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August 02 2016 By 向 風見也

チーターに勝ちそうな元ピアノ少年。福岡堅樹、リオデジャネイロオリンピックに挑む。

チーターより足が速いのでは、と、ジョークを言ったのはエディー・ジョーンズだった。

指導者として通算3回出場した4年に1度のラグビーワールドカップで、通算2試合しか負けていない現イングランド代表ヘッドコーチは、日本の福岡堅樹をこう捉えたことがある。

「ワールドクラスのスピードだ」

福岡は2013年、当時のジョーンズヘッドコーチ率いる日本代表に参画。当時は筑波大の2年生だったが、50メートルを5秒台で駆ける瞬発力には自信を持っていた。

6月には直近の欧州王者だったウェールズ代表を下した日にも、背番号11をつけて注目を集めた。

公式で身長175センチ、体重83キロと楕円球界にあっては小柄かもしれないが、一線級の大男へ果敢にタックルできる。自分で倒した相手のボールへそのまま絡みつくなど、いわゆる花形に止まらぬパフォーマンスを示す。

時を経て、2016年の夏。ブラジルのリオデジャネイロへ発つ。昨年まで主要の活躍の場だった15人制ではなく、男子7人制の代表に内定。運動選手にとっての夢舞台へ挑む。

 

動画共有サイトに残っているインタビューで、大学生だった福岡は「悲愴」と口にしている。

ジャパンの最年長選手である大野均に「ケンキはピアノを習っていたんだよね? 好きな曲とはか…」と聞かれ、「ベートーベンの悲愴…」と答えたのだ。

歯科医の綱二郎さんを父に持ち、福岡県下有数の進学校である福岡高に進んだ。3年生の時にプレーした全国高校ラグビー大会でも韋駄天ぶりを披露したのだが、大会敗退直後に進路を聞かれても「まだ…」と返事を濁した。

スポーツ推薦などで強豪大へ進む他の有名選手とは違い、一般入試でしか入れない医学部進学を希望していたためだ。高校卒業後は浪人した。

結局は将来への目標を保留にして筑波大情報学群に入ったが、文武両道のイメージは保っている。ジョーンズからは、足の速さ以外に「聡明さ」も褒められた。

――ベートーベンの、悲愴ですか。

3歳から中学3年までピアノを習っていた青年は、日本代表の取材現場でこう問われた。

「弾いたのは、中1くらいだったかと。一番、時間をかけて練習しましたし、曲自体がきれいだったので。指が覚えるまで反復練習。そういう意味ではラグビーにも似たようなところはあると思うんですけど」

――きれいにまとめていただき、恐縮です。

「…いえ」

 

 

この夏に全世界で放映される7人制ラグビーは、15人制とは似て非なる競技とされている。どちらも同じサイズのグラウンドでおこなわれるなか、芝に立つ人数は半分。1人ひとりに与えられるスペースは大きく、1対1の優劣が後の展開により大きく影響しうる。

試合時間も40分ハーフの15人制と違い、7分ハーフおよび10分ハーフ。そいつが1日に何度も組まれるから、全力疾走を繰り返せる「リピーテッドスピード」なる資質が求められる。

「(時間が限られている分)ワンプレー、ワンプレーがより重要になる。動きが途切れたら次のプレーをできるだけイメージしなければならない」

いわば他流派に挑む武道家といった格好の福岡自身も、こう語ったことがあった。過去にも7人制代表へ招集されるたび、勝手の違いを感じてきた。

遡って2014年3月22、東京は秩父宮ラグビー場で開かれた東京セブンズの1日目で、ケニア代表と戦った。目の前の選手を振り切って一気に駆け上がるも、敵の防御に追いつかれたことがあった。

――15人制の世界では、なかったことでは。

「はい。戻りのスピードは、ワールドクラスだったな、と」

 

 

2015年のワールドカップイングランド大会では歴史的な3勝を挙げたメンバーの一員となったが、出場は1試合のみに止まった。本当の意味で喜びを得たとは言い難いだろう。2016年に入ってから専念している7人制の舞台では、個人的な成果も勝ち取りたいところだ。

今季から加わったパナソニックではプロ契約を交わし、引退後は医者を目指して医学部に入学し直すつもりだ。高校時代から怪我が絶えなかった。競技者のための外科医になるという将来像は、自分が競技者として有名になっても捨てずにいる。

「自分のラグビー人生の終着点として考えているのは…」

15人制では2019年のワールドカップ日本大会、7人制では東京での祭典が集大成になりそうだと自覚している。

クライマックスの一歩手前にある一大イベントが、リオデジャネイロでの短期決戦である。この大会でジャパンが入った予選プールCには、いつかの若者を追いかけたケニア代表も組み込まれている。

「悲愴」の調べと同時に、アスリートとしての辛苦も体で覚えてきた福岡は言う。

「相手の出足が1歩でも遅れれば、その1歩の差で振り切る」

今度は逃げ切るか。

撮影:長尾 亜紀

撮影:長尾 亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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