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November 25 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

残り40秒での逆転劇。U-23が見せた闘争心 ~車椅子バスケットボール~

11月18~20日の3日間にわたって、北九州市立総合体育館で行われた「第13回北九州チャンピオンズカップ」。日本、イギリス、アメリカ、オーストラリアの4カ国が出場し、予選を1位で通過した日本が、決勝でイギリスを59-47で破り、優勝に輝いた。

「第13回北九州チャンピオンズカップ」

「第13回北九州チャンピオンズカップ」で優勝した日本代表チーム。

予選リーグと決勝を合わせて、4戦全勝という結果を残した日本。なかでも約2カ月後に、U-23世界選手権のアジアオセアニアゾーン予選(AOZ)を控えている選手たちのみで臨んだ予選最後のオーストラリア戦は、選手たちに大きな自信をもたらす価値ある勝利となった。今回は、そのオーストラリア戦に迫る。

ダブルスコアからのスタート

今大会は、来年に行われる「IWBF男子U-23世界車椅子バスケットボール選手権」に向けての「経験の場」という意味合いが強く、4カ国いずれも若手で構成されたチーム編成となった。その中で、日本は「U-23のみならず、2020年東京パラリンピックに向けての若手育成」という目的の下、参加国で唯一、オーバーエイジの3選手を含めたチーム編成で、大会に臨んだ。

4カ国総当たりで行われた予選リーグ、日本は高さと安定感のあるオーバーエイジの3選手の活躍もあって、アメリカ、イギリスを破り、1試合を残して決勝進出を決めた。そこで京谷和幸(きょうや・かずゆき)ヘッドコーチ(HC)は、ある決意をした。予選最後のオーストラリア戦は、オーバーエイジの選手を起用せず、U-23の選手たちのみで戦うことにしたのだ。

「明日のオーストラリア戦は、オマエたちで行くぞ」

前日のミーティングで京谷HCは、U-23の選手たちにこう告げた。その言葉に、キャプテン古澤拓也(ふるさわ・たくや)は「自分たちだけで、絶対に勝ってみせる」と闘志を燃やしていたという。他の選手たちも、それぞれに思いを抱いていた。

しかし、それが逆に気負いとなったのか、迎えたオーストラリア戦の第1クオーターは、なかなかシュートが決まらず苦戦を強いられた。逆に相手に得点を積み重ねられ、6-13とダブルスコアのリードを奪われてしまった。

原因は明らかだった。日本は高さで劣る分、スピードで勝負することが求められた。そこで今大会、チームの最大テーマとされていたのが「トランジションの速い、走るバスケ」だった。しかし緊張からか、ディフェンスからオフェンスへの切り替えが遅く、そのため、相手に戻られてゴール下をかためられ、日本はアウトサイドからの攻撃に限られてしまっていたのだ。さらに、アウトサイドからのシュートの確率が上がらず、得点することができなかった。それでも、途中からはハーフライン付近から守備をしいて、早めに相手にプレッシャーをかけていくことで、テンポの速さが生まれ、徐々にではあったが、リズムを掴み始めていた。

チームに貢献した寺内、丸山のプレー

第2クオーターの後半から、貢献度の高い働きをしたのが、高さのある寺内一真(てらうち・かずま)だった。「自分が積極的にインサイドに入ることで、ディフェンスを崩したかった」と言う本人の狙い通り、相手が寺内をマークすることで、日本の攻撃は展開しやすくなった。そのため、ポイントゲッターの古澤と鳥海連志(ちょうかい・れんし)を中心に、インサイド、アウトサイドの両方でゴールシーンが生まれた。しかし、オーストラリアも高さを生かしたインサイドからの攻撃で得点を重ね、点差はなかなか縮まらなかった。

迎えた第4クオーター、気持ちの入ったプレーを見せたのは、丸山弘毅(まるやま・こうき)だった。開始早々、オーストラリアのボールをスチールし、そのまま自らシュートを決めた。丸山はその後も、積極的な守備を見せ、チームに貢献。京谷HCも「彼のああいうプレーが、他のメンバーにいい影響を与えていた」と高く評価した。実際、中盤以降、お互いに「いいライバルとして尊敬している」という古澤と鳥海が競い合うようにして、次々とミドルシュートを決め、残り1分を切ったところで、48-48と、ついに同点に追いついた。

「第13回北九州チャンピオンズカップ」

敵のディフェンスをかわし、次々にシュートを決めた鳥海選手。 *写真提供:(株) つなひろワールド

そして最後に決めたのが、寺内だった。この試合、相手のマークを引きつけ、チームの攻撃に貢献はしていたものの、自らの得点はなかなか生まれていなかった。その寺内がゴール下でパスを受け取ると、きっちりとシュートを決めてみせた。土壇場で逆転した日本は、残り40秒を守り切り、見事勝利を手にした。

