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August 28 2015 By 安藤啓一

義足女子のファッションショー「私の義足を見てほしい」

切断ヴィーナスショー

中能登町で開催された「切断ヴィーナスショー」

義足を触られ、セクハラだとふざける

中能登町で開催された義足女子のファッションショーの登場したモデルたちは5人。パラリンピックを目指している4人のアスリートと1人のアーティストだ。このショーを企画したカメラマン、越智貴雄さんの写真集『切断ヴィーナス』でモデルをしたことから、今回の出演につながった。

大西瞳さんは100m走と幅跳びでパラリンピックを目指している陸上選手だ。

「義足の女性を集めて写真集をつくりたいという話を最初に聞いた時、この人はなにを言っているんだろうかと信じられなかった」

大西瞳

大会に出場する大西瞳さん

今でこそ義足を見られることに抵抗感はないものの、「最初、義足のイメージは良くなくて、これで私の人生は終わってしまったと絶望していた」という。大きな転機は陸上競技との出会いだった。

「義足を使い始めたころは、人に見られたくなかった。それが陸上競技をはじめてから、義足ってカッコいいなと思えるようになった」

最初はうまく歩けなかったという大西さん。ところが競技を始めて走れるようになり、精神的にも強くなれた。「トレーニングでフィジカル面が鍛えられた。バランスも良くなり、とっさの動作ができるようになった」スポーツは日常生活で義足を使いこなすための身体づくりにもつながった。すると、普段から義足を見せて歩けるようになった。

「目立ちたがりだと言われます。私が義足についてオープンになると、職場の同僚が足を触ってくるの。セクハラだと騒いでます(笑)」彼女が変わると、周りも変わった。

「仕事では立ち座りや歩き回ることが多いけれど、職場の人たちが義足のことで気を遣うようなことはありません。以前の私だったら事務仕事の内勤に配属されていたでしょう」 職場の人たちが義足を特別視せず、受け入れるようになったのだ。

モデルを引き受けたことについても理由があるという。「義足を使うようになってから多くの人たちに助けてもらいました。陸上競技クラブの人たちからも多くのことを教えてもらった。だから今度は、私が病院に出向いて、義足のことを伝えるような活動をしたいと考えています。良い意味でのお節介です」

 

おしゃれに履きこなす

須川まきこさんはイラストを描くアーティストだ。義足を履いた少女の作品も多い。「義足の女性の絵を描くことで自分を客観的に見ることができて、それが今の自分を受け入れることにつながっています」

このイラストをショーのドレスに使わせて欲しい、とモデルに誘われた。「ショーに出演することはイラストを書く表現活動を同じ感覚」だという須川さん。アーティスト活動としてモデルを引き受けることにした。この日、ステージで着ていた衣装も自身のイラストをプリントした作品だった。

「自分の作品を着られるというのは嬉しい。モデルをしたことで、気持ちをアウトプットすることができた」

須川まきこ

自身のイラストをプリントした衣装をまとった須川まきこさん

そう話す須川さんだが、以前は義足を見られることに抵抗感を持っていた。「NHKの番組企画で、義足を見せながら原宿を歩こうというイベントに参加したのが、人に見せた初めての経験。どう思われるのか心配だった。新しい価値観に挑戦するのは勇気のいることです」

それから少しずつ自分の義足を受け入れ、モデルをするまでになった。ところが、今でも義足は隠すという。「義足を見せるようなファッションはしていません。洋服と合わせたとき、義足は存在感が強すぎてしまうので、スカートを着るときは義足が目立たないようにするカバーの外装をつけています」

アーティストらしいしなやかな義足の使いこなしだ。

 

義足は私の希望

小林久枝さんは3人の男の子を育てているお母さん。その傍ら、陸上競技でパラリンピックを目指している。「走り始めてから3年半ほどです。ロンドンパラリンピックで選手が活躍しているのを見たことがきっかけでした」

