TOPへ
March 23 2017 By 小林 香織

「ダンサーは緊張しなくなったら終わり」主役のプレッシャーを乗り越え一期一会の舞台で生きるー井澤駿(後編)

わずか4歳でバレエを始め、国内外のコンクールで数々の入賞経験を持つ、いわゆるエリートダンサーの階段を上ってきた井澤駿。2014年に新国立劇場バレエ団に入団すると、異例の早さで主役に抜擢。

現在はファースト・ソリストに昇格し、あらゆる役を演じ分ける実力派ダンサーとして注目を浴びる。期待の新星として順調なバレエ人生を送っているように見える井澤だが、実は期待されるがゆえのプレッシャーやケガによる降板など、葛藤することも多かったという。

甘いマスクの裏に隠された井澤駿の本音を聞いた。

自己満足ではなく、観客に届くドラマを演じたい

井澤駿

ストーリーを魅せる全幕の舞台では、男女の恋愛感情をはじめ、怒り、悲しみ、喜びなどあらゆる感情を表現しなければならない。セリフを用いず音楽と演技だけでそれを表現することは、並大抵のことではない。

「感情を表現するには、役になりきって自分のなかに登場人物と同じ感情を生み出さなければ、絶対に見ている人には伝わらないと思います。体の動きも大切ですが、感情は形ではないので心で魅せることを意識しています」

さらにペアでの演技では、お互いの関係性も大きく影響する。

「バレエ団に入ってからパートナーリングはとくに注力していて、毎回ペアの相手と丁寧にコミュニケーションをとりながら、作品を作り上げています。同じゴールを掲げ、お互いの動きを一つにする。それがペアでの演技の醍醐味じゃないかなと」

男女の深い恋愛を描いた「ジゼル」は、井澤の好きな作品の一つだという。ヒロインは踊りが好きな美しい村娘・ジゼル。彼女は身分を偽り近づいてきた貴族のアルベルトを心から愛するようになる。しかし彼にはバチルド姫という婚約者がいた。病弱なジゼルは、彼の裏切りを知りショックのあまり亡くなってしまう。

第2幕のラストでは、婚礼前に死んだ乙女たちの霊であるウィリによって、死の淵に追い込まれそうになるアルベルトを亡霊となったジゼルが必死に救おうとする。アルベルトの命の灯火がまさに消えようとしたその瞬間、夜明けを告げる鐘の音が響き、彼は死を免れる。

愛する人の命を守り抜いたジゼルは朝の光とともに消え、アルベルトは深い後悔に心を引き裂かれるのだった。

「どんなに後悔してもジゼルは二度と戻ってこない。数年前にアルベルトを演じる機会をいただいたときは、その場面でやるせなさに胸が詰まり、涙が出るぐらい感情的になりました。ぜひ一度、『ジゼル』という作品を舞台で見ていただけるとうれしいですね」