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December 30 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

ウルフ・メーレンスIWBF会長に聞く「ドイツ車椅子バスケットボールリーグ事情」

ウルフ・メーレンスIWBF会長に聞く「ドイツ車椅子バスケットボールリーグ事情」

世界を代表する「障がい者スポーツ先進国」といわれるドイツ。なかでも、最も盛んなのは車椅子バスケットボールだ。ドイツの車椅子バスケはどんな歴史を歩み、「今」があるのだろうか。2020年に東京パラリンピックが開催される日本へのヒントを模索するべく、長年ドイツの車椅子バスケに尽力してきたウルフ・メーレンス国際車椅子バスケットボール連盟(IWBF)会長にインタビューをした。

ドイツ代表、日本への初渡航秘話

車椅子バスケ界において、画期的だったドイツの取り組みとして挙げられるのが、1980年代に初めて実現したドイツ代表チームの日本への渡航だ。当時、ドイツ代表チームのコーチを務めていたメーレンス会長は、この時のことをよく覚えているという。

もちろん、最初から一筋縄にはいかなかった。当時日本航空(JAL)の規定では、緊急事態の安全面の考慮から、車椅子ユーザーの搭乗は1機に2人までとされていた。世界ではJAL以外にも「2人まで」とする航空会社は少なくなかったという。そのため、交渉は難航した。その突破口となったのが「バスケの縁」だったと、メーレンス会長は語る。

「当初、JALのハンブルク支店のトップからは『ダメだ』と言われたんです。しかし、交渉する中で、その方の息子さんがバスケットボールプレーヤーだったことがわかり、それがきっかけとなって、最終的には同じ飛行機に15人を搭乗させてもらうことができました」

このことは、「ドイツ国内に、障がいがあっても、健常者と同じことができる」ということを示すにもいいチャンスだったとメーレンス会長は語る。

スポーツがコミュニケーションの場に

現在ドイツ国内には、ジュニアを含めて車椅子バスケットボールのチームが約180あり、競技人口は約2500人にのぼる。

障がい者だけでなく、健常者も参加できるというのが、ドイツの車椅子バスケットボールリーグの特徴だ。

初めて健常者が参加したのは、1993年。「ドイツ車椅子スポーツ連盟」に所属するミュンヘンとフランクフルトのチームで試験的に始まったという。その後、全リーグに採用され、持ち点は最も障がいの軽い選手と同じ4.5とされた。

「チームスポーツでは相互理解が必要」と考えられたことが、健常者の参加につながったとメーレンス会長は語る。

ヴィースバーデンの3部リーグの練習の様子

3部リーグに所属するチームの練習の様子。ドイツで車椅子バスケットボールは、目的・環境・能力に応じて、誰もが参加できる。

「スポーツは、勝利を目的に一緒にプレーする必要があります。そのためには、人それぞれ違いを持っている者同士が話し合わなければいけません。たくさん話し合って、いい方向へもっていく。それが障がいの有無に関係なく行われれば、ソーシャル・コミュニケーションの機会となると考えたのです」

ドイツでは、健常者と障がい者は「違う」という考えが一般的だ。しかし、それは「差別」というマイナスの意味ではなく、単なる「区別」に過ぎない。人種や宗教が異なるのと同じ「違い」なのだという。

健常者と障がい者には「違い」があるが、それを受け入れ、話し合い、いい方向へもっていく。それがスポーツの場ではコミュニケーションの一環として自然となされていくのだ。

とすれば、外国人選手にも寛容なことがわかるだろう。現在、車椅子バスケの国内リーグは5部あるが、外国人枠という受け入れ人数制限を設けていないため、非常に国際色豊かだ。トップのブンデスリーガでは多くの各国代表選手がプレーし、今シーズンは日本人も6人が所属している。

2016年12月10日に行われた、ブンデスリーガ「BG Baskets Hamburg vs Köln 99ers」

今月10日に行われた、ブンデスリーガ「BG Baskets Hamburg vs Köln 99ers」。それぞれのチームに所属する6人の日本人選手同士の戦いが繰り広げられた。

