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October 12 2016 By 向 風見也

最後の方にバスから降りる人。「超高校級」から日本代表になった布巻峻介の「余裕」とは。

泰然自若。落ち着いて、どんなことにも動じない様子のこと。日本のラグビー選手である布巻峻介は、常々そうありたいと思っている。

早大の学生だった頃も、こう話していた。

「余裕を持ちたい。余裕を持てば、もっといいプレーができる」

2016年秋、初めて日本代表となった。今度のチームでは、ジェイミー・ジョセフ新ヘッドコーチが就任。多くのスタッフが刷新されていた。

10月の2度の短期合宿などを経て、11月、昨秋のワールドカップ4強のアルゼンチン代表、欧州6強の一角たるウェールズ代表などとぶつかる。置かれた立場は、リセットボタンを押すなり強力なモンスターと戦うゲームユーザーのようなものだ。

課されたハードルをどう捉えるか。

最初の合宿の途中、布巻はこう応じた。

「もちろん対戦相手を考えることは必要。でもいまは、そんなに先のことは見ていないです。まず今回は、チームでの役割を知って、皆とコミュニケーションを取ることが大事なので。きょうの練習のターゲットを踏まえて、求められた以上の結果で返す、という感じです」

切れ長の目、樫の木の体躯、ややかすれた声は、常連組の風情を醸していた。

 

公式で「身長178センチ、体重96キロ」。国際クラスでは上背こそ低い。それでも接点でのぶつかり合いでは、大男にも平気で立ち向かう。ふっ飛ばされず、なぎ倒す。

2016年9月30日。東京の秩父宮ラグビー場が、黒い夜空と白い光線に包まれていた時間。国内最高峰であるトップリーグの第5節があった。プロ2年目の布巻はパナソニックの背番号7をつけ、NTTコムを迎え撃つ。

13―0とリードして迎えた前半26分、敵陣中盤右のスクラムを起点に司令塔のベリック・バーンズがラン。大きく前進したところで、相手に捕まる。

ここで布巻が、腰を落として接点の援護に入る。向かって右側からボール奪取を狙っていたNTTコムの防御役の尻を掴み、持ち上げ、左側の地面へねじ伏せる。

もともとその防御役がいた場所は、無人のスペースとなった。次にやってきた田中史朗がボールを拾い上げ、そこを一気に突破する。大型ランナーのヒーナン ダニエルがトライを決めるなどし、スコアは20―0となった。

「ダメージを与える。これは暴力的な意味じゃなくて、精神的に『ここまでやられるんだ』というものを見せなきゃいけない。試合を通して、そこはぶれないでいたい」

かく語る布巻は、防御でも魅せた。自陣22メートル線付近で耐えていた前半34分頃、相手がパスを振った左大外へ走る。

視線の先では味方のアウトサイドセンター、リチャード・バックマンがタックルを放つ。対する羽野一志が落球する。それを拾いにかかるNTTコム陣営の懐へ、布巻が、頭と肩を差し込んだ。足をかく。

助けに入ったナンバーエイトのホラニ龍コリニアシとともに、地上のボールを乗り越える。

「チャンスがあれば、行く。失敗したら、味方が助けてくれる。その感覚です」

この言葉通り、一気に攻撃権を奪い取った。42―14。直接プレーに関わっていない時の指示出しでも光り、「マン・オブ・ザ・マッチ」の景品である「ゴジラ」のフィギュアを受け取った。

「自分がプレーしやすいように味方を動かす。味方の声を聞いて、味方を助ける。そうして15人全員でディフェンスをする意識が、上がりました」

ラグビー選手としての「余裕」を作り上げるなか、チャンスやピンチへの反応、平時のコミュニケーションスキルを磨いている。

 

10代の頃から有名だった。東福岡高2年時は7人制日本代表の練習生となり、全国高校ラグビー大会では2連覇を果たした。インサイドセンターの位置に入り、問答無用の突破力を誇示。メディアでは「超高校級」と謳われた。

大学3年時、いまも務める黒子役のオープサイドフランカーに転向。日本代表入りへの近道として、である。当時、周辺情報で発覚したコンバート案について取材陣から質問を受け、「その噂、すごい、広まってますね」と認めたものだ。

もっとも20歳前後の折は、膝の故障に悩まされてもいた。早期のジャパン入りという目標は、いつしか宙に浮いた。パナソニックのオープンサイドフランカーとして主戦の西原忠佑の穴を埋めている今季も、代表に関する質問へはこう応じた。

「常に頭から離れないし、目標とはしているんですけど…。そこばかり見過ぎて失敗した経験もある。いまは目の前、目の前しか見ていないです」

戦場で心身に「余裕」を持つには、胆力が必要だった。

 

東京湾埋立7号地にある、辰巳の森海浜公園ラグビー練習場。日本代表の合宿2日目にあたる2016年10月11日の朝、布巻がバスから降りたのは随分と最後の方だった。そう言えば、この人を良く知る同世代のある選手が話していた。

「布巻はきっと、初めてジャパンに選ばれた時も余裕で後ろの席へ座る」

布巻の「余裕」は時として、大らかさをにじませる。合宿中の談話も、どこかエアリーな声色だった。

「嬉しいし、気持ちも昂りますけど、まぁ、いつも通り、練習を一生懸命する。親とかも喜ばせたいので、試合もどんどん出たいな…。そういう感じです。はい」

――「目の前、目の前しか見ていない」なか、このタイミングで代表入り。どう捉えていますか。

「自分で言うのもあれですけど、その姿勢を貫いたからこそ、この、いまがあると思います。偶然、誰かが観てくれていて、偶然、ここにいる。これからも姿勢を変えずにいきたいです」

布巻の「余裕」は時として、精神の健全さを覗かせる。学生時代の大一番では、いつだって緊張するチームメイトの肩へ静かに手を置いていた。

重圧のかかる局面での心構えを聞かれ、すぐさま、胸に掌をかざした。

「僕の方が、ここ、の、点は、強いと思っている。困ったら、僕にパスを投げろ、と。他の人にプレッシャーを味わわせるくらいなら、僕が…」

晴れて11月のメンバーに加われば、国際間の真剣勝負であるテストマッチに挑む。4歳でラグビーと出会った24歳の兄貴分は、未知の空間でも「余裕」を貫けるか。

撮影:長尾 亜紀

撮影:長尾 亜紀

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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