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February 10 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

「大胆に」歩む2020年への道 ~高桑早生~

スプリンター高桑早生(たかくわ・さき)にとって2度目のパラリンピックが幕を閉じてから、早くも5カ月が経とうとしている。彼女にとってリオデジャネイロパラリンピックはどんなものだったのか。そして2020年東京パラリンピックに向けて今、何を思うのか――。シーズン開幕を前に、母校である慶應大学の日吉キャンパスにある陸上競技場でトレーニングしている高桑の元を訪れた。

振り返れば「置きにいっていた」リオでの走り

どうしても、高桑に聞きたいことがあった。それは、彼女のブログにあった「強くなりたい」という言葉の真意だった。

2016年9月23日、リオから帰国したばかりのブログには、こんな文章が綴られている。

<今回のパラリンピックを経験して、私は圧倒的な強さが欲しいと思いました。今後の具体的な計画や目標はこれからじっくり決めていきますが、強くなりたい。このいたってシンプルな欲望は今後長期的なキーワードになりそうです。>

その文章からは、これまでにはなかった「高桑早生」が映し出されているような気がした。そして、それはリオで見た彼女からは、想像することのできなかったものでもあった。

高桑は、リオで100m、200mでファイナリストとなった。順位こそ、100mでは8位、200mでは7位と、いずれも7位だったロンドンを超えることはできなかったが、ともに予選では自己ベスト更新という、ロンドンでは叶えることのできなかったことを成し遂げたという点では、成長の跡を残したといえる。

実際、「4年に一度の舞台」という独特の雰囲気の中、実力を発揮できずに終わる選手も少なくない中、自己ベストを更新し、「とにかく自分が今持っている力はすべて出し切ることができた」と語る高桑の笑顔は、実にまぶしかった。充実感に満ち溢れたその姿には、アスリートとしての輝きがあった。

高桑早生

リオで出し切った高桑の表情は、確かに輝いていた。納得していたかのように見えた。

だからこそ、高桑は納得してリオを終えたような気がしていた。しかし、実はそうではなかった。すべてのレースを終えて残ったのは、自らへの反省の念だったという。

「すべてを終えて振り返った時に、いつの間にか自分で自分に限界をつくってしまっていたなと思ったんです。というのも、100mは『13秒5は切りたいな』というふうに考えていて、実際に予選で13秒43の自己新をマークしました。でも、もっと大きな目標を立てていれば、その上に行けたかもしれません。『13秒5』という現実的な目標を立てたことで、自然とそこに照準を合わせてしまったんじゃないかと思ったんです」

初めて出場したロンドンパラリンピックで、高桑は「決勝進出」を目標としていた。だが、実は当時出場選手の中で14秒を切っていなかったのは高桑ただ一人。そんな彼女が、ファイナリスト8人の中に入ることは無謀とも思えた。しかし、高桑はブレることなく、高い志を持って挑んだ。その結果、見事決勝進出を果たし、堂々の7位入賞を果たしたのだ。今思えば、それは「パラリンピックに出場すること」という現実的な目標ではなく、その先の「決勝進出」という目標を立てたからこその結果だったに違いなかった。

「ロンドンの時は、私にしてみたらとても大胆な目標を持っていたなと思うんです。だからこそ、思い切りの良さが出せた。ところがリオでは、メインとしていた100mは、『13秒5』という現実味を帯びた目標を立てたことによって、思い切りではなく、『置きにいった走り』になってしまったんです」

リオでは、いつの間にか守りに入っている自分がいた。

高桑早生

短距離練習を全力で繰り返し、ゴール後、思わず膝をつく高桑。守りに入ってはダメ、との思いが、今はとても強い。

メダル獲得のための思考へ

実は地球の裏側でも、同様のことを考えていた人物がいた。高桑が師事する高野大樹(たかの・だいき)コーチだ。仕事の都合でリオに行くことができなかった高野コーチは、高桑のレースをすべてライブ配信された動画で見ていた。

