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March 16 2017 By 小林 香織

バレエ界の新星!異彩な存在感を放つ実力派ダンサー・井澤駿の半生に迫る(前編)

端正な顔立ちと手足の長さを生かした伸びやかな踊りで観衆を魅了する、若手バレエダンサーの井澤駿。4歳からバレエを習い始めた井澤は、2012年全国舞踊コンクール・バレエ第一部第1位、ユースアメリカグランプリ・NYファイナル・ブロンズメダル、13年こうべ全国洋舞コンクール・バレエ男性シニアの部第1位と、バレエダンサーとして輝かしい功績を持つ。

そして、14年新国立劇場バレエ団にソリスト(※)として入団した彼は、その3ヵ月後に行われた「シンデレラ」公演で王子役として、華々しく全幕デビューを飾った。これは新人としては異例の抜擢といえる。ダンサーとしての才能に恵まれた井澤駿の人生ストーリーを届けたい。

※ソリスト…ソロまたは数人で踊ることの多いダンサーの階級

兄の後を追い4歳で踊り始める、バレエに捧げた11年間

井澤駿

井澤には4つ上の兄がいる。業界内では有名な話だが、兄の井澤諒は日本バレエ界の最高峰として名高い熊川哲也が創設したKバレエ カンパニーに所属している。兄弟そろって幼い頃からバレエの世界に身を置いていたのは、熊川哲也のファンである母親の影響だ。

「兄に続き、気付いたら4歳からバレエを習っていました。兄は今でも尊敬する先輩ダンサーです。お互い別々のバレエ団に所属するようになってからは、それぞれの公演を観る機会が増えました」

「幼い頃はバレエに対して“楽しい”という感情をあまり抱いていませんでした。この世界しか知らず、ただただ上達を目指してがむしゃらに練習をしていた感じ。そのかいあって中学2年生からはコンクールで入賞できるようになり、少しずつ達成感も感じられるようになりました」

しかし、ひたすらバレエ一直線で走り続ける兄とは裏腹に、井澤の心には葛藤が生まれていた。

「最終的にバレエに人生を捧げることに自信がなくなり、中学3年生の終わりにバレエを離れる選択をしました。後悔していないつもりでしたが、本音をいうと後悔はありますね」

バレエを離れて1年半ほど経った頃、地元で偶然バレエの先生と遭遇したことを機に、井澤は再びバレエダンサーの道を歩み始める。

とはいえプロダンサーとして生きていこうなんて考えはさらさらなく、始めたての頃はレッスンを週1程度にとどめ、高校・大学生活を重視していた。先生に勧められるままにコンクールに出場した経験もある。

アクシデントの末に銅メダル!NYの憧れの舞台が忘れられない

井澤駿

左:2014年舞台「シンデレラ」 右:2016年舞台「ドン・キホーテ」にて

そんな井澤にとって、忘れられないコンクールがあるという。それがブロンズメダルを獲得したユースアメリカグランプリ。19歳のときだった。

「ユースアメリカグランプリは若い世代がメインのコンクールです。部門で一番年上の19歳だった僕は最初から不利な状況でしたが、予想外にも日本予選を突破できたんです」

一次から三次審査の舞台はニューヨーク。しかも、最終となる三次審査の舞台はあの有名なニューヨーク・シティ・バレエ団の劇場『リンカーン・センターのD・H・コーク劇場』。井澤の胸は高鳴った。好奇心だけを抱きニューヨークへ。

さほどプレッシャーを感じず伸びやかに踊れたこともあり、井澤は一次、二次と選考をクリア。そして迎えた三次審査の日、井澤の身に信じられないアクシデントが起きる。本番直前にカバンが盗まれてしまったのだ。そこには踊りに使用する楽曲のCDも入っていた。

「曲がない、どうしようとパニックになりながらも、たまたま同じ曲を踊るダンサーがいたので、CDを貸してもらい本番に挑みました。同じ曲でもその人のバリエーションはテンポがずっとゆっくりだったんですが、なんとか踊りきりました」

本番前に一度その曲を聴いただけで、半ばヤケクソの状態だったが、意外にも満足の演技ができた。結果、ブロンズメダルを獲得。実力はもちろんのこと、井澤の度胸も証明されたエピソードだろう。

「審査員のなかに僕を気に入ってくださった方がいたのかもしれません。とにかく憧れの舞台で踊れたことが夢のようで、今でも忘れられません。三次まで残らないとあの劇場で踊ることはできないんです」

その後も井澤は学業とバレエを両立。「若いこの時期にもっと技術を磨いていれば」そんな後悔が消えることはない。しかし、大学生活は一生の財産となる友人たちや、これまで知らなかった世界との出会いをもたらしてくれた。さらに、“踊る楽しさ”を思い出させてくれた貴重な期間でもあったのだ。

入団前から主役に抜擢!劇団を背負って立つダンサーになりたい

井澤駿

2016年「シンデレラ」リハーサルにて

高校生のとき、悩んだ末に海外のバレエ団からの入団オファーを2度断った経験がある井澤。しかし、大学3年生になり真剣に進路を考えるようになると、プロダンサーへの思いが芽生えている自分に気づく。一度バレエをやめた身であり、どこか引け目を感じながらも、どこか海外のバレエ団とコンタクトを取るか、国内でプロになるかを模索していた。

2014年、新国立劇場バレエ団のオーディションを受ける機会に恵まれ、井澤は日本一のバレエ団でプロとして生きていく覚悟を決める。

「日本でダンサーになるなら新国立劇場バレエ団しかないと思っていたので、合格の連絡を受け心が決まりました。ただ入団前から『シンデレラ』の王子役にキャスティングされていたことは、すごく複雑でした。自分には圧倒的に実力が足りないと思っていたので」

入団前から主役に抜擢されるのは、もちろん当たり前のことではない。逃げ腰になっていた井澤だったが、プレッシャーを乗り越え初演を成功で飾った。

期待の新星として各所から注目を浴びる井澤だが、本人からは決して自信満々な様子は見られず、あくまで謙虚な姿勢を崩さない。新国立劇場バレエ団の男性ダンサーのなかでも、一二を争うほどやさしい性格の持ち主ともいわれている。

「主役をやらせていただける自分は誰より幸せ者だと思っています。その反面、実力が追いついていないと感じる場面が多く、自信のなさは隠せません。ですが、劇団を背負って立つダンサーになりたいという意志は強く持っています。あまり思い詰めすぎず、自分らしく一歩一歩成長していきたいですね」

一時期バレエを離れた期間があるものの、最高の環境を手に入れ順風満帆な人生を送っているように見える井澤駿。後編ではそんな彼の苦悩や葛藤に加え、将来の展望、貴重なオフの過ごし方などを綴る。

 

井澤 駿(いざわ しゅん)
新国立劇場公式ホームページ:https://www.nntt.jac.go.jp/

小林 香織

小林 香織 Facebook Twitter Blog

1981年、埼玉県生まれ。2014年ライターデビュー。本名とペンネーム「恋する旅ライターかおり」を使い分けながら、WEBメディアを中心に、【働き方、ライフスタイル、旅、恋愛、スポーツ】など幅広く執筆。東京を拠点に、ときどき国内外を旅しながら旅と仕事を両立している。ライターとして叶えたい夢は、人生の選択肢を提供することで、誇れる人生を選びとれる人を増やすこと。地球上にあふれるトキメキをありのまま届けること。

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