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November 04 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

僅差での勝利の裏にあったベテランの戦略 ~大分国際車いすマラソン~

10月30日、「第36回大分国際車いすマラソン」が行われ、50歳のベテラン山本浩之(やまもと・ひろゆき)が、自身25回目の出場にして初めて頂点に立った。第26回大会の笹原廣喜(ささはら・ひろき)以来、10年ぶりとなる日本人選手の優勝という快挙を成し遂げた山本は「感無量。こんなに気持ちのいいものとは思わなかった。リオデジャネイロパラリンピックのマラソンでは、日本人選手があまり活躍ができなかったので、ここでいい結果を残すことができて、本当にうれしい」と笑顔で喜びを語った。2位には城西国際大学4年の22歳、鈴木朋樹(すずき・ともき)。山本とは最後までデッドヒートを繰り広げ、わずか1秒差で敗れた。

序盤から波乱が起こり、予想外の展開となった今大会。約1時間半にわたって繰り広げられた42.195キロの戦いを振り返る。

本命が消えた波乱の幕開け

障がい者スポーツ大会の先駆けとして、1981年に世界で初めて「車いすマラソン単独の国際大会」としてスタートした大分国際車いすマラソンは今年で36回目を迎え、マラソン、ハーフマラソンを合わせて、18カ国から、男女計259人がエントリー。気温20度、雲から薄日がさすような穏やかな気候の中、朝10時にマラソンの部がスタート。その3分後には、ハーフマラソンの部がスタートした。

今大会、最大の目玉は、大会6連覇中で、今年9月のリオパラリンピックでは800メートルとマラソンで金メダルに輝いたマルセル・フグ(スイス)。彼が7連覇という偉業を成し遂げるのか、それとも誰かが阻止するのか。そこに注目が集まった。

、リオパラリンピックの金メダリスト、マルセル・フグ

先頭を走る、リオパラリンピックの金メダリスト、マルセル・フグ。7連覇の期待がかかった。

ところが序盤、誰もが予想しなかったであろうアクシデントが起こった。舞鶴橋を渡り切り、交差点を左に曲がる2.3キロ地点、後ろをピタリとマークする鈴木の存在が気になったのか、フグはちらりと後ろを振り向いた。それが仇となり、フグはコーナーを曲がり切れず、中央分離帯の縁石に衝突。そのままリタイアを余儀なくされてしまったのだ。スタートして5分も経たないうちに、本命が消え去るという波乱の幕開けとなった。

一方、このアクシデントが起こった交差点を機に、集団がばらけ始めた。昨年から着実に力をつけ、今や国内の車いすマラソン界におけるトップランナーの仲間入りを果たしつつある西田宗城(にしだ・ひろき)、そして、今最も成長著しい若き車いすランナーの鈴木が集団を飛び出したのだ。さらに、今年2月の東京マラソン準優勝のエレンスト・ヴァンダイク(南アフリカ)、そして大分では4年連続で2位の山本が続き、4人の先頭集団が形成された。

ペースを上げる4人に、後続は誰一人としてついていくことができず、4人との距離はみるみるうちに広がっていった。そのうちに4人は互いにけん制し合うようになり、ペースは落ちていったが、それでも10キロ地点での第2集団とのタイム差は、ちょうど1分となっていた。優勝争いは、完全に4人に絞られ、10年ぶりの日本人チャンピオン誕生の可能性が大きく広がっていた。

経験豊富なベテランならではの戦略

しばらくの間、4人の並走が続いたが、30キロを過ぎると、再びレースが大きく動き始めた。大分国際車いすマラソンの名物とされている、細かいカーブが続く、通称「テクニカルコース」の中で先頭に立った鈴木が、徐々に後続との距離を広げていった。本人にしてみれば、特に狙っていたわけではなく、「いつのまにか間隔が開いていった」のだという。その鈴木についていったのが、ヴァンダイクだった。鈴木とヴァンダイクは、ここがチャンスだとばかりにスピードを上げ、西田と山本を引き離しにかかった。

ようやくテクニカルコースが終わり、直線コースに入ると、鈴木とヴァンダイク、後続の西田、山本との距離はさらに広がっていった。残り10キロを切ったところで、15~20メートルの差となり、優勝争いは鈴木とヴァンダイクの2人に絞られたかに思われた。

しかし、この時、山本には焦りは全くなかったという。彼の頭には、25回目の出場というベテランならではの確かな戦略があった。レース後、山本はこう打ち明けている。

「最後のトラック勝負を考えると、スプリント力のある鈴木選手に体力を使わせたいと思っていました。それで、わざと後ろを走っていたんです」

山本には少し離されても大丈夫という余裕があった。コースの先には、アップダウンのある橋が待ち受けていた。下り坂を得意とする山本は、そこで必ず追いつけるという自信があったからだった。戦略通り、山本は下り坂で一気に加速すると、西田を突き放し、鈴木とヴァンダイクに追いついた。

さらに先頭に立った山本は、競技場に入る前に鈴木とヴァンダイクを引き離そうと、何度かアタックをかけたが、なかなか距離は広がらなかった。特に鈴木には、ピタリと後ろにつかれていた。実は鈴木は、西田と山本を引き離したテクニカルコース以降も、80%ほどの力で走っていたという。そのため、山本についていくだけのスタミナは十分に残っていた。これは山本には誤算だった。

それでも鈴木が山本の前に行くことができなかったのは、ロードから競技場への入り口が狭いのではないかと考えていたからだった。お互いに譲らず並走したまま競技場に入った場合、クラッシュする恐れがあると思っていたという。今年2月に行われた東京マラソンでは、ゴール地点となった東京ビッグサイトへの入り口が狭かった。鈴木はそれをイメージしていたのかもしれない。しかし、たとえ今抜かなくとも、最後のトラック勝負では勝つ。その自信が鈴木にはあった。

こうして、先頭が山本、そのすぐ後ろを鈴木が追走する形で、ゴールである大分市営陸上競技場に2人は姿を現した。彼らの一騎打ちに、競技場に詰めかけた観客の熱い視線が注がれた。

「第36回大分国際車いすマラソン」2位の城西国際大学4年の鈴木朋樹

勝負の行方は最後のトラックまでもつれこみ、デッドヒートが繰り広げられた(右・山本、左・鈴木)。

果たして軍配が上がったのは、先頭を譲らずに死守した山本だった。山本は右拳を突き上げ、笑顔でゴールテープを切った。日本人選手の優勝は、10年ぶり史上2人目という快挙だった。

後輩の成長に受けた刺激

レース後、鈴木はこう振り返った。

「今思えば、競技場に入る前に、先頭に出ておくべきだったなと思います。トラック勝負で巻き返せると考えていたのですが、一度スピードに乗り切った状態の山本さんを追い抜くのは、やはり難しかったです」

トラック競技の800、1500メートルをメインとしている鈴木は、マラソン自体が今回で4回目。大分に限れば、昨年に続いての2回目の出場だった。それだけに、鈴木自身も「仕かけどころがわからず、ただただ走るという感じだった」と語っている。そんな中での2位という成績は大健闘と言える。「マラソンについては、本格的にやるかどうかは、まだ何も考えていない」と言う鈴木だが、周囲からの期待の声は大きい。優勝した山本も「トラックでの勝負は、彼がいつ来るかドキドキしながらの1周だった」と、プレッシャーがあったことを明かしている。

また、昨年と同じ4位という結果となった西田に対しても、山本は「走りながら、西田選手の強さを感じた。昨年あるいは今年の前半よりも、確実に速くなっている」という感想を述べた。

そんな成長著しい2人に、ベテランは刺激を受けたようだ。

「これから東京パラリンピックに向けて、彼らはもっともっとレベルアップし、強い選手になっていくはずです。僕らベテラン勢も、2人に押し上げられながら、頑張っていきたいと思います」

今後は、ベテラン勢と若手のさらなる激闘が繰り広げられそうだ。

「第36回大分国際車いすマラソン」で優勝した山本浩之

25回目の出場にして初優勝を飾ったベテランの山本。今後、東京2020に向けて、若手との激闘が予想される。

来年2月海外からもトップランナーたちが参加することが予想され、世界最高峰のレースが繰り広げられることが期待されている。そんな中、日本勢がどんな走りを見せるのか、非常に楽しみだ。勝負の行方はもちろん、時速30キロ以上にも及ぶ、車いす競技ならではの迫力を、ぜひ多くの人に感じてもらいたい。

 

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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