義足を使い始めたのは5年前からだ。先天性の奇形で巨趾症(きょししょう)に長年苦しんでいた。治療法も分かっていない難病で、子どもの頃から何度も手術をしてきたという。大人になると痛みがひどくなり、日常生活にも困るようになったことから、治療のために片足を切断することにした。

「もっと自由に動きたい! そう強く願って、自ら切断することを希望した」そう振り返る小林さんにとって、義足こそが人生の希望だった。

主治医にそのことを話すと、「切断することは絶対に薦めない。切ることはいつでもできるのだから、別の治療法を考えよう」と説得された。それでも諦めきれず、テレビで見た義肢装具士・臼井二美男さんに直接相談した。

靴を脱いで変形した足を見せると、「義足を使うようになれば、生活のクオリティは今よりも高くなる」と説明を受けた。「義足になったらどういうことをしてみたい?」と聞かれた小林さんは、「諦めていたスポーツをしたいし、すてきな靴も履きたい。そう、ハイヒールを履けたらどんなにすてきなことでしょう」と答えた。

「春に切断したら年末には小走りができるよ。息子さんの卒業式にはハイヒールを履かせてあげる」臼井さんの言葉に後押しされて、切断を決意した。

「モデルもそうですが、切断しなければ経験できなかったことがたくさんあります。それに自分を堂々と見せられることは幸せ。子どものころから自分の足を見られることがとても嫌だったのに、今は見てくださいと言えるのですから」

小林久枝

ハイヒールを履いた小林久枝さん

何かあったら、どうにかするよ

安部未佳さんは「モデルになるチャンスはそうあるものじゃない。普通は経験できることじゃない」とすぐに参加を決めた。「友だちに話したら、すごいって言われました」

しかし、4年前に義足を使い始めたときは、友だちともどうやって付き合えばいいのか分からず悩んでいた。「怪我のことは数人の友だちにしか話していなかった」通っていた看護学校も辞めてしまった。看護師になりたかった私がなぜ看護されているのか、とふさぎ込んでしまった。

そうしたある日、陸上競技に誘われ、少しずつ自分なりの生き方を探しはじめるようになる。「陸上をはじめなければ、前向きになれなかった」

男の子からスノーボードに誘われたこともある。義足のことは隠していたから、「あんた、私の足のことを知っているのか」と聞いた。すると、「知ってるよ」と特に気にするようでもなく軽く返してくる。「何かあったら、どうにかするよと言ってくれました。誘ってくれたことは、すごく嬉しかったな」

そして義足を隠さなくてもいいのだと気づき始めた。「モデルをしたことで前向きに開き直れた」今日の経験も彼女の背中をやさしく押している。今はスノーボードでパラリンピックに出場することと、勉強を再開した看護師の国家試験の合格が目標だという。

安部未佳

スノーボードでパラリンピックを目指す安部未佳さん

隠すものではない

村上清加さんも陸上競技でパラリンピックを目指している。怪我で入院していた時には、絶望し、誰にも会いたくなくて面会謝絶。携帯電話も解約した。

元々、ゴルフやボディーボードなどのスポーツが好きだった。少しずつ前向きになり、スポーツ用義足を調べているときに、義肢装具士の臼井さんのことを知った。今では、義足仲間を求めて陸上競技クラブにも参加し、疲労骨折するほど激しい練習をこなしている。

「義足は隠すものだと思ってはいません」そう考える村上さんは、ファッションショーのステージで、誰よりも観客に義足をアピールしていた。「地方には、義足を隠すように暮らしている人がまだたくさんいます。外へ出かけられない人もいます。だから地方で義足のイベントをするのはいいですね」村上さんの笑顔は輝いていた。

村上清加

「切断ヴィーナスショー」でパフォーマンスをする村上清加さん

(取材:安藤啓一)
(写真:越智貴雄)

 

安藤啓一

安藤啓一

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