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March 10 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

リオ銀の山本篤、冬への挑戦。

今年1月、驚きのニュースが飛び込んできた。リオデジャネイロパラリンピック走り幅跳び銀メダリストの山本篤(やまもと・あつし)が、パラスノーボードでの2018年平昌パラリンピックの出場を目指すという。果たして、真意はどこにあるのか。そして、平昌出場の可能性は――。スノーボーダー山本篤にとって初の公式戦となった「第3回全国障害者スノーボード選手権大会」を取材した。

攻めた結果の転倒で開いたトップとの差

2月18、19日の2日間にわたって白馬乗鞍温泉スキー場で行われた全国障害者スノーボード選手権大会。今大会は、予選ラウンドでのタイムトライアルの順位に従い、決勝ラウンドでは2人1組でレースをし、トーナメント方式で優勝者を決める「スノーボードクロス」が行われた。

山本が出場した大腿義足男子にエントリーしたのは3人。予選でのタイムによって1~3位までの順位が決められ、決勝ラウンドでは予選の2位と3位がレースをし、その勝者が予選1位の選手と優勝決定戦を行った。

「あぁっ!」

1日目の予選ラウンドで、タイムトライアル2本を滑り終えた山本は、大きく息を吐くようにして声を発した。

「周りからも『攻めろ』と言われましたし、自分でもそういう思いが強かったので、攻めた結果、やっぱり吹っ飛びましたね(笑)」

全長420mのコースには、ウェーブやバンクなどの障害物があり、旗門を通り抜けながら、それらをクリアしていかなければならない。山本はスピードを緩めることなく攻める滑りをした結果、何度も転倒し、大きくタイムロスをしてしまった。しかし、「攻めた結果」とプラスにとらえ、その表情は決して暗くはなかった。

パラスノーボードでの2018年平昌パラリンピックの出場を目指す、走り幅跳びでリオ銀の山本篤

バランスを崩し、転倒する山本。

1本目は1分0秒37。2本目はそれを上回るタイムを狙ったが、1分18秒63に終わった。その結果、1本目のタイムが採用され、山本は2位となった。翌日の決勝ラウンドでは、3位の選手とのレースに勝てば、優勝をかけた戦いに挑むことができる。それは山本にとって、大きな意味を持っていた。

実は山本は今、平昌パラリンピックを目指すことさえも非常に厳しい状況に置かれている。国際パラリンピック委員会(IPC)では、2016-2017シーズンにIPC公認の大会に出場した実績を持つことが、平昌パラリンピックの選考条件の一つとしている。今シーズン、山本が出場したのは今大会のみ。これはIPC公認ではないため、山本は選考対象とはならない。

しかし、関係者によれば、今後この条件が変更となることもあり得るという。そのため、山本にも可能性がないわけではないというのだ。とはいえ、まずは来シーズンの強化指定選手に入ることが前提となる。そのためには、唯一アピールの場となる今大会で優勝することが、山本にとっては何より重要なことだった。

「明日は負けたら終わりだと思うので頑張りたい」

予選ラウンド後に語られたこの言葉が、山本の置かれている厳しい状況を物語っていた。

山本と同じクラスには強力なライバルがいる。小栗大地(おぐり・だいち)だ。もともとプロのスノーボーダーとして活動していたという経歴の持ち主で、今シーズンは強化指定選手として国際大会に出場した。

その小栗と山本の、予選ラウンドでのタイム差は、約20秒。山本が小栗に勝つためには、攻める以外にない。その上で、転倒などによるタイムロスをしないことが絶対条件だった。

 

パラスノーボードでの2018年平昌パラリンピックの出場を目指す、走り幅跳びでリオ銀の山本篤

「なんとしてでも勝ちたい」。山本の強いまなざしが、勝利への思いを物語っていた。

可能性が残された平昌への挑戦

迎えた2日目の決勝ラウンド。山本は3位の選手とのレースを制し、小栗との決勝へと進出した。その決勝で、報道陣が待ち構えるゴール地点に先に姿を現したのは、山本だった。

「よっしゃぁ!」

白馬の雪山にこだまするかのような大声で、山本は喜びを爆発させた。予選ラウンドでのタイム差、そしてレースの経験値の差から考えても、それはまさに「大どんでん返し」の結果だった。

「やっぱり、僕は持っていますね(笑)」

レース後、山本はそう言って報道陣の笑いを誘ったが、それは安堵した気持ちの表れだったのかもしれない。

当初、レースは小栗が先行していた。山本は序盤でバランスを崩し、後れを取っていた。ところが、小栗はバンクで転倒し、そのまま大きくコースの外へと滑り落ちてしまった。小栗はコースのところまで戻らなければならず、その間に山本が逆転。その後、山本は大きなミスをすることなくゴールへとたどり着いた。

パラスノーボードでの2018年平昌パラリンピックの出場を目指す、走り幅跳びでリオ銀の山本篤

大方の予想を覆し、決勝を制したのは山本だった。

「実力での結果ではないです。でも、実力ではなくても、こういう勝負の場で勝てたのはやっぱりうれしい」

山本は興奮気味にそう言って、優勝を素直に喜んだ。

それにしても、なぜ陸上選手として世界で活躍する山本が、今あえて、スノーボードでパラリンピックを目指そうとしているのか。そんな疑問が湧いてくるのは自然だろう。しかし、山本自身にとっては何ら不思議なことではない。

もともと彼はスノーボードが趣味だった。交通事故に遭い義足を履くようになって最初に始めたスポーツがスノーボードだったというほどの愛好者だ。しかし、スノーボードがパラリンピックに登場したのは前回の2014年ソチ大会が初めてで、それまではスノーボードではパラリンピックを目指すことができなかった。つまり山本にとっては、「今」挑戦することは「自然の流れ」であり、ようやく訪れた「チャンス」なのだ。

「なぜ、挑戦するのか」という報道陣の質問に、山本は迷うことなく、こう答えた。

「楽しいからですね。アドレナリンが出る状況がすごく好きなので、いろいろなものに挑戦したいんです。今回もドキドキワクワクがたまらなく楽しかった」

今大会の優勝が、山本のスノーボード競技人生のスタートとなるかは、まだわからない。すべては、来シーズンの強化指定選手に入るか否かによって決まると言ってもいい。

「人事を尽くして天命を待つ」

今の山本は、そんな心境に違いない――。

パラスノーボードでの2018年平昌パラリンピックの出場を目指す、走り幅跳びでリオ銀の山本篤

公式戦初勝利に、笑顔がはじける山本。走り幅跳びのエースが、スノーボードでも世界を目指す。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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