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October 14 2015 By 向 風見也

「いい人」じゃなくてよかった。ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチの軌跡

エディー・ジョーンズは2015年10月11日、イングランドのグロスターにあるキングスホルムスタジアムで、日本代表ヘッドコーチ(HC)としてのラストゲームを終えた。

28―18。4年に1度あるワールドカップのアメリカ代表戦を、殴られてはすっくと立ちあがって殴り返す展開で制した。これにて参加する予選プールBの戦績を3勝1敗とし、本人の言葉を借りれば「ワールドカップで24年間も勝っていない日本ラグビーにとっては、はるかにいい」との状況をつくった。本来の目標である準々決勝進出は叶わなかったが、「日本ラグビーの歴史は塗り替えました」。10月限りで辞任する。

ラグビーW杯1次リーグ 選手ねぎらうジョーンズ氏  米国に勝利し、選手をねぎらうジョーンズ・ヘッドコーチ=グロスター(共同)

ラグビーW杯1次リーグ 選手ねぎらうジョーンズ氏  米国に勝利し、選手をねぎらうジョーンズ・ヘッドコーチ=グロスター(共同)

革新的なモデルを提示するとの意味で「ジャパンはラグビー界のiPhoneになる」と言ってみたり、独自のスタイルの発信をアピールするため『JAPAN WAY』なるスローガンを打ち出してみたりと、口を開けばキャッチーな言葉を並べる。2012年の就任以来、高い支持率を集めてきた。母が日本にルーツを持っているなど、この国に縁が深いことでも親近感を与えた。

講演会に顔を出せば、観客の質疑に応じる形でタックルの技術指導を開始。暇さえあれば各国のラグビーの試合を注視するこの人としては当然のことをしたまでだろうが、愛好家の好感度を高めるには十分だった。

結果も残した。まずは就任1年目の11月、ジャパン史上初の敵地でのヨーロッパ勢撃破を成し遂げた。2年目には東京の秩父宮ラグビー場でヨーロッパ王者だったウェールズ代表を23-8で撃破。さらに3年目には、テストマッチ(国際間の真剣勝負)11連勝を記録した。

厳正中立を原則とするジャーナリズムの空間にあっても、「エディーさん」が無条件で敬愛の対象となる向きがあった。少なくとも、世に出た記事や映像のいくつかからはそう受け止められる。

 

8月26日。合間に海外遠征を挟みつつ春先からおこなっていた、宮崎での長期合宿が終盤に差し掛かった頃のことだ。水面下でワールドカップのメンバーを決定した日本代表の練習場に、ジェローム・ガルセス氏が訪れていた。南アフリカ代表との大会プールB初戦を担当する、レフリーである。

本番直前に本番で笛を吹くレフリーを、合宿地へ呼ぶ…。協会関係者曰く、その行為は「他の国ではないわけではないが、ジャパンにとっては初めてだろう」。そう、コーチングとラグビーを愛し、その領域で最大の成果を得たい「エディーさん」は、言葉の本当の意味であらゆる手を打つ人なのである。

なお、この日はジャパンにとって有意義な時間となった。プロップの畠山健介が「熟練のレフリーでも判定が難しい」というスクラムの反則の見極め方について、同じプロップの稲垣啓太は「自分が思っていることを全部、質問できた」という。ラグビーの試合は選手とレフリーがつくる。両者が事前に認識をすり合わせることで、どれだけ、物事をスムーズに運べるか。これはスポーツに限った話ではあるまい。

指揮官も現地入りするや、舌戦を仕掛ける。医師免許を持つ相手のプロップ、ヤニー・デュプレッシーをやり玉にあげ、「スクラムの時にぺちゃくちゃ喋って、まるで自分がレフリーであるように振る舞います」。試合の1週間前から当日までの公の場で、誰からも聞かれていないのに同じ話を続けた。

「ただ、そこは正式なレフリーがさばいてくれたら、我々の有利に働きます。最悪な状況は、1本目のスクラムが崩れた際、『もっと高く組め』と言われること(ジャパンは低い体勢でのまとまりが長所)。ルールにのっとって、腰より頭の位置が高い状態で組めば、問題は起こらないと思います」

当日は「レフリーにはあまりアピールしない。流れのなかで『いまのはどうですか』と聞いたり」というリーチ・マイケル主将が、「いいコミュニケーションが取れました」。結局、ジャパンは34-32での逆転勝利を成し遂げた。ノーサイド直前、一時退場処分で人員を減らした南アフリカ代表のスクラムをぐいと押していた。

ファインダーの向こうではしばし人懐こい笑みを浮かべたりもするジョーンズヘッドコーチは、傍から見たら「いい人」に映るかもしれない。ただ、本当はきっと、わかりやすい「いい人」にならないことで結果を残してきたのだ。

その延長線上で、選手の懐疑心を招いても不思議ではなかろう。

南半球最高峰であるスーパーラグビーのハイランダーズでプレーするスクラムハーフの田中史朗は、海外滞在中に「エディーとは、一度、ちゃんと話し合いたい」と吐露した。指導力そのものより、グラウンド外での人とのつながり方や経済事情に鼻を利かせていたようだった。宮崎合宿に途中合流する際にも似た話をして「不協和音」と新聞に書かれたこの人も、熱気のほとばしる負けず嫌いという点ではボスと共通している。

結局、リーチ主将の「選手が主体性を持って取り組む」との方針で組織は団結。ジョーンズヘッドコーチは概ね選手の戦術理解や実務遂行を信頼し、それでも個々の息づかいへの凝視は怠らず(9月28日の非公開練習で選手に「練習のクォリティが低い」などと喝を入れたとされる。確認を求められた本人は「ビデオテープでもあるのですか?」と返答)、そのまま、「日本ラグビーの歴史を塗り替えた」のだった。

 

個人的な実感でしかないが、筆者はおそらくジョーンズHCには好かれていまい。他の報道関係者からも、「おそらく、目はつけられているでしょうね」と指摘されたことがある。本人に確かめたわけではないが、記者会見中の質問で「あ、怒らせた」と思ったことが覚えているだけで3回はある。「取材対象者のためではなく、読者のために働く」という職業倫理を順守したからだった。

そんな調子だと、「エディーさんのことをなぜそんなに嫌う?」「せっかくファンがエディージャパンを応援しているのに、なぜ水を差す?」と聞かれることもあった。はっきり言って、誤解だと思った。仮に向こうに嫌われていたとしても、こちらがジョーンズHCの苛烈な気質と働きざまを嫌ったことはなかった。むしろ、「いい人」になるのを諦めたかもしれぬ指揮官の覚悟と信念の行く末は、きちんと伝えるべきと考えていた。

アメリカ代表戦直前のロッカールーム。選手の前でジョーンズHCが涙を流したという。一言で「勝負に徹する人」と表せば冷酷に映りそうだが、人が衝突し合うラグビーという「勝負」には感情の発露がつきものだ。

――どう、感じましたか。

ジャパン勝利後の取材エリアで、京都なまりの田中が答えた。

「………別に。まぁ、いままでもよう泣いてはったので。ただ、試合前に泣いたのは、僕が見たなかでは初めてだったかもしれないです」

 

涙のわけなど、誰も知らなくていい。ラグビーの「勝負」に生きる人が、日本代表ヘッドコーチとしての最後の試合で泣いた。ただ、それだけのことだった。

 

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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