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December 31 2016 By 向 風見也

初の大学生トップリーガー、山沢拓也。日本ラグビー「次世代の星」の肖像とは。

初の大学生トップリーガー、山沢拓也。日本ラグビー「次世代の星」の肖像とは。

まったく、しなやかなラグビー選手だ。

向こう側の守備の壁へまっすぐ駆け込み、ボールを受け取ったら弾力に富んだ動きで人垣をすり抜ける。剛腕の持ち主に捕まっても、する、すると前進する。

相手防御の出足が鋭い時も、その圧力をたおやかに受けながら数メートル先へ滑らかなパスを放つ。あるいは、敵のカバーの届かぬスペースへピンポイントのキックを繰り出す。自分が前に出られなくても、味方を前に出す。

高校1年時に本格的に楕円球と向き合うようになってから、ずっと「未来の日本代表司令塔候補」と謳われている。当の本人は、その評価に首を傾げているのだが。

山沢拓也。身長176センチ、体重81キロの22歳。2016年度は、筑波大の4年生ながらパナソニックの一員として国内最高峰トップリーグでプレー。「史上初の大学生トップリーガー」としてメディアにも取り上げられている。

「単純に、上手になりたいというのが、第一にある」

 

7年前のことだったか。中学生だった山沢は、横田典之から直筆の手紙を受け取った。横田は埼玉の深谷高ラグビー部で監督をしていて、兄の一人はそのクラブでプレーしていた。

便箋に書かれていたのは、「2019年の日本代表を目指そう」という思いだった。

当時の山沢は、地元のクマガヤSCというクラブに在籍。サッカーの名門校からもスカウトを受けていた。ラグビーであればサッカーよりも競技人口が限られていて、2019年のワールドカップ日本大会を狙えるはずだ…。横田はそんな思いをペンにしたため、1人の優れたアスリートを自分たちの世界へ誘ったのである。

結局、兄の影響などもあってラグビーを始めた山沢は、高校1年時から人々を魅了することとなる。大阪は花園ラグビー場でおこなわれる冬の全国大会で、例のしなやかなランを連発。幼年期からのエリートと並び、世代有数の才能と謳われるようになった。

2015年のワールドカップイングランド大会時に日本代表を率いたエディー・ジョーンズも、2012年、当時高校3年の山沢をジャパンの候補合宿に呼んだ。柔らかなパスさばきを観て、「ソフトハンズの持ち主だ」との言い回しで褒めた。

もっとも当の本人は、「(自分の)何が凄いのかわからない」「(思い返すのは)反省することばかり」と首を傾げるばかりだ。

日本協会のコーチングディレクター、20歳以下日本代表ヘッドコーチとして山沢と接してきた中竹竜二氏によれば、「彼は超ネガティブ。つまり、超完璧主義なんです」。名声を得たいのではなく、「上手になりたい」。内なる純粋な向上心をただラグビーに捧げているのだ。

ちなみに深谷高の横田監督は、その「超完璧主義」を時に厳しく、時に大らかに見守っていた。相次ぐテレビなどのインタビューに戸惑う教え子へは、どんな声をかけたのか…。その質問への答えは、「話が得意じゃないのは別にいい。ただ、取材の人も遠くから来ているんだから、ちゃんと『ありがとうございました!』と言いなさい」だった。

 

筑波大入り後の山沢は、度重なる怪我に苦しんだ。1、2年だった2014年、2度も左ひざのじん帯を痛めたのだ。そして、2度目の故障から復活する過程で、一大決心をする。トップリーグで3連覇中だった強豪、パナソニックの門を叩く。

かねてリハビリをさせてもらっていた群馬県太田市のパナソニックの施設には、かつてオーストラリア代表を率いたロビー・ディーンズ監督、同じくオーストラリア代表だったスタンドオフのベリック・バーンズがいた。「上手になりたい」。その、向学心に火をつけたのだ。

大学との二重登録は「前例がない」からと認められなかったが、山沢はしばしの「練習生」の期間を経て、パナソニックの選手リストに名を連ねる。公式戦への復帰は、8月にあったトップリーグの開幕戦だった。

12月に入ると故障のため一時戦列を離れるものの、第13節終了時点で9試合に出場。「特に10月の試合では、チームをどう動かすかを意識してやって、それが少しずつ形になってきた。(プレーの)選択肢であやふやな部分が、明確になってきた」と、成長の実感を語る。秋口にはチーム戦術への理解度が深まり、新しい仲間との連携が円滑になってきた。その延長線上で、新天地でも持ち前のしなやかさを繰り出せるようになった。

 

遡って11月某日。太田市のグラウンドが、冷たい風と夜空に包まれていた。

全体トレーニングが終わってずいぶん経つというのに、山沢は芝の上に残っている。プレースキックを1本、1本、丁寧に蹴る。控室へ引き上げる首脳陣らによれば、「いつもこうなんです」「休みの日も練習しに来ます」とのこと。大学の単位は、ほとんど習得済みだという。

「自分からイニシアチブを持って物事を始める選手は、必ず成長します」

山沢の勤勉な資質をこう評価するのは、ディーンズ監督だ。かたや当の本人は、照れ隠しのような顔つきで応じる。

――休みの日も練習をしていると聞きました。当たり前ですが、ラグビーが好きな人なのですね。

「というか、身体を動かすのが好きなので」

そう。大学生トップリーガーという肩書を得ても、山沢拓也は山沢拓也である。納得のゆくまで研鑽を積み、その場、その場の勝負に没頭する。

「今シーズン、トップリーグでいいシーズンを過ごしたいです」

いくら先のことを問われても、素直かつ紳士的にこう断じるだけだ。

この夜の個人練習を終えると、「いつもはあそこまでやってないです。やりたい時にやるという感じです。きょうは、どうしたらいいかな、と考えながら蹴っていて…」という、言葉を残した。

山沢拓也

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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