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June 30 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

一度は諦めたNPBへの再挑戦 ~信濃グランセローズ・笠井崇正~

一度は諦めたNPBへの再挑戦 ~信濃グランセローズ・笠井崇正~

プロ野球独立リーグのひとつ、ベースボール・チャレンジ・リーグ(以下、BCリーグ)に「現役大学生ピッチャー」がいる。信濃グランセローズの笠井崇正(かさい・たかまさ)だ。笠井は現在、早稲田大学スポーツ科学部4年生。早大と言えば、プロ野球選手を多く輩出している野球部が有名だが、笠井はその野球部には所属せず、昨年まで「Y.R.B.C」という硬式野球サークルに入っていた。その彼が、なぜ今、独立リーグでNPB(日本野球機構)を目指しているのか。そこには、「これが最後の挑戦」と決めた21歳の覚悟があった。

2日で諦めたプロへの夢

北海道旭川市出身の笠井が野球を始めたのは小学3年の時。「一緒に遊んでいた友達が入ったから」という理由で、地元にある軟式の野球チームに入ったのがきっかけだった。身体能力が高く、器用だったのだろう。小学生の時は、チーム事情でさまざまなポジションを務めたという。それでも、一番好きだったのはやはりピッチャーだった。高学年になると、エースナンバーを付けてチームを牽引した。

中学校の軟式野球部では三番手だったが、進学先の旭川西高校では2年春からベンチ入りを果たし、2年秋にはエースナンバーを背負った。甲子園出場には至らなかったが、最速144キロのストレートを投げる笠井は、ドラフト候補の一人として取り上げられることもあった。

「僕はプロを目指そうと思ったことはありませんでした。中学、高校の時は、『将来は公務員にでもなろうかな』と考えていたんです。でも高3の時、雑誌に自分の名前が載っているのを見て、『もしかしたら、大学で頑張ればプロになれるかもしれない』と、初めて思ったんです」

奇しくも彼が一般入試で合格したのは、全国屈指の名門野球部がある早稲田大学。チャレンジする気持ちで、笠井は野球部に入部した。ところが、なんと2日で退部してしまったのだ。その理由を、笠井はこう語る。

信濃グランセローズ・笠井崇正

3年前、名門野球部を2日で退部。同時にプロも諦めた。

「自分には合わないなと思ったんです。高校の時、厳しい監督でしたが、基本的には自由にやらせてもらいました。でも、大学の野球部はやりたいようにやらせてもらえる感じではなかった。自分は、ここで4年間も続かないなと。それで、辞めるなら早い方がいいと思ったんです」

退部届を出すのと同時に、笠井はプロへの道も諦めた。

独立リーグ挑戦のワケ

それでも、すぐに硬式野球サークルに入ったのは、「野球に未練があったから」。野球が好きであることに変わりはなかった。それ以降、笠井はサークルで時折行われる試合に登板したり、小学生対象に開かれる野球塾の指導者のアルバイトをするなどして、趣味として野球を続けていた。

そんな中で、笠井は自分のピッチングにある手応えを感じていた。練習という練習をしていないにもかかわらず、自分が投げたボールに、高校の時以上の威力を感じていたのだ。すると大学3年となった昨年の8月、高校の野球部のOB戦で登板した際、141キロをマークし、周囲を驚かせた。この時、笠井は自分の可能性を確信した。

「実はスポーツ科学部の研究の一環として、自分のフォームをいろいろと試していたんです。その中で一番意識したのは、腕の振り。以前は『力強く振ろう』という意識で思い切り振りにいっていたのですが、そうではなく、体の回転の方を意識して腕はただその回転についていくイメージで振るようにしたんです。そうすることで、腕だけで投げるのではなく、より体幹や下半身を使った投げ方になるのかなと。そしたら141キロが出た。体力は落ちているはずなのに、投げた感触はどんどん良くなっている感じがあったんです。これはしっかりと練習すれば、もっと伸びるのではないかと思いました」