しかし、今から約20年前は、外国人選手はひとりもいなかった。メーレンス会長によれば、初めてドイツリーグに外国人選手が参加したのは、バルセロナパラリンピックの翌年、1993年だという。トップのブンデスリーガに所属していたボンとケルンのチームに、それぞれひとりずつ、米国人選手が招聘された。それ以降、さまざまな国の選手が参加するようになり、今ではスカウトすることはほぼなく、選手の方からチームにアプローチしてくることがほとんどだという。世界を代表する車椅子バスケットボールリーグとして、人気を確立している証しと言える。

戦後直後から考えられた「誰もがスポーツに参加する権利」

ここで、ドイツにおける障がい者スポーツの歴史に少し触れてみたい。始まりは、第二次世界大戦中に傷病兵の治療の一環とされたリハビリテーションとしてのトレーニングの導入だとされている。戦後、その動きは拡大し、1951年には「ドイツ戦傷者スポーツ連盟」が設立された。1950年代後半には「スポーツ・フォア・オール」という概念が生まれ、国民の誰もがスポーツ活動を行えるような環境整備がスタートしている。その後、「ドイツ戦傷者スポーツ連盟」は、1966年には「ドイツスポーツ連盟」の傘下に特別会員組織として組み入れられた。

1975年、ヨーロッパ評議会(CE)は「ヨーロッパ・スポーツ・フォー・オール憲章」を採択し、誰もがスポーツに参加する権利を持つと宣言した。同年、「ドイツ戦傷者スポーツ連盟」は「ドイツ障がい者スポーツ連盟」へと名称が変更され、1980年代からは障がい者スポーツの枠内に「競技スポーツ」の位置づけがなされている。こうした中、障がい者のスポーツをする権利についても考えられてきた。

障がい者政策のひとつとして、2011年にドイツ連邦内閣が定めた「連邦政府国内行動計画」は、近年における大きな動きだとメーレンス会長は語る。これは、国連が2008年に発効(2006年に採択)し、ドイツではいち早く2009年に批准した「障害者権利条約」(日本は2014年に批准)に基づく法整備の一環で、「労働と雇用」「教育」「人権」など、12分野にわたって障がい者の権利を守るための行動計画が、州ごとに策定されている。

12分野の中には「文化と自由」という項目があり、スポーツに参加する権利を有することも、重要分野として考えられている。

「例えば、学校では障がいのない子どもと、障がいのある子どもが同じクラスの中で、学校生活を送る。あるいは会社では、障がいの有無に関係なく、同じフロアで仕事をする。このように、ドイツでは健常者と障がい者を分けるのではなく、ひとつに考えるということが、国の政策として決められています」(メーレンス会長)

保険適用がスポーツ参加の促進に

こうした中、現在、ドイツ国内には車椅子使用者が50万人おり、そのうち約7000人が「ドイツ車椅子スポーツ連盟」に登録している。この割合は世界で最も高く、ドイツ人のスポーツへの意識の高さが表れているという。

ドイツで障がい者のスポーツ参加率が高いのは、意識の高さだけに起因するのではない。ここで見逃せないのは、医療保険が適用されるという点だ。障がいを負った人がリハビリを目的にスポーツをする場合、医師の処方箋に基づいて保険の適用が受けられる。「18カ月以内に50回まで」などの条件はあるが、最初の段階で躊躇することなくスポーツを「導入」することができる。それが、スポーツをする人の割合が高い要因のひとつとなっているのだ。

一方日本では、日常生活に必要な車椅子や義足などの補装具については、助成金の支給はあるが、スポーツ用具としての車椅子や義足においては、一切支給がない。全額自己負担となっているのだ。そのため、スポーツをしたくても数十万円もする用具を購入することができず、気軽にスポーツを始めるという環境にはないというのが現状だ。

こうした状況下でありつつ、2020年に東京パラリンピックを控えている日本は、今後どうすべきなのだろうか。メーレンス会長は、こうメッセージを送ってくれた。

「中国、イギリス、ブラジルでもそうだったように、日本で障がい者スポーツが広がるためには、2020年東京パラリンピックがとても大事なカギを握っていると思います。さまざまな地域で、障がい者の方がスポーツを続けていける環境を整えること、そしてメディアが支える役割を持つことが重要です」

2度目の東京パラリンピック開催を迎える日本の障がい者スポーツは、今後、どのような道を歩んでいくのだろうか。現在、パラリンピック競技を中心に拡大している障がい者スポーツの「認知・普及」を実りある「発展」へとつなげていくには、今、2020年以降の展望が求められている気がしてならない。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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