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December 26 2016 By 向 風見也

日本の義務教育を受けたトンガ人ラグビー選手、テビタ・タタフの「出られなければ…」の直訴とは。

礼節、優しさ、勤勉さ、知性を持った恐竜のようである。

丁寧なお辞儀を欠かさない東海大体育学部競技スポーツ学科の2年生だが、ラグビージャージィを着て芝に立てば、その突進力とボール奪取の技術を発揮。一つひとつのプレーが激しいだけでなく、その激しいプレーを何度でも繰り返そうとする勤勉さも魅力だ。

テビタ・タタフ。身長184センチ、体重115キロ。さながら樫の幹といった首、背中、腰まわり、そしてぎらりとした目玉が際立つ。

今春は、若手中心の日本代表や20歳以下日本代表でも活躍。2019年のワールドカップ日本大会に向け、継続的なウォッチとキャリアプランの構築が求められる1人だ。東海大の関係者によれば、フランスのクラブも人を介して獲得に興味を示したようだ。

「ワールドレベルで戦いたい。そういう気持ちも、あります。強いチームと戦うと、自分のレベルも上がる」

私生活の充実からか、随分と流ちょうになった日本語でいまの思いを明かす通称「テビ」。2016年度国内シーズンの冬は、全国大学選手権での優勝を目指している。

 

10人きょうだいの長男。大好きなラグビーを通して生活環境を築くべく、何と15歳で来日した。東京の目黒学院では一時的に日本の義務教育を受けたことで、全国高校ラグビー大会には規定の「外国人枠」の外でプレーできた。一緒に来日したアタアタ・モエアキオラとともに、母国トンガではなかった雪の日の猛練習などに青春を費やした。

「学校に入ったばかりの頃はアメリカ人の卒業生がついてくれていて、授業中に先生の話した日本語を英語に通訳してくれていました。でも、しばらくしたらその方も国へ帰ってしまって…。そこからは日本語で何かを言われたら、大丈夫じゃない時も『大丈夫です』と答えていました!」

フォワードの核をなすナンバーエイトとして、問答無用の破壊力が認められた。スカウトの声をかけた東海大は、日本代表主将経験のあるリーチ マイケルが巣立った場所である。この国でプレーしたいという留学生を受け入れる素地があり、タタフはモエアキオラと一緒に入学することにした。

実は、帰国して信じるモルモン教の宣教師になるという選択肢も頭をよぎったと話す。一方で、「日本にはたくさんサポートをされてきている」と、異国に恩義を感じてもいた。

 

間もなくファーストジャージィを掴むと、ルーキーイヤーから持ち味を発揮。しかし、そのシーズンに辛苦を味わうこととなる。

左ひざじん帯、断裂。即、手術。

当の本人は、「怪我をして3か月くらいで、もうプレーできると思いました」。当時は同級生のモエアキオラが本職のセンターやウイングではなく、自身の持ち場であるナンバーエイトに入っていた。若者がカムバックを急ぐのは、自然かもしれなかった。

もっとも木村季由監督ら首脳陣は、復帰を急かさない方針だった。大器の将来を思えばこちらも当然かもしれず、タタフの驚異的な回復力を目にしても、木村は意見を変えなかった。

果たして、大学選手権の準決勝から、タタフは出番を得る。

何としてもゲームに出たかったタタフが「出られなければ辞める」と直訴したことで、優勝を目指す木村監督は時間限定での出場を許すこととなったのだ。

当時、この手の話が「噂」として出回り、指揮官は「それに近いことはあった」と認めた。何より当の本人も、「もともと、高校を卒業したらモルモン教の宣教師になろうとも考えていました。怪我をした時はチームのコーチにその話をしていて、監督に『試合に出られる』と伝えたら『OK』と言ってもらえました」と振り返ったものだ。

果たして、「モルモン教」と復活がどこまで深い関係にあったのか。それは本人たちしかわからない。わかることは、20歳の誕生日を迎えた2016年1月2日、タタフが明大との準決勝に9分間のみ出場、2つのトライを奪ったという事実だ。スコアは28―19。左足に白いテーピングを巻いたヒーローが、翌日のスポーツ紙を埋めた。

 

あれから1年。タタフは当時よりも万全に近いコンディションで、2度目の大学選手権へ挑んでいる。

12月17日の準々決勝では、3回戦で明大を破った京産大を71―12で圧倒した。球を持てば壁を蹴破り、向こうの守備の出足を鈍らせた。

前年度はファイナルで、帝京大の7連覇を許している。いち大学生として、いち国際選手として、リベンジとミッションクリアを果たしたい。まずは21歳となる2017年の1月2日、秩父宮で同大との準決勝に挑む。強者の宣言はいつだってシンプルだ。

「相手の強さに関係なく、自分からチャレンジする。自分ができることを、やっていきたいです」

今季は大学ラグビー界のレギュレーションが変わってか、前年まで「日本人」の扱いだったタタフはいま、「外国人」として公式戦に出ている。もっともこの人は、春に日本代表として一緒にプレーする際にこう話していた。

「日本代表になったら(特例を除き)他の代表になれない。それは大学の監督とも話しました。トンガ代表になるか、日本代表になるか。自分的には、日本代表になりたい、と」

心と魂は、信じる教え以外の場所へも捧げるつもりだろう。

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向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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