引き締まった体躯にスキンヘッド。つり上がった眉と切れ長の目。遠くにいる人にもすぐに見つけられるヴィヴィッドな風貌である。
山下大悟、35歳。2016年から早大ラグビー部の監督となる。赤と黒のジャージィでおなじみ、大学選手権15回優勝の伝統校を率いる。
「いま、自分たちのこだわっているものを本当の強みにする。ベースは、そこです」
毅然とした態度で復権を誓う。
学生時代もまた、早大の栄華を築いた。在任5シーズンで3度の大学日本一に輝いた清宮克幸監督のもと、2002年度の主将としてチャンピオンになった。
2008年度を最後に王座から遠のく母校へは、現役生活の晩年に関わるようになった。NTTコムから日野自動車へ移った2014年から、週末の指導に出向く特命コーチ、高校生の勧誘に携わるリクルートディレクターを務めた。当時は早大の大学院へも通っていた。指揮官就任は、そもそも想定された事案だった。
現代の大学ラグビー界は、ほぼほぼ帝京大が牛耳っている。大学選手権は目下7連覇中。一昨季は、日本選手権で社会人のNECを下した。
早大は、前年度の直接対決で15―92と屈した。悔しかろう。否。彼我の状況を見比べた山下は、はっきりと「太刀打ちできない」と断じた。
強化資金の確保や推薦入学による戦力補強に力を入れていた清宮監督が去ったのは、2005年度が終わった頃だった。早大陣営はそれ以来、予算や選手層の不足に嘆くようになった。そのまま、帝京大との格差を広げていた。
そこで山下は監督就任前から、活動資源を外部から募るよう動き回った。
卒業生を中心としたファンから直接的な支援を受けられるよう、クラウドファンディングを開設。複数企業とのパートナーシップも締結した。
帝京大の豊かさの表れには、個々の身体の大きさと強さがある。サプリメントや食事の摂取時間は管理され、クラブハウス脇の専用ジムは才気のパンプアップを助けている。ドクターやトレーナーの数も多く、おそらくどこよりも早く管理栄養士を雇用し始めていた。
それに対して早大の山下は、主力チームのいる第1選手寮にはバイキング形式の食堂を作った。レストラン業界で実績のある共立メンテナンスには、「多大なるご支援をいただいています」と頭を下げる。
ビュッフェの台付近に置かれた看板には、選手の体重や体脂肪率などに合わせた盛り付け例が張り出されている。大きな炊飯器のなかでは、炊飯器新潟県の水稲新品種「新之助」が湯気を立てている。
山下がリクルーティング・ダイレクターとして入試を支えた新人、東海大仰星高の岸岡智樹は、入学から約3か月で体重を「5~10キロ」も増やした。桑野詠真主将も「美味しいんです。ホテルみたいで」と笑顔を浮かべる。
強化方針は簡潔だ。万事に圧倒的に映る帝京大を一発勝負で倒すにあたり、山下は「何か柱を作らないと。あれもこれもと手を出すと、ただ一般的になってしまう」と考えていた。
「自分たちの強みにしていくものは、チームディフェンス、ブレイクダウン(接点)、スクラム。この3つです」
始動後初の公式大会となった関東大学春季大会では、前年度中位陣によるグループBで1勝4敗、平均失点40.6の成績に終わった。この結果からは、強みのひとつである「チームディフェンス」の崩壊ぶりが漂う。しかし山下は、ただただ泰然自若としていた。
「例えばチームディフェンスでいえば…。全てのタックルのなかでダブルタックルへ行けている回数、ダブルタックルをしてからスペースを取れているか。その数値を取るための春季大会と言ってもいいくらいです」
1人のランナーへ2人がかりで突き刺さる「ダブルタックル」の激しさ。相手を倒した後にできた「ブレイクダウン」におけるボール周辺の「スペース」の攻略度合い。この点のみを注視したという。それ以外の問題から失点した場面は、さして気にしなかった。
「春はベース作りに時間はかかった。この先の1年間、さらには中長期を見据えると、まずはラグビーの、チームの王道の部分を作っていかないといけない」
8月は攻撃の手順にも着手しながら、軸にすべきは「チームディフェンス、ブレイクダウン、スクラム」だと休まず強調した。整理された実戦練習でも、ひたすらこの3点を磨いた。
「チームディフェンス」と「ブレイクダウン」を改善するプロセスを、専門用語を用いて明かす。
「ダブルタックルはあくまでターンオーバー(ボールを奪う行為)のための手段なのですが、その手段が目的になってしまっているところがあった。ダブルタックルの1人目、2人目がそれぞれどうすべきか、(ダブルタックルをした選手の近くにいる)3人目の選手が場面に応じてどんなジャッジ(球を奪いに行くかどうか)をすべきかを明確にしました。どこでゲインライン(攻防の境界線)を超えるか、どこでターンオーバーを取るか、その出口も落とし込んだ」
8月21日、ラグビーのメッカである長野県上田市菅平。帝京大との練習試合をおこなう。22―47と敗戦も、主力が出揃った前半は10―12と互角に戦った。「チームディフェンス」と「ブレイクダウン」での手応えを掴み、「スクラム」を押し切ってのスコアにも喜んだ。
目の前の結果に一喜一憂せず、最初に思い描いた「ロードマップ」と現状を照らし合わせるだけだった。周囲に何を言われても動じなかった。動じるそぶりを見せなかった。
――いざ、大勝負が1週間前に迫ったとします。仲間にはどう接しますか。
あれは、サントリーの主将を務めていた2007年頃だったか。こんな趣旨の質問に、山下は即答したものだ。
「言い続けまくる。言い続けまくり、まくる」
チームが積み上げてきたプレーや意識づけに関し、何度も繰り返して注意を促す。そういうニュアンスだった。
監督として初めて臨むシーズンも、その態度を貫いていたのだ。秋の関東大学対抗戦Aに突入する直前は、こう語っていた。
「提示していることの根本は変えず、試合から出た『もっとこうした方がいい』という要素をアップデートしている。選手たちにはクエスチョニングをしながら、皆が同じことを言えるようロジカルな落とし込みをしています。やっていることがわからなくなる時期がなかった。その意味では、ここまでで大変だと思ったことはないです」
――人気チームを率いるにあたり、周りからの重圧は感じませんか。
「まったく」
伝統校復活の旗印というより、「伝統校復活」というプロジェクトのリーダーといった風情である。対抗戦で4位以内に入れば、12月から1月までの大学選手権に挑める。
流されないという気質を、凱歌に繋げられるか。

撮影:長尾 亜紀