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August 12 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

世界の舞台で決めた現役続行の覚悟  ~エアロビック・是枝亮~

世界の舞台で決めた現役続行の覚悟  ~エアロビック・是枝亮~

「これで終わるわけにはいかない」

6月17~19日の3日間にわたって、韓国・仁川で行われた「世界エアロビック選手権大会」。予選敗退を喫した男子シングル日本代表の是枝亮(これえだ・りょう)は、悔しさを押し殺すようにして、そう語った。表情こそ落ち着いているように見えたが、視線の鋭さが決意の固さを物語っていた。

 痛感した世界選手権の厳しさ

初日に行われた予選、是枝の演技はミスのない、ほぼ完璧なものに見えた。10メートル四方のステージで、リズミカルな曲に合わせて、是枝は力強く、そして美しく、高度な技を次々と披露していった。まさに体操の一つとして発展してきた「エアロビック」の魅力が十分に詰まった演技構成だった。

是枝自身も、自らの演技の出来栄えに手応えを感じていた。演技を終え、ステージの下で待ち受けていた菊地はるひ(きくち・はるひ)コーチとがっちりと抱き合った姿からも、それは明らかだった。

菊地はるひコーチとエアロビックの是枝亮選手

菊地はるひコーチ(左)には、4年前から指導を受けている。唯一無二の存在だ

「よし、決勝には行けたな」

是枝は、高鳴る胸を抑えながら、得点が出るのを待っていた。

ところが、電光掲示板に映し出された数字を見て、愕然とした。予想をはるかに下回ったのだ。是枝は、ショックのあまり、しばらくその場を動くことができなかったという。いったい、何が原因だったのか。実は2つのミスがあった。

1つは冒頭での技。予定では、3回転をした後に両手を床につけながら左足を上げる最高難度の「3/1 ターン トゥ バーティカルスプリット」という技で入るつもりだった。

「少し勢いが足りなくて、3回転にまで達しなかったんです。それは自分でもわかっていたので、2回転半の技(2 1/2 ターン トゥ バーティカルスプリット)に切り替えたようにして、うまくまとめたつもりでした。ところが、足を上げた角度がほんの少しずれていて、それがバランスを崩して回転不足というふうにジャッジされてしまったんです」

もう1つは、後半の「ストラドル カット 1/2 ツイスト トゥ ウエンソン」という技。腕立て伏せの状態から、床をプッシュして体を空中まで押し上げ、空中で両足を横に開脚して180度捻るという、これもまた最高難度の技だ。これが開脚前の腰位置が高く、さらに開脚の角度が不足していたため、技としてとってもらえなかったのだ。

エアロビック・是枝亮選手

「美しさ」と「力強さ」を兼ね備えたエアロビック。頭からつま先まで全神経をとがらせる

「結局、一つ一つの技に対しての準備不足であり、詰めの甘さが出たのだと思います。それでは世界選手権で決勝に進むことはできない。そのことを改めて痛感させられました」

エアロビック・是枝亮選手

技を一つ一つ、丁寧に磨き上げる、それがこれからの課題だ

大波を乗り越えて到達した世界の舞台

2年に一度行われる世界選手権。是枝が初めて出場したのは4年前、大学1年の時だった。ミックスペアで出場し、予選敗退を喫した。2度目は2年前、大学3年の時。その年のワールドカップで表彰台に上がっていた是枝は、初めて男子シングルで出場し、メダル獲得が期待されていた。ところが、緊張からか、いつもは絶対にすることのないミスを犯して、まさかの予選敗退。しかしその場で「2年後は絶対に」という強い気持ちでスタートを切った。

しかし、それからの2年間はまさに茨の道だった。ケガとの闘いも多く、一時は世界選手権を目指すことさえも迷ったという。

エアロビック・是枝亮選手

この2年、競技に集中することすら難しい日々を過ごした

「この2年間は、ケガが多かったというのもありましたし、学業との両立など、さまざまな壁にぶつかることも多く、競技に集中することが難しかったんです。それでメンタルの部分で浮き沈みが激しく、本当に辛かった。こんな自分が、果たして日本代表として世界選手権を目指していいのかどうかも、わからなくなっていました」