「最後の100m決勝の日は、指導している学生が出場するレース会場にいて、僕の大学時代の恩師であるコーチと一緒に高桑のレースを見ていたんです。その時、恩師にこう言われました。『誰もが考えもしないような目標を立てて、そのためのトレーニングをする。大幅に記録を伸ばして世界でメダルを取るためには、そういう発想の転換が大切なんじゃないか』と。確かにな、と思いました。それこそ、指導者である自分自身が変わらなくてはいけないなと思ったんです」

最大のメインとしていた100m決勝で、高桑はファイナリストの中で最後にゴールした。決して走りが悪かったわけではない。紆余曲折した4年間を振り返れば、よくここまで成長してくれたとも思えた。しかし、世界で勝つには、やはりこれまで通りではダメだとも感じたのも確かだった。

100m決勝のレース後、しばらくして高桑から高野にLINE電話がかかってきた。その時、開口一番に伝えたのは、「思考回路を変えよう」だった。

「リオのレースを見て感じたのは、決して世界がものすごく速くなったわけでもないし、高桑が世界に後れを取っているわけでもないと思いました。逆に言えば、しっかりと世界についていっているという手応えを感じました。ただ、メダルを取るには、トップの選手よりも速く走らなければいけないことは事実です。今までのようなやり方では、ついていくだけで、追い越すことはできない。ならば、僕も高桑も、考え方を変えていかなければいけないと思ったんです。これまでは、階段を一つ一つ上がっていくように、0.01秒でもいいから、少しずつでも自己ベストを伸ばしていこうというふうにやってきました。でも、そういう目先のものばかりではなく、大きな目標を立てて、それに向かってトレーニング自体もどんどん挑戦していかないと、メダルを取ることはできない。高桑には、そう伝えました」

レースを終えたばかりの高桑の反応は、それほどはっきりしたものではなかったという。おそらく、まだ気持ちが整理しきれていなかったのだろう。だが、後日、高桑のブログには「圧倒的な強さが欲しい」という言葉が記載されていた。それを見た高野コーチは「同じ方向を見て、東京までの道を歩んでいけるな」と感じたという。二人三脚での「4年間」が始まった瞬間だった。

高桑早生

練習前、気を引き締めるように、髪をしっかりと結い上げる高桑。高野コーチとの「二人三脚」で「圧倒的な強さ」を目指す。

さて、2017年は2020年東京パラリンピックに向けての「挑戦の年」とするつもりだ。高桑は、義足も走りのフォームも「一からの出直し」に近かった4年前とは異なり、今はこれまで積み上げてきたものをベースに、ブラッシュアップさせていこうと考えている。しかし、だからこそ「何を取り除き」「何を付け加える」のか、そのタイミングやさじ加減は容易ではない。

現在、目標としているのは、自己ベストの13秒43を1秒近く上回る12秒5。1秒縮めるためには、脚の回転であるピッチの速さと、歩幅であるストライドの広さ、いずれをも現在を上回る必要がある。高野コーチの試算によれば、1秒間の脚の回転数を現在の平均4.32回から4.53回に、そして172.5cmである1歩の歩幅を2.5cm伸ばすこと(175cm)ができれば、12秒5台に到達できる。数字にするとわずかだが、その「わずか」を得るためには、地面に対して加えられる力を引き上げるための筋力アップと、その力をうまく地面に加えられる技術が求められる。

高桑早生

1秒を削り出す。そのために、一つひとつチャレンジを繰り返し、自分を磨きあげる。

高桑にとって、シーズン開幕は3月にドバイで行われるグランプリシリーズだ。まずはそこで、レースの感覚を取り戻し、心身ともにスイッチを入れるつもりだ。
「気持ち良くシーズンに入れるように、まずはドバイで自己ベストを狙います」

そして今シーズン、最も照準を合わせて臨むのは、7月にロンドンで行われる世界選手権だ。そこで狙うのは自己ベストとともに、表彰台である。だが、あくまでもそれは「チャレンジしたうえでの結果」だと考えている。

2020年に向けた大事なシーズンが、もうすぐ幕を開ける――。

高桑早生

大胆に、でも確実に、挑戦を自分のものとしたい。そんな思いが溢れている。

 

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

 

エイベックス・チャレンジド・アスリート PR映像「欲望に翼を」高桑早生編

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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