試合後、京谷HCはこう胸の内を明かした。

「試合中、僕自身が葛藤していました。いつオーバーエイジを使おうかなと。でも負けたとしても、彼らにとってはいい経験になるだろうと思って、そこはグッと耐えました。そういう意味で、勝てて本当にほっとしているし、我慢して良かったです」

喜びの裏にあった反省点

ダブルスコアでのリードを奪われながら、なぜ、最後の最後、勝ち切ることができたのか。その理由を選手たちは揃ってこう答えた。

「最後まで『勝つ』という闘争心を失わずに戦うことができたからだと思います」

それは試合前、京谷HCから課されたテーマだった。そして、試合途中、京谷HCは「オマエらまた、オーバーエイジに頼るのか?」と、選手たちを発奮させる言葉を投げかけていたという。それが、選手たちに闘争心を生み出していたのだろう。

もちろん、課題は山積している。それは、選手たち自身が一番よくわかっているはずだ。試合後の選手たちの表情や言葉からは、過信は全く見られなかった。自信を掴んだからこそ、次に向けての意欲に満ち溢れているように感じられた。

決勝点を挙げた寺内は、「あの時は、『絶対に決める』という気持ちでシュートしました。決められて、本当にうれしかったです。この試合で、絶対に逆転して勝つという気持ちを持ち続ければ、必ずチャンスは来るし、それをモノにすれば勝てるんだ、ということを学びました」と喜びを口にしながらも、「ただ、第2クオーターでせっかくバスケットカウントをもらったのに、フリースローを落としてしまった。あそこで決めていれば、もっと早い段階で流れが変わっていたかもしれないので、次は確実に決められるように練習したいと思います」と反省することも忘れていなかった。

また、主力のひとりである鳥海は、結果以上に経験の大きさを感じていた。

「あれだけアグレッシブなプレーをしてきたオーストラリアに勝てたことは、自分たちにとって本当に大きな自信になったと思います。でも、それだけではなく、インサイドで攻めることができず、アウトサイドからのシュートも入らない、そんな『最悪』と言っていいシチュエーションを経験できたことも良かったなと。シュートの確率を高めていかないと勝てない。改めて、そのことを痛感し、1本1本のシュートへの意識が高まりました」

U-23の選手たちが再び顔を合わせるのは、12月の合宿となる。その時までに、いかに個人個人が高い意識を持ち、トレーニングを積み上げてくるか。チームとしての成長は、それ次第だ。

「自覚」が芽生え始めた古澤、鳥海の2本柱

「大会を通して選手の成長を期待したい」と語っていた京谷HC。果たして、指揮官の目に選手たちはどう映ったのか。

「僕は指示待ちの選手には育てたくないと思っているんです。だから、今大会もタイムアウトの時には、必ず選手たちだけで話し合う時間をつくるようにしていました。その中で少しずつですが、選手たちは自分たちで考え、判断してプレーできるようになっていった。それが今大会の一番の収穫です」

一方、選手たちも自分自身の役割について、それぞれ感じるところがあったようだ。特にチームの中心的存在である古澤と鳥海には、「自覚」が芽生えていた。今大会、初めてキャプテンを務めた古澤は、オーバーエイジの3人から学んだことが大きかったという。

「第13回北九州チャンピオンズカップ」

力強くプレーするオーバーエイジ枠の村上直広。オーバーエイジ枠の選手たちも、U-23の選手たちの成長に貢献した。

「キャプテンとして不慣れな部分もありましたが、オーバーエイジの選手からいろいろとアドバイスをもらう中で、少しずつ自分の中にキャプテンシーというものが生まれた気がしています。例えば、国際大会では常に闘争心を持っていないと、一瞬の気の緩みが流れをもっていかれてしまう。そういう中で『こういう時にこそトークした方がいいよ』というふうに言ってもらうことで、キャプテンとしての役割が少しわかってきました」

また、17歳とチーム最年少ながら、U-23では唯一リオデジャネイロパラリンピックに出場し、エース的存在である鳥海は、自分自身の立場について、こう語っている。

「U-23は、まだ国際経験が少ない選手が多い。そんな中で、リオを経験している自分がコートの中で率先して声をかけたり、あるいはプレーにおいても、チームを引っ張っていかなければいけないなと。キャプテンの拓(古澤)と2人で、しっかりとチームの柱にならなければと思っています」

2017年1月23~28日にタイ・バンコクで行われるAOZには7カ国が出場し、上位3カ国に与えられる6月の本戦への切符獲得を目指す。2カ月後、タイの地で、U-23の選手たちのどんな姿が見られるのか。技術的にも精神的にも、未熟な部分が多い彼らだが、逆に言えば、だからこそ伸びしろは十分にあるはずだ。今大会の経験を生かし、さらなる成長を期待したい。

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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