TOPへ
October 13 2016 By 小林 香織

スポーツを通じて障がい者と健常者が自然と手を取り合える世界をつくりたいーNPO法人「D-SHiPS32」代表・上原大祐(後編)

2002年から2013年までの11年間、アイススレッジホッケーに身を捧げた上原大祐。彼は二分脊椎という障がいと共に、人生を歩んできた。2010年のバンクーバーパラリンピックで銀メダルを獲得し、2013年に競技者を引退。

また、2014年にはNPO法人「D-SHiPS32」を立ち上げ、自らが障がい者としてさまざまな困難を乗り越えてきた経験から、障がい者の子供やその両親のサポート等にも尽力する。「日本の社会を根底から変えたい」との思いで、目まぐるしい日々を送る上原のバイタリティの裏側をひも解きたい。
>> パラリンピック・アイススレッジホッケー銀メダリスト「上原大祐」、車椅子のハンディを使命に変えたバイタリティに迫る(前編)

 

障がい者が義務教育を受けられない日本の社会はバカバカしい

今でこそ障がいというハンディを前向きなエネルギーに変え、アクティブに動いている上原だが、その裏には母親の並々ならぬ苦労があった。上原は子供時代に公立の幼稚園、小学校、中学校、すべてに入学を拒否されている。母が何度も役所に頭を下げた末、ようやく入学することができたのだ。

「健常者のみなさんがあたり前に受けられる義務教育も、我々は相当本気を出さないと受けられません。その時点でもう『義務教育』ではないでしょう。それに、日本の施設はバリアフリー化が進んでいるように見えて、まだまだ不十分。上れないスロープに、車椅子を置くとベッドが下ろせない多目的トイレなんかが、いくらでもある。設計者やデザイナーが本質を考えず、無知のまま作っているものが多くファンタジーの世界としか言いようがありません。

障がい者の子供を持つ両親はそういった日常生活に追われて、スポーツなど他の活動を子供にさせてあげる余力がないんです。こんな現状は余りにバカバカしいと思い、NPOを立ち上げることを決めました」

上原は2014年にNPO法人「D-SHiPS32」を設立し、代表に就任。ミッションは以下の3つだ。

  1. 夢を持つための自信を、親子に届ける
  2. 障がい者と健常者が共有できる時間と場所をつくる
  3. メダリストや世界に通用する人材を輩出する

各地の小学校での講演や障がい者の子供と両親のサポート活動、障がい者と健常者を交えた交流イベントの開催など、活動は多岐にわたる。直近だとショッピングセンター「ららぽーと」にて、「たまには、親の日」と名付けたイベントが大盛況だったそうだ。

ゼログラヴィティ

「これは、親御さんたちに楽しんでいただく時間を提供するために開催しました。僕たちスタッフが子供たちを預かるので、親御さんはデートでもショッピングでも、自由時間を満喫してくださいねってイベント。時間に追われて、美容院にも行けていない親御さんは大勢いますから。このイベントについては全国から問い合わせがきていて、それだけ需要があるってことですよね。近いうちに全国展開したいなと思っています」

 

医者や両親でさえも、障がい児の可能性を奪ってしまっている現実

上原はアイススレッジホッケーの選手時代、何度かカナダやアメリカの地を訪れている。そのとき目にしたのは、障がいのある幼い子供たちがアイススレッジホッケーを心から楽しんでいる姿だった。「日本にもこの環境をつくりたい」、その思いから、スポーツを楽しむイベントも定期的に開催している。そんな活動のなかで、驚きとともに余りに悲しいエピソードがあった。

「スポーツイベントを行っていると、まさかと思うような発見がたびたびあります。先日も、障がい者の子供たちを集めてバスケットボールをしたら、ある高校生の女の子がその場で初めて、自分で車椅子が漕げること、ボールを投げられることが判明したんです。これは両親も本人でさえも知らなかった事実。幼い頃から『うちの子はあれもできない、これもできない』って両親は何もやらせていないし、特別支援学校の先生もやらせない。医者や理学療法士も同じ。これはそもそも、世の中が『障がい者の子供はあれもこれもできない』と決めつけているから。この現状を変えなければ、彼らの可能性を開花させることは難しいでしょう」

ゼログラヴィティ

残酷な事実だが、子供の一番の理解者といえる両親が社会の決めつけに影響され、「我が子の一番の差別者」になってしまう可能性が非常に高いという。これに対して上原は、「やってもいないのにできないことなんて、この世にひとつもない」と力強く語る。

