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September 16 2016 By 向 風見也

サントリーで主将と定位置争い。南アフリカ代表に勝った日本代表の日和佐篤の、「調子」への考え方。

サントリーで主将と定位置争い。南アフリカ代表に勝った日本代表の日和佐篤の、「調子」への考え方。

29歳のプロラグビー選手、日和佐篤は、流大とポジションを争う。流は24歳の社員選手ながら、主将を任されている。2人の働き場は攻撃の起点、スクラムハーフだ。

国民の記憶に残るのは、昨秋の姿だろうか。

4年に1度あるワールドカップのイングランド大会で、日和佐は日本代表に選ばれていた。身長166センチ、体重72キロと大柄ではないが、スピード感あるパスさばきを買われていたのだ。

9月19日。過去優勝2回の南アフリカ代表との予選プール初戦に、後半26分から出場する。試合終了まで14分を残し、7点差を追う。

29分、息の合ったサインプレーですぐさま同点とする。29―29。続く32分には29-32と勝ち越されたが、なおテンポを緩めない。諦めない。

ラストワンプレー。日和佐は左端から右端、さらに左端へと繋がるアタックの起点を担った。

カーン・ヘスケス、逆転決勝トライ。34-32。日本代表は、大会24年ぶりの白星を挙げた。試合会場にちなみ、この瞬間は「ブライトンの歓喜」と謳われた。

あれから1年が経とうとしている。

日和佐は国内所属先のサントリーで、「まぁ、2人にとっていいコンペティションができていると思います。ここのレベルが上がれば、チームのレベルも上がるので」。いまの立場を俯瞰し、抑揚の少ない声を重ねるのである。

 

 

兵庫県の報徳学園高を経て、法大でプレーした。そこをあの人物に見込まれ、人生を切り開いた。

エディー・ジョーンズ。イングランドでのワールドカップでジャパンを指揮する、オーストラリア人指導者だ。

その頃はサントリーのゼネラルマネージャーだったジョーンズは、「こんなに素早いスクラムハーフは見たことがない」と日和佐を絶賛。2010年度からは自らが監督をする同部へ加え、当時の日本代表スタッフにも「すぐにジャパンへ入れるべきだ」と勧めた。日和佐が初めて日本代表になったのは、サントリーで新人賞を獲得した直後のことだった。

以後、国同士の真剣勝負への出場を示すキャップ数は51を記録する。しかし、フィールドで躍る機会は限られてもいた。日和佐とタイプの異なる、実力者のスクラムハーフがいたためだ。

日本代表には、国際リーグのスーパーラグビーへ初参戦した田中史朗が屹立していた。状況判断と負けん気の鬼だ。田中自身は「僕よりも日和佐の方が速い。日和佐もスーパーラグビーで通用する」と連呼するが、イングランド大会では田中が先発要員だった。

サントリーでは2011年度から5シーズン、南アフリカ代表76キャップのフーリー・デュプレアが光っていた。クラブが掲げる攻撃的スタイルの交通整理を担い、猛者のタックルをかいくぐりながらのパス、突如として放つキックで魅せた。

高速展開の発信源として重宝された日和佐は、各所でスーパーサブの位置に置かれることとなった。そんななか日和佐は、表情を崩そうとしなかった。

 

 

「サントリーが強くなるのにも、僕自身にも必要なことだと思います。負ける気は、ないです。もちろんそこはプレーヤーとして、まずは試合に出られるように。はい」

若き主将の就任をこう捉えたのは、2016年6月、東京都府中市にあるサントリーのクラブハウスでのことだった。

この時ツアーに出かけていた日本代表からは、マーク・ハメットヘッドコーチ代行曰く「力は十分にわかっている。休みを与えたい」との理由で外れていた。もっとも、本人の認識は違うところにあった。

「何もコミュニケーションはなく。普通に外れたな、という印象です」

それでもどうだ。

「ここでしっかりと休んで、次に向けての調整を。サントリーにいた方が僕の状態がよくなると、ポジティブに捉えています。家族とも過ごす時間をもらえましたし」

一時の父となって久しい職業戦士は、新任の沢木敬介監督のもとで汗を流し、生来の活力を維持していた。

――代表復帰への思いは。

別の場所で問われた。

「まずは自分のパフォーマンスをすること。それをしないと、呼ばれないと思う。呼ばれるためにというのではなく、自分のパフォーマンスを高めていきたいと思います」

喜怒哀楽の色を挟まぬ受け答えに、その人格をにじませた。

 

 

2月からは日本のサンウルブズに入り、スーパーラグビーにも初参戦していた。もっともこの6月、サントリーでの練習中にあごの骨を折ってしまう。7月に残されていたスーパーラグビーの終盤戦は辞退。じっくりと治療し、日本最高峰トップリーグの2016年度シーズンに備えていた。

開幕を迎えると、第1節からそれぞれ後半11、22、11分にグラウンド入り。直近では9月10日、東京は秩父宮ラグビー場での第3節に挑んだ。

13―14とリードされていた登場直後だった。ハーフ線付近左で対するリコーの反則を確認するや、速攻を仕掛ける。ひとつ、またひとつとパスを捌き、ふたつめの接点でさらに相手のペナルティーを誘う。小さくウィンクしたのを、テレビカメラに抜かれる。

ここから5分間、サントリーは敵陣でテクノを奏でる。日和佐はどんどん球を回し、先方の体力を奪う。17分、小野晃征のペナルティーゴールを決める。16-14。勝ち越しに成功した。

左右両足でのキックと機動力を兼備する流主将が「いいパフォーマンスができていない」と苦しむ傍ら、日和佐は「まぁ、勝ち切ることができてよかったかなと思います」。23―17のスコアで、開幕3連勝を果たす。

――調子がいいように映るのですが、いかがですか。

秩父宮のスタンド下でそう問われると、凪の人生観を言い残したのだった。

「調子がいいというより、いつも通りです」

大物との争いを課された際も、この人は波を立てなかった。だから悩めるリーダーとの「コンペティション」の渦中も、ただただ攻めをリードする。「いつでもチームがいい方向へ行くように」。個人的な「好不調」のバイオリズムとは、そもそも無縁なのだろう。

「調子がいいと感じたこともないですし、調子が悪いと感じたこともないです」

周りで何が起っても、誰に何を強いられても、変わらないという名の強さを示す。

撮影:長尾 亜紀

撮影:長尾 亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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