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August 31 2016 By 向 風見也

トップリーグ開幕節で王者パナソニック撃破。清宮克幸監督、「ヤマハスタイル」の源流。

トップリーグ開幕節で王者パナソニック撃破。清宮克幸監督、「ヤマハスタイル」の源流。

8月26日、東京は秩父宮ラグビー場。国内最高峰のトップリーグ開幕節があった。

昨秋のワールドカップイングランド大会では、15人制の日本代表が強豪の南アフリカ代表を破るなどして一大ブームを巻き起こした。今夏のリオデジャネイロの祭典では、男子7人制のジャパンが楕円球王国のニュージーランド代表を破って4位入賞。しかし今度の夜の公式入場者数は、9243人だった。

イングランド大会の前だった2014年の開幕節に11162人が集まったことを鑑みれば、バックスタンド両脇の空色のベンチは違和感の対象か。現場サイドからのおぜん立てが水泡に帰した感のある80分間にあって、またも現場サイドが優良なコンテンツを提出した。

人気者の五郎丸歩の抜けたヤマハが、3連覇中のパナソニックを破ったのである。

 

パナソニックは堀江翔太主将や山田章仁などの日本代表組、元オーストラリア代表のベリック・バーンズなどの大物外国人、さらには、やはり日本代表の藤田慶和や大学選手権を7連覇した帝京大主将の坂手淳史といった期待の新人などを揃え、まさに日本ラグビー界の銀河系軍団だった。

それに対してヤマハは、母体企業の経営不振から2010年度の活動規模を縮小していた。翌年度から回復傾向を示したが、以前に大量採用していた日本人プロ選手は社員に転向。メンバーの入れ代わりも重なり、パナソニックとは対照的な陣容となっていた。

ところが、得点板が伝えたのは「パナソニック 21―24 ヤマハ」の結果報告だった。

「ヤマハはヤマハらしい戦いができました」

こう切り出したのは、就任6年目の清宮克幸監督だった。

 

 

勝ち方を知る人。ずっとそう形容されてきた。

現役時代に主将として大学日本一に輝いた母校の早大では、2001年度から監督を務めた。推薦枠の拡張と、人気と戦力の底上げへの取り組みにも着手。5シーズンで3度の大学選手権優勝を達成した。

2006年度からボスとなったサントリーでも、その前年のトップリーグで8位だったチームをファイナリストへ押し上げる。着任2シーズン目には、マイクロソフトカップ(当時のトップリーグのプレーオフトーナメント)を制覇した。

2011年度に就任したヤマハでは、前例踏襲とは無縁の領域を歩んだ。

アトランタ五輪の男子レスリングフリースタイル74キロ級銅メダリストの太田拓弥をレスリングコーチに招き、早朝のレスリングトレーニングを導入。肉弾戦における粘り腰、相手の動きを制す身のこなしを植え付けた。

サントリー時代からの盟友だった長谷川慎フォワードコーチは、定期的にフランスへの留学や合宿に派遣。プレーの起点となるスクラムで、フォワード8人が一方向へ力を傾ける独自の型を磨いた。

格闘家の招聘とフランス流スクラムの導入。あくまでたまたまであろうが、イングランド大会で結果を出した日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチは、その2つを2012年度以降から採用することとなる。

ヤマハは、部員数削減などを経て臨んだ2010年度は下部との入れ替え戦に出るなどやや沈んでいた。しかし清宮監督は、就任後の成績を8、6、5、2位と順に引き上げた。初のトップリーグプレーオフ決勝に進んだ2014年度は、シーズンを締めくくる日本選手権で初優勝している。

時はワールドカップ直前。直後の日本記者クラブでの会見では、日本代表で指揮を執る意欲を問われて「(イングランド大会の)結果が出なければ別の方向にかじを切ることになる。そうなれば名乗りを上げる」と発言。そのまま「日本代表監督立候補」と報じられていた。

今度の開幕節のような注目度の高い強豪チームとの一騎打ちは、ある意味、この人がつくるチームにうってつけの舞台かもしれなかった。

 

 

前年度のトップリーグで3位だったヤマハは、スクラムで優勢に立った。特に後半8分には、敵陣ゴール前でペナルティートライをもぎ取った。白いジャージィの塊が前に出て、青いジャージィの塊が崩壊。勝った右プロップの伊藤平一郎は、その1本をこう振り返る。

「(押し切ったら)前に(誰も)いなかった」

守っては、強靭な体躯でのダブルタックルを連発した。捕球を乱した選手へは3、4人と一気に襲い掛かり、攻守逆転を促す。身長170センチと小柄ながらライバルが巨躯を並べるアウトサイドセンターでレギュラーを張る宮澤正利は、こんなふうに振り返っていた。

「ディフェンスでは、切れない、というのを大事にしていて。個人技のある選手とも1対1にならないで、動いて2人で…。それがポイントになったかなと」

万能型の王者を、「ヤマハスタイル」の土俵に引きずり込む。指導陣にとっても会心の80分となったろう。

 

 

清宮監督はサントリー時代、敗戦をした時に「ネセサリー・ロス(後の成長のために必要な負け)」との談話を残すなど、ビビッドな言葉選びでも知られた人だ。実は開幕前のプレスカンファレンスでは「パナソニックに勝って優勝できないのとパナソニックに負けて優勝できるのなら前者を選ぶ」と宣言。各紙で伝えられていた。

試合後の会見で、その件を問われる。

――前者、達成しました。優勝は…。

「あの時、もうひとつ言っていないことがあって」

場内に笑いを呼ぶ。

「パナソニックに勝って、日本一になる」

もっとも「これから、どうなるかわからないです」。感激の勝利を挙げた直後とあって、「次のゲームは難しくなる」と気を引き締めていた。

あの頃のラグビーブームがただのブームだったとしても、それとは無関係に、ラグビーの勝負の質は保たれる。

7月に被災者支援イベント  記者会見するラグビートップリーグ、ヤマハ発動機の清宮監督=30日、東京都港区

7月に被災者支援イベント  記者会見するラグビートップリーグ、ヤマハ発動機の清宮監督=30日、東京都港区

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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