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September 01 2016 By 向 風見也

トップリーグ開幕へ。日本代表81キャップの小野澤宏時、若きチームで課される仕事。

誰が呼んだか「うなぎステップ」。相手の人垣をすり抜ける走りは、当事者の出身地の名産品からそう名付けられた。

小野澤宏時は、ラグビーを始めた静岡聖光中等部で元日本代表の葛西祥文監督に「倒れるな」と指導され、体をしならせる走りを研究。中大を経て加わったサントリーでは、大きなバーベルを掴みながら中腰の状態から一気に跳躍するハイクリーンという種目で全身の瞬発力を磨いた。

その産物としての「うなぎステップ」がファンに知れわたった頃には、不動の日本代表選手となっていた。タッチライン際でトライを狙うウイングというポジションを担い、国同士の真剣勝負にあたるテストマッチへの出場数を国内歴代2位の81とする。

38歳で迎える2016年夏もなお、現役でプレーする。キヤノンの一員として、発足14シーズン目の日本最高峰トップリーグの開幕を心待ちにする。

 

 

2011年9月16日、ハミルトンはワイカトスタジアム。代表として自身3度目の出場となった4年に1度のワールドカップにあって、予選プールAの2戦目に挑んだ。こぼれ球を拾い上げ、開催国のニュージーランド代表からチーム初トライを奪った。

もっとも、「もう、ワンサイドゲームだったし、そこで相手が…というだけ」。ミックスゾーンでは、ただ淡々としていた。

――やはり、勝ちたかったですか。

顔を上げ、声を上ずらせた。

「そんなこと、聞かないでよ」

当時のジョン・カーワンヘッドコーチが3戦目以降での2連勝を目指したチームは、後に優勝するニュージーランド代表との試合を7―83で落としていた。複数の証言によれば、小野澤は「負けず嫌い。試合前のロッカールームで顔が変わります」。組織の計画上、敗戦もやむなし、とは、間違っても思うまい。結局、1勝もできずに帰国したのだが。

 

 

この大会の後に日本代表を率いたエディー・ジョーンズは、2013年まで招集を続けた小野澤をこう評したことがある。

「自分ができることをわかっている選手は、ぶれない。かえって大人しい。準備が万全だという自信があります。小野澤もそういう選手です。むしろ、叫ぶ選手よりもすごいパッションがあります」

そう。この人は公式上「身長180センチ、体重85キロ」の身体、うねりのあるランニング、負けん気、さらに、行動を起こす前の準備への執着心を兼ね備えている。複数のタイプのスパイクやら他のスタッフも持っている消毒液やらと、遠征前の荷物は重くなりがちとのことだ。それはそれで、自分の哲学の表れと捉えている。

単純とは一線を画す、繊細な思考回路を明かす。

「ひとつの要素ではものごとを言い切れない。そうなると短い時間でぽんと言うことができない。こうで、こうで、こうで…と話すと長くなっちゃう。…テレビ向きじゃないなと考えています」

8月19日、東京都町田市にあるキヤノンスポーツパークでトップリーグ開幕前最後の実戦に先発する。準備の必要性を、実際のプレーで示さんとしている。

レフリーの笛が鳴ってプレーが止まったらすぐさま「前、見て!」と発し、どちらかが得点した直後のキックオフの際も「オープン、左ウラOK!」と自分の立ち位置を皆に伝えている。自軍ボールで攻撃を始める前は、相手守備の人数に加え、どんなテンポでパスを繋ぐべきかも短い単語で伝える。

そう。どんな些細な気付きも、グラウンド上で共有しようとする。いわばプレーが始まる前の準備に、心血を注いでいた。国際舞台で戦うウイングの必須のスキルを発動する格好だ。ともかく、自称「おじさんウイング」の真骨頂を示した。

 

 

しかし、満足はしなかった。晩夏の夕刻。意識を傾ける言葉のやりとりについて、小野澤はただただ自問自答していた。試合はNTTコムに13―40と屈していた。

自らの言葉を受け取り切れていなさそうな選手へのアプローチについて、「僕が勝手にしゃべっていても…」と話すのだった。

「聞いてもらうにはどうするのかを、もう少し考えなきゃいけない。それをコミュニケーションという漠然とした言葉で片づけないように…。コミュニケーション! って、はやっているでしょう。話すこともコミュニケーションで、聞くこともコミュニケーションであって。だからといって『聞けー!』なんて言っても聞けないもの」

昨今のラグビー界では選手間の連携を図る意味での「コミュニケーション」という言葉が定着している。そんななか小野澤は、言語の本質を捉えながら自らの仕事を語るのだった。

「僕の言葉で正しくプレーできたという成功体験から耳が開く人もいるだろうし、自分から話してみて『あ、聞かれてないってこういうことなんだ』と感じることで耳が開く人もいるだろうし…。それが見えただけでも、きょうはよかった」

――ラグビーって、奥が深い。

「そう。団体スポーツなんで、面白いですよ。なかなか答えは見えないです」

毎年、自転車レースの「ツール・ド・フランス」を楽しみにしている。自らも競技自転車でのサイクリングが趣味で、サントリー時代は自宅と練習場の往復にこだわりのマシンを走らせていた。もっともいまは、車で移動する。

「本業が上り坂で来ている。一応、年は年なので、運動ボリュームというのはコントロールして、トレーナーの方と話し合いながらやっていきたいと思っています。はい」

趣味と仕事をエンジョイする趣味人が、仕事のために趣味を制限しつつある。

こちらもサントリー出身の永友洋司監督曰く「ここ最近、ゲームにコンスタントに出られるようになりました。ボールを持っていない時の動きでチームに貢献してくれています。他の選手にも、観て勉強してほしいと思っています」とのことだ。

前年度までは度重なる故障で出番が限られたものの、いまは再ブレイクへの準備を着々と進めていよう。

引き続き、ラグビーの奥深さを紡ぐ。

撮影:長尾 亜紀

撮影:長尾 亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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