「親御さんも福祉関係の人たちも、子供たちに何かをトライさせようとすると、『この子はできません』と言うんです。でも『やったことはありますか?』と聞くと、大抵『ありません』と。やったことがないのに、何でできないなんてわかるんですか? っていう話ですよね。一度トライしてダメなら『もしかするとできないかもしれないこと』だし、ましてやチャレンジする前からできないことなんて、この世に存在しないと思います」

 

障がい者と健常者が共有する場をつくる、それが社会を変える第一歩

ゼログラヴィティ

日本で生活していると、意識しなければ障がい者と深く接触しないまま大人になることも少なくない。そうなると、困っている障がい者を目の前にしても接し方がわからないために、「見て見ぬふり」があたり前の社会ができあがってしまうのだ。

「知らないことには関わらない、それが今の日本の風潮といえます。でも、アメリカやヨーロッパなんかは違います。『how to』を知らなくても、まず『手伝いましょうか?』と声をかけてくれる。日本では、それができる人はほとんどいません。だから『how to』を知ってもらうためのイベントや講演も多数行っています」

先日は、「スポーツ車椅子ゴミ拾い」という斬新な企画を実施した。これは、参加した健常者に車椅子の乗り方およびサポートの仕方を講義したのち、実際に車椅子に乗って街に出て、ゴミ拾いをするという催し。ゴミの数を競い、スポーツの要素を織り交ぜた。今後は「一区間電車に乗る」「バスに乗る」「コンビニで飲み物を買ってくる」といったミッションを与え、より車椅子ユーザーの日常の行動を交えた企画にしていきたいと上原は言う。

「段差がない場所やエレベーターがある場所などを探して、街を知りながら街をキレイにする一石二鳥のイベントです。こういった経験をすることによって、車椅子ユーザーや高齢者が困っているときに、バリアフリーの場所を案内するなど『深いおもてなし』ができるようになる。これを観光地に住む人ができるようになるといいですよね。今、全国展開も視野に入れています」

ゼログラヴィティ

スポーツ車椅子ゴミ拾いにて

そして、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、「パラスポーツのファンをつくること」も課題だという。

「ファンの中には『プレイヤー』も含まれますよね。自分がプレイをするからこそ、ファンでもあるということ。パラスポーツの競技者は障がい者に限らないのだから、健常者のプレイヤーを増やし各地にチームができれば、子供たちが練習に参加しやすくなるし、ファンも増える。今あるチームの強化より『普及』に注力していきたいですね」

最後に障がい者の子供たちへ向けて、経験を踏まえ熱のこもった励ましのエールを送った。

「私は、夢は人に伝えるからこそ叶うと思っています。たとえば富士山に登りたいと思っても、言わなきゃ周囲には伝わらない。もちろん伝えただけでは登れませんが、発信することによって仲間ができたり、夢を叶えるために一番大切な『チャレンジをする準備』ができます。『私の夢は小さいから言うのが恥ずかしい』という子がいますが、他の人と比べて夢の大小を測るものさしなんて、どこにもありません。だから恥ずかしがらずに、まずはやりたいことを打ち明けましょう。それが夢を叶える一歩ですから」

揺るぎない使命感を持ち、日本社会を変革しようと奮闘する上原大祐。障がいのある子供たちやその両親にとって、彼の存在がどれほどの救いになっていることか。2020年に向けて、今まさに私たち日本人一人ひとりが「おもてなし」の意義を見直すときなのかもしれない。

 

特定非営利活動法人D-SHiPS32 船長(理事長) 上原大祐
公式HP:D-SHiPS32(現在リニューアル中)
公式Facebook:D-SHiPS32
BLOG: DAISUKE Official blog

小林 香織

小林 香織 Facebook Twitter Blog

1981年、埼玉県生まれ。2014年ライターデビュー。本名とペンネーム「恋する旅ライターかおり」を使い分けながら、WEBメディアを中心に、【働き方、ライフスタイル、旅、恋愛、スポーツ】など幅広く執筆。東京を拠点に、ときどき国内外を旅しながら旅と仕事を両立している。ライターとして叶えたい夢は、人生の選択肢を提供することで、誇れる人生を選びとれる人を増やすこと。地球上にあふれるトキメキをありのまま届けること。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう