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November 11 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

始まったばかりの陸上人生「すべてはこれから」 ~車いすランナー山北泰士~

「ゴールした瞬間は、達成感がありました。でも、目標のタイムには届かなかったので悔しい気持ちもあります」

10月30日、「大分国際車いすマラソン」ハーフの部に初出場した山北泰士(やまきた・たいし)。彼にとって、最長距離となる21.0975キロを見事完走。しかし、達成感を覚えながらも、その表情にはやはり悔しさがにじんでいた。山北が車いすランナーとして本格的に競技を始めたのは、昨年12月。それまでは車椅子バスケットボールのクラブチームに所属していた。チームスポーツの球技から個人スポーツの陸上へと転向したその背景には、ある一人のパラリンピアンの存在があった。

山北泰士、18歳の姿を追った。

思いもよらなかったスカウト

山北にとって、初めて「ロードを走る」経験をしたのは、6歳の時。毎年地元・佐賀県で行われている「佐賀セラミックロード車いすマラソン」に出場したことだった。

「年長の時に500mの部に出場したのですが、その時トップでゴールしたんです。すごくきつかったけど、初めて1位になれたことがすごくうれしかった。また、ゴールした時の達成感を、今でもよく覚えています」

同大会には高校1年まで毎年参加した山北だったが、彼が興味を持ったのは、陸上ではなく車椅子バスケットボールの方だった。練習を見に行ったことがきっかけとなり、県内のクラブチームに入った。そこで週に数回練習をするのが、山北にとっては楽しい時間となっていた。

そんな彼に転機が訪れたのは、2014年、高校1年の秋だった。

「もし良ければ、うちのチームに入って、陸上をやってみない?」

山北にそう声をかけてきたのは、同じ佐賀県に住む車いすランナー百武強士(ひゃくたけ・つよし)だった。百武は長崎県を拠点とする一般社団法人ウィルチェアアスリートクラブ「ソシオSOEJIMA」の一員。聞けば、パラリンピックにも出場し、日本のトップランナーのひとりであるソシオのチームリーダー副島正純(そえじま・まさずみ)が、山北をチームに迎え入れたいと考えているというのだ。

副島は勧誘の理由をこう語っている。

「もともと九州の若い選手たちを育成していきたいという気持ちがあったんです。泰士を初めて見たのは、彼が高校1年の時に参加した、うちのチームが開催した体験教室でした。実は以前から、『こういう高校生がいるよ』というのは、知人からは聞いていたんです。それで、体験教室で実際に走っている姿を見た時に、体の状態がすごくいいし、しっかりと取り組んでいけば、伸びるんじゃないかなと思ったんです」

車いすランナー山北泰士

山北泰士、18歳。アテネパラリンピックの銅メダリストで、東京マラソン車いすレースディレクターでもある副島正純が見出した、期待の新人だ。

山北にとって、それはまったく予期していなかったことだった。

「世界の舞台で活躍している副島さんのチームから、そんなふうに声をかけてもらえるなんて思ってもみなかったので驚きました。でも、すごくうれしかったです」

しかし、すぐには答えを出すことはできなかった。当時、彼は褥瘡(じょくそう)の状態が悪化し、春から車椅子バスケの練習を休んでいたが、万全の状態になったらすぐにでも再開しようと考えていたのだ。果たして、バスケと陸上、どちらをとるか、山北の心は揺れた。そして1年という時間をかけて、じっくりと考え抜いた結果、山北が選択したのは陸上だった。

「副島さんに誘っていただいたのはうれしかったし、走ることが嫌いではなかったのですが、かといって得意だとも思っていなかったんです。バスケも好きでしたし、どうしようかすごく迷いました。でも、その1年の間に何度か副島さんのチームの練習に参加させてもらって、そのうちに『自分にもできるのかな』と思えた。何より『こんなすごい人に声をかけてもらえるなんて、そうあることではないのだから、やってみようかな』と、挑戦する気持ちが出てきたんです」

2015年12月、山北は正式に「ソシオSOEJIMA」の育成アスリートとなり、陸上人生をスタートさせた。

強みは「最後まで諦めない気持ち」

陸上を始めて、もうすぐ1年。そんな18歳の高校生ランナーについて、副島はこう語ってくれた。

「彼はすごくいいものを持っている選手だなと、改めて感じています。初めてレーサー(競技用車いす)に乗った時も、普通はアレコレ教えないといけないのですが、彼はすんなりと乗りこなしてしまったんです。体の状態も良く、脚で踏ん張ることができる分、体幹を使ってうまく車輪を漕ぐという動きがスムーズにできたのだと思います。軸がしっかりある選手なので、努力次第では今後がすごく楽しみな選手ですね」

車いすランナー山北泰士

陸上を始めてまだ1年。のびしろを感じさせる高校生ランナー。

当面の課題は、レーサーに乗っての本格的な練習が、週に一度のチーム練習のみという点だ。しかし、だからこそ、その貴重な時間を山北は無駄にはしない。そんな山北の気持ちを、副島も感じている。

「もちろん、練習量も陸上への本気度も、まだまだです。でも、彼は彼なりに努力しようとしてくれている。例えば、チーム練習が終わっても、彼は『もうちょっと走ってきます』と言って、一人で走ることもあるんです。そういう姿を見ていると、すごくうれしいですよね」

山北自身、自分が心技体すべてにおいて、未熟な点が多いことはわかっている。「この1年で成長したと思える点は?」という質問に対して「まだないです」と答えているところに、それがよく映し出されている。

だが、ひとつだけ自分に自信を持っているものがある。それは、「諦めない気持ち」だ。

「僕は、レースでどんなに離されても、絶対に心が折れません。最後まで気持ちを緩めることなく走り続けることができる。それが、自分の強みかなと思っています」

車いすランナー山北泰士

最後まで諦めない。歯を食いしばって前を追う山北の表情が、その強い気持ちを物語っている。

来春、高校を卒業後は、「ソシオSOEJIMA」の事業所に就職する予定だ。仕事をしながらも、毎日練習できる環境が整えられている。まさに彼の陸上人生が本格始動するということになるのだろう。

「泰士は本当にこれからだと思います。毎日練習していく中で、どんなランナーになるのか。未知数だけに楽しみですね。彼は調子がいい悪いに関係なく、頑張れるタイプだと思うんです。根性があるというか、そういうところは、ちょっと僕に似ているかもしれませんね」と、副島は語る。

山北泰士、18歳。彼の陸上人生は、まだ始まったばかりだ――。

 

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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