そんな是枝にとって、大きな支えとなったのが、菊地コーチだった。4年前、是枝は故郷の福岡から、北海道の北翔大学へと進学した。それは、同大の教授でエアロビック部の顧問を務める菊地コーチの指導を受けたいと思ったからだった。それ以降、是枝にとって菊地コーチは唯一無二の存在となっている。今回も、菊地コーチがいたからこそ、なんとか持ちこたえられたという。

今年、是枝は満身創痍ながらも、出場した2度のワールドカップでいずれもメダルを獲得。再び自分自身に自信を持つことができた。

「よし、今度こそ、世界選手権で決勝に進出し、メダルを獲得するぞ」

是枝は、強い気持ちで韓国・仁川へと乗り込んだ。そして、演技直後は達成感を感じることができるほどの演技をしてみせた。結果は2年前と同じ予選敗退ではあったが、それでも大きなミスをした2年前と、内容的には明らかに違った。

菊地コーチもまた、是枝が世界選手権の舞台に上がっている姿に人知れず感銘を覚えていたという。

「亮の演技を見ながら、彼がこの場に立っていることにすごく感謝したいと思いました。世界選手権に出ることは、選手にとって当たり前ではありません。それに加えて、今回は2年間にわたって大きな波、小さな波が押し寄せる中をくぐり抜けて到達した場所でしたから、この場で演技をしている亮の姿を見られたことが、何よりもうれしかったんです」

さらなる茨の道へ進む覚悟

しかし、結果は2年前と同じ予選敗退。加えて、もう一人男子シングルの日本代表、斉藤瑞己(さいとう・みずき)が、この部門では日本人初の優勝を達成したこともまた、是枝の悔しさを助長していた。

実は是枝は、来年3月をもって、現役を引退するつもりでいた。日本でエアロビックの選手がプロとして活動することは非常に難しい。そのため、大学卒業後は現役を引退する選手も少なくない。現在、大学院1年の是枝もまた、その選択をする覚悟でいたのだ。

しかし、是枝は選択肢の変更を決意した。

「予選が終わった時、『このままでは終われない』という気持ちが、少しずつ出てきたんです。それが決勝を見て、一層強くなりました。一緒に頑張ってきた仲間が優勝した姿を見て、本当にうれしくて感動しました。でも、同時に表彰式を見ながら、自分がいるべき場所は、このスタンドではなく、あのステージだと思ったんです」

エアロビック・是枝亮選手

ここで終われない。その強い思いと覚悟が、是枝選手をさらなる挑戦へとかきたてる

まずは競技に集中できる環境をつくることからスタートとなる。是枝が選んだ道は、これまで以上に厳しいことは容易に想像ができる。それでも、彼は挑戦することを決めた。そこには恩師や家族への強い思いがある。

「菊地先生や家族には、これまで本当にお世話になったし、支えてきてもらいました。なのにこの結果で終わるなんてことはできないと思いました」

挑戦する気持ちがある限り、是枝は選手として人として成長していくことだろう。そして2年後、その成長が演技でも見られるはずだ。是枝の挑戦は、これからが本番である。

エアロビック・是枝亮選手

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

エアロビック」とは有酸素運動「エアロビクス」を起源として、その後に派生した「エアロビックダンス」や「エクササイズ」を技術的に体系化し、「スポーツ」へと発展させた競技。1995年に世界各国・地域の体操関連団体を統轄する「国際体操連盟」の管轄種目となり、五輪種目の「体操競技」「新体操」などと同じ「体操」の一つとして位置付けられている。現在、世界約80カ国・地域で行われており、今年の世界選手権には45カ国・地域から代表選手が出場した。世界では体操競技の経験者が活躍している例も少なくない。

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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