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September 10 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

初勝利・初ゴールを生み出したキャプテンの存在 ~ブラインドサッカーアジア選手権~

初勝利・初ゴールを生み出したキャプテンの存在 ~ブラインドサッカーアジア選手権~

9月2~7日の6日間にわたって国立代々木競技場で行われたブラインドサッカーアジア選手権。同大会は、上位2カ国に来年のリオデジャネイロパラリンピックの出場権が与えられる予選も兼ねていた。パラリンピック初出場を目指す日本代表は、自慢の守備力でアジアの強豪を苦しめたものの、初戦の中国に敗れたことが最後まで大きく響き、グループリーグを3位で通過。3位決定戦でも韓国にPK戦の末に敗れ、最終順位は4位に終わり、パラリンピックの切符を獲得することはできなかった。しかし、最後まで諦めずに戦う姿勢は、多くの観客を魅了した。なかでも背番号10を背負うキャプテンの落合啓士(おちあい・ひろし)の姿には、なでしこジャパンの澤穂希を彷彿とさせるものがあった。

落合啓士

日本×韓国 背番号10を背負うキャプテンの落合啓士(左から2番目)

ピッチを落ち着かせた落合の声がけ

「ハンズアップね!」「みんなで声出していこう!」「さぁ、呼吸をととのえよう」

試合開始のホイッスルが鳴る直前、チームメイトを鼓舞する落合の声がピッチに響き渡っていた。その声は落ち着きがあり、安心することのできる頼もしさが感じられた。

大会3日目の韓国戦。その日、日本は崖っぷちに立たされていた。アジア最強の中国と昨年のアジアパラ競技大会で優勝したイランのどちらかに勝てば、パラリンピックに大きく近づくと考えられていたが、初日の中国戦に0-1で敗れ、翌日のイラン戦は0-0でドローに終わり、5試合あるグループリーグの2試合を終えて勝ち点はわずか1にとどまっていた。

そのため残り3試合は、敗戦はもちろん、引き分けすらも許されない。なかでも韓国は、世界ランキングこそ格下であるものの(日本9位、韓国14位)、難しい相手であることは間違いなかった。スタンドに詰めかけた観客からの声援も、いつも以上に気合いが入っていた。その一方で選手たちにかかるプレッシャーの大きさも感じられた。

そんな時だった。ピッチから落合の冷静な声が聞こえてきたのだ。すると、ヒートアップしたスタンドとは対照的に、ピッチには落ち着いた空気が流れ始めた。この時、落合は「自分の役割は選手たちに魂を送りこむこと」と考え、選手たちに語りかけていたという。ピッチからは中国戦、イラン戦にはなかった”勝利の匂い”が感じられた。

魂を吹き込んだ8分間

落合がスターティングメンバーに名を連ねたのは、この大会では3試合目にして初めてのことだった。大一番に落合をスタートで起用した理由を、魚住稿(うおずみ・こう)監督はこう述べた。

「どうしても勝たなければいけない試合だったので、立ち上がりは安定したかたちで入りたかったんです」

つまり、落合は安定剤としての役割を担っていた。

指揮官の狙い通り、日本は”世界一美しい”と自負するひし形のかたちを4人でつくる守備体形でしっかりと相手の攻撃を止め、序盤は韓国にチャンスらしいチャンスをつくらせなかった。

一方、日本は、自陣で相手ボールを奪った落合が華麗なドリブルで一気に相手ゴール前まで駆け上がり、鋭いシュートを放つ。それはわずかに外れるも、大会初のゴールが生まれる予感をさせるのに十分なシュートだった。

落合啓士

日本×韓国 シュートを放つ落合

ところが前半8分、落合はチーム最年少で今やレギュラーのひとりとなった川村怜(かわむら・りょう)との交代を命じられた。そして、守備力のある加藤健(かとう・けん)からエースストライカー黒田智成(くろだ・ともなり)の交代も同時に行われた。安定した試合運びをしていただけに、落合の交代は少しもったいないように感じられた。

だが、本人はしっかりと理解していた。

「スタメンに選ばれたとはいえ、自分が出る試合時間は少ないことはわかっていました。だからその少ない時間で自分のやれることをやろうと思って、積極的に前線で相手をかきまわしました。あとは交代した2人(川村、黒田)が必ずやってくれると信じていました」

そして、落合の言葉通りとなった。前半16分、ゴールまで8メートルのところで得たフリーキックから黒田がドリブルでしかけ、左足でシュート。待望の先取点を奪うと、後半10分にはゴール前に駆け上がった川村にゴールキーパーからのパスが通り、川村が振り向きざまにシュート。貴重な2点目を獲得した日本はそのまま無失点で切り抜け、2-0で初勝利を挙げた。

結局、この試合、落合の出場時間はスタートの8分間にとどまった。しかし、彼の貢献度は決して小さくなかったはずだ。彼がキャプテンシーを発揮し、チームメイトを落ち着かせたことで、あの大きなプレッシャーの中でも、日本がこれまでつくりあげてきた「守備からリズムをつくる」サッカーを遂行できた。それがあの2つのゴールを生み出し、勝利を呼び寄せたように思えてならない。

日本は韓国戦から3連勝し、イランとの激しい2位争いを演じた。その結果、イラン3勝0敗2分、勝ち点11に対し、日本は3勝1敗1分、勝ち点10。わずか1点差で、日本はパラリンピック初出場を逃した。

落合啓士

リオ出場を逃し悔しがる落合

落合啓士

記者会見で今後の抱負を語る落合

ほかの選手たちが落ち込む様子を見せる中、落合は最後まで冷静にメディアのインタビューに応じていた。彼は言う。

「出場時間は短かったけれど、僕に与えられた役割はいろいろあったと思います。得点が欲しい場面だけでなく、選手を鼓舞させるため、あるいは黒田や川村を休ませるための投入もあった。そういう意味では、自分のプレーの幅が広がったなと思っています」

常にスタメン入りし、チームの主力だった時とは違う落合がそこにはいた。

最後に、落合はこう言ってピッチを去った。

「自分を応援してくれる人、支えてくれる人たちに、自分はまだ何も恩返しができていません。だから体が動く以上、これからも上を目指して頑張っていきたい」

落合啓士、38歳。彼の挑戦はまだ続く。

(文・斎藤寿子/写真・越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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