信濃グランセローズ・笠井崇正

もっと伸びる。OB戦での一球に、自身の可能性を誰よりも自分が感じた。

もう一度、真剣勝負の場に身を置き、自分自身がどこまで伸びるのかを試したい――。そんな気持ちが、笠井の中に沸々とわき始めた。そこで選んだのが独立リーグ・BCリーグだった。

昨年11月のトライアウト、笠井は一次テストでいきなり145キロをマークしてみせた。続く二次テストのシートバッティングでは146キロとさらに更新し、4人の打者に対して無安打2奪三振。彼の実力は高く評価され、1カ月後のドラフト会議でグランセローズに2位指名を受けた。そして今年4月、笠井は独立リーガーとしての道を歩み始めた。

「目標」かつ「ライバル」であるチームメイトの存在

6月19日まで行われた2016年の前期では、主にセットアッパーを務め、チームに貢献した。だが、笠井自身は自分のピッチングに全く納得してはいない。

「前期はたまたま良かったけれど、もっと細かい技術の習得が必要と感じています。一番の課題は変化球のコントロール。自分の武器である真っすぐをより生かすためにも、変化球でも常に安定してストライクを取れるようにならなければと思っています」

笠井には目標としているチームメイトがいる。クローザーの齋藤研志郎(さいとう・けんしろう)だ。齋藤は抜群のコントロールがあり、変化球でも空振り三振が取れる。フィールディングも巧く、チームからの信頼は厚い。笠井にとって、齋藤は「目標」であり、「ライバル」だという。

「9回を任されているということは、それだけ信頼されているからこそだと思うんです。そんなピッチャーに僕もならなくてはいけない。僕が9回を任されるようになった時こそ、本当に信頼されるようになった証拠だと思っています」

少しずつ手応えも感じている。6月8日、ジャイアンツ球場で行われた巨人三軍との試合、笠井は二番手として登板。4-4と同点で迎えた7回裏、1死一塁の場面でマウンドに上がった笠井は、巨人の助っ人外国人、アブレイユを遊ゴロに打ち取りダブルプレーに仕留めた。続く8回裏は1死から死球でランナーを出すも、後続を二者連続三振にきってとり、しっかりとセットアッパーの役割を果たした。

この試合、笠井の成長が見てとれたのは、8回裏、2死一塁の場面で迎えた最後の打者へのピッチングだった。ボールカウントは3ボール1ストライク。もし、ここでボールとなれば、四球で歩かせ、2死一、二塁と一打同点のピンチを迎えることになる。そんな重要な場面で、笠井が投じたのはこの試合初めてのカーブ。103キロと、ストレートやスライダーと30~40キロもスピード差がある緩いカーブは、打者のタイミングを崩すには最適である。さらにそのカーブでストライクが取れれば、ピッチャーにとっては大きな武器となる。それを笠井は見事、ストライクに決めてみせたのだ。フルカウントの末、笠井は得意のスライダーで空振り三振に仕留め、この回も無失点に抑えた。

信濃グランセローズ・笠井崇正

気迫の投球。ここぞという勝負どころで、強さを見せた。

「成長したな」

ベンチに戻ると、コーチからそう声をかけられたという。少しだけ自分が認めてもらえたような気がした。

信濃グランセローズ・笠井崇正

少しずつ、手応えを感じてきた笠井。コーチの言葉が沁みる。

それでも、NPBの道を切り開くには、まだまだ力不足と感じている。

「NPBへの可能性は、ゼロとは思っていません。ただ、自分と同じくらいのボールを投げるピッチャーは、BCリーグにもたくさんいます。その中で圧倒的な存在にならなければと思っています」

BCリーグでの挑戦は、長くても2年と決めている。それでダメなら、きっぱりと諦めるつもりだ。

笠井崇正、21歳。彼は今、野球人生を懸けた戦いの真っただ中にいる。

信濃グランセローズ・笠井崇正

この2年に懸ける。まっすぐなまなざしは、強い意志でみなぎっている。

 

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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