赤と白のジャージィのナショナルチームが、欧州6強の一角であるスコットランド代表を迎えていた。前年秋のワールドカップイングランド大会で3勝したジャパンが唯一勝てなかった相手を、である。

ラグビーは、とかく身体をぶつけ合うスポーツだ。激しい肉弾戦にさらされるフォワードのポジションには、文句の巨躯が並ぶ。今度のスコットランド代表は、先発8選手の平均サイズを「190.8センチ、111.3キロ(小数点以下切り捨て)」としている。

「自分の強みは、低さなので」

こう語るのは日本代表の背番号7、金正奎。フォワードのなかでも機動力が求められる、オープンサイドフランカーの24歳だ。

公式記録を「身長177センチ、体重93キロ」とする。両軍のフォワード陣にあって最も背が低く、最も体重が軽い。

「そこを比較されるのは仕方ない。そのなかでどういう振る舞いをするか、です。でかいプレーヤーにはできないプレーを常に心がけます」

NTTコム入社2年目の昨季、ラグビー王国とされるニュージーランドはワイカト州に留学。世界ランク1位の代表チーム入りを目指す若者たちとのトレーニングやゲームを通して頑健さを身に付け、全ての接点に参加しにかかるスタイルを「スマートじゃない」と指摘されたことから戦況を読む目を磨いていた。満を持して、決戦の場に立った。

 

 

夜空の下、持ち味を発揮した。例えば前半29分頃、10―9と1点リードを奪った直後のキックオフでのことだ。

自陣深い位置でスコットランド代表が球を確保。南アフリカ出身で身長180センチ、体重120キロの巨躯、ウィレム・ネルが単騎で突破を図る。ここへ絡みついたのが、金だった。

相手を引きずり倒し、股関節を広げ、球のありかへ腕をねじ込む。膝を相手の背中にぴたりとつけ、岩と化す。

攻守逆転を防ぐべく、スコットランド代表は群青の津波を浴びせる。2メートル超のグレイが先陣を切って突っ込み、その後方からは売り出し中のセンターであるダンカン・テイラーも身を投げ出す。

金は球から、離れなかった。結局、スコットランド代表が寝たままボールを手離さない「ノット・リリース・ザ・ボール」を犯す。日本代表が次の攻撃権を獲得した。

「向こうの当たりは強いんですけど、低くプレーすれば、相手の力は上に逃げる。そこまで脅威に感じなかった、というのはあります」

長らく競技を愛する人々が歓声を上げるなか、当の本人はこう実感した。「低さ」を保っていれば、巨人のクラッシュはその「上」を通過する。そんな見解に矜持をにじませた。

 

 

大阪府枚方出身。やや垂れ目で、口角をにっと上げる。溌剌とした性格で好人物の評が通ることへは、「やっぱり、ニコニコしているからですかね。家族に感謝です。こういう顔に産んでもらって」と自己分析する。

「自分自身を人格者だと思ってしまうと、それ以上にはなれない。自分自身を認めるのがあまり好きじゃなくて。自信がないわけじゃないんですけど、もっとできると思っているので」

啓光学園中、高、早大、さらには年代別の代表と、行く先々で主将やリーダーに相当する役割を担ってきた。

20歳以下日本代表時代、元日本代表のレジェンドである元木由記雄ヘッドコーチに助言されて「皆がどこへ向かうかの矢印を示す」ような声かけを始めた。最近では4、5月の日本代表を率いた中竹竜二ヘッドコーチ代行から、年下の選手の意見を引き出すよう「情報を与え過ぎない」という態度を取った。立場で人を磨いた。

「なぁ、聞いて」

スコットランド代表などと3試合を戦う6月の代表チームでは、時にこの「なぁ、聞いて」で引き締める。これまで培ったリーダーシップの発露でもある。

練習をひと段落させ、円陣を組む。コーチが前ぶれもなく話し出す。選手は直前まで駆けずり回っていただけに、どうしても集中力が散漫になる。その刹那の、「なぁ、聞いて」。金はこうして、ひとつの情報を組織体に沁み込ませた。

スコットランド代表は、昨秋のワールドカップイングランド大会でジャパンが唯一勝てなかった相手だ。マネジメント面でややふらつきを覗かせながら、日本協会はベストメンバーの招集に奔走。この年から代表入りした金は今回、堀江翔太キャプテンや立川理道副キャプテンなど、国際リーグのスーパーラグビーでも活躍する面子と初めて時を共にしている。

「ここでは皆さんがリーダーシップを取られている。僕は声でというより、身体を張るというリーダーシップを磨けていけたらと思っています」

人呼んで「ショーケー」は、物おじせぬ気質と周りを慮る気質を心に同居させていた。1人ひとりが組織の責任を担う団体競技にあって、存在感を示すのは自然な流れだった。

 

 

愛知での一戦は、格下のアジア諸国とのゲームを除いた代表での初先発試合として臨んだ。

腕に巻いたテーピングには、いまはこの世にいない親族2人のファーストネームと呼び名を書いた。しばし夢に出てくるという2人のことを、黒いマジックで書いた。そのうち片方の「HARBEOJI」は、日本語で「おじいさん」という意味だ。

「もともと書こうと思っていたわけではないのですが、特別な試合だったという思いもあって、見守っていてね、という意味を込めて、書きました」

ラグビーの試合にあって、人はルールのもと平等である。立場が平等だからこそ個人間の差異は際立ち、グレイの堂々たるぶちかましや金の粘っこい防御が豊穣な物語を象ってゆく。

「もともとは韓国籍を持っていたのですけど、生まれも育ちも日本です。気にしたこともない。日本代表になれたのは嬉しい反面、責任があるな、と」

金は幾度ものボール奪取やタックルで魅せるも、13―26で敗れた。

「めちゃくちゃ、悔しいです」

雑然としたミックスゾーンでは、ただただ悔しさを露わにしていた。25日に東京の味の素スタジアムである同カードに際し、こうも話した。

「勝てる試合だったとは言いたくないですけど、取りこぼしたという気持ちはあります。次は…」

黒子の凄味。船頭の気構え。ルーツとアイデンティティへのプライド。いずれも、ラグビーの試合で勝つために磨いてきた。

撮影:長尾亜紀

撮影:長尾亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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