TOPへ
December 20 2016 By 向 風見也

スーパーラグビー初の韓国人選手は、日本代表の「3番」候補。具智元の苦悩と成長とは。

スーパーラグビー初の韓国人選手は、日本代表の「3番」候補。具智元の苦悩と成長とは。

ソウル、ウェリントン、大分、東京。アジアを中心に4つの地域で青春を過ごした大柄な青年が、国際リーグへの2季連続挑戦を発表した。

具智元。謙虚で堂々たる、22歳のコリアンだ。このほど、サンウルブズの2017年度スコッドに加わった。

サンウルブズとは、世界最高クラスのスーパーラグビーへ参戦する日本のチーム。2019年のラグビーワールドカップ日本大会に向け、ナショナルチームとの連携や若手育成をミッションとする。要は、具のような有望株をさらに大きくするためのクラブとも言える。

この集団が発足した2016年度のメンバーでもある具は、今春、拓殖大を卒業。以後はプロ選手として活動予定で、日本では兄の智充もいるホンダに籍を置く。各所属先との調整を経て挑むハイクラスの舞台にあって、叶えたい目標があるという。

「3番で、出たいです」

 

具は身長184センチ、体重122キロ。足が速い、たくさん点数を取るなどのメディアで求められる「スター」像とは、別な文脈で期待されてきた。背番号3をつける右プロップに入り、大男のぶつかり合うスクラムを最前列で組む。地面と背中を平行にした、理想の姿勢を崩さない。

父の東春氏は元韓国代表の左プロップで、かつてホンダでも活躍。息子たちがラグビーを始める際は、「アジアで1番強い国」での代表を目指すよう勧めたものだ。

そんななか弟の智元は、小学6年の時にニュージーランドのウェリントンへ留学し、中学3年の頃に来日する。この国の義務教育を経て、大分の日本文理高、東京の拓大へ進学。所属先の成績とは無関係に、各年代の代表に入り続けた。

2015年まで日本代表のスクラムコーチだったマルク・ダルマゾは、2014年にジャパンの練習生となった具を故郷のフランスへ連れて帰りたくなったという。いや。それ以前に帯同した20歳以下日本代表の練習で発見した時点から、その資質を買っていた。

この頃は事あるごとに、息子は父の英才教育を受けていた。華試合の「関東大学オールスターゲーム」で強豪大の選手とスクラムを組んだ夜は、飲食店で肩やひじの効果的な使い方などを懇切丁寧にレクチャーされたものだ。

八王子市にある練習場へ戻れば、愚直に体幹を強化する。例の地面と平行な姿勢をとって、その背の上に20キロの重りを乗せる。フォームを維持し、手のひらとつま先で前進する。1分間、耐え続ける…。京王線に乗って新宿などへ遊びに行く回数は、片手で数えるほどだったろう。

 

新大学4年生として加わった先のサンウルブズでは、能弁でなくとも日本代表格の先輩に可愛がられた。「ぐーくん」というあだ名をもらって、リーダー格の立川理道のSNSなどにしばし登場した。

アスリートとしても存在感を示した。4月8日、南アフリカはケープタウンのニューランズ・スタジアム。ストーマーズに挑んだ第7節で、後半30分から公式戦デビューを果たす。「いい経験ができて、本当に嬉しいです」。スーパーラグビー初の韓国人選手となった。

「ジウォンには学ぶ姿勢があり、身体も強いです。彼の勤勉さは、他の選手たちから非常に気に入られています。サンウルブズ29人目の出場者となったことを、自分も嬉しく思います」

試合に19-46と敗れたなか、当時のマーク・ハメットヘッドコーチは記者団に前向きな言葉を残した。

結局、具は4試合に出場することとなる。しかし、不完全燃焼だった。おもにプレーしたのは「1番」、左プロップだったからだ。

父の務める「1番」と自分の持ち場である「3番」では、スクラムの際の相手との密着度が違う。トップレベルで左右ともこなせる人は稀で、それまでの具は「3番」一筋だった。

もっとも先のリーグ戦中、初来日だったハメットは具の「3番」の才覚を認めるより先に、具を「1番」で起用したのである。

「大学とかでも1番をやることはあると思うので、いい経験にはなっていると思います…。でも、心配もしていて。これから(左プロップとして組む)スクラムが多くなると…」

本人がストーマーズ戦直後にこう苦悩する傍ら、社会人としてプレーする先輩プロップたちは「具は本当に強いですよ。もっと練習でアピールすれば…」と見守っていた。

 

プロ生活の長い主力組の過ごし方を真似して、普段から水分をたくさん摂るようにした。「そうしたら、いいコンディションで試合ができるようになりました」。チーム戦術をベースに競技の原理を学んだことで、余裕も持てるようになった。「スクラムの後、すぐにポイント(次にできる接点)に寄っていたのが、(その次の)ラインに入ったり…」。そう。本職を全うできなかったとはいえ、スーパーラグビーへの参加で確かな成長も感じている。

心機一転。2シーズン目のサンウルブズではとにかく「3番で、出たいです」とのことだ。

2016年に「1番」として対戦した「外国人の3番」は、角度をつけた組み方でいなしにかかっていた。渦中、自分は、まず基本の真っ直ぐにこだわる。積み重ねの成果を発揮し、己の信じるスクラムの正義を証明する。

その先で目指すのが、日本代表デビューである。

「韓国の友達からも頑張ってねと言われます。日本でプレーしたい、という気持ちです」

今度のサンウルブズ陣営でスクラムを担当しそうなのは、元日本代表プロップの長谷川慎コーチだ。同じアジアのラグビー界で育った理論派に、その器の大きさを伝えるのは難しくなかろう。

ビビッドな「アピール」をせずとも、ただスクラムの練習をすればいいのだ。

「外国人はスクラムでのプレッシャーが力強い。相手の高さに付き合わないで、低い姿勢で組むことが必要です」

腰を落とし、背筋を伸ばし、「3番」としての一本道を貫く。

具智元

向 風見也

向 風見也 Facebook Twitter Blog

1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterをフォローしよう!

前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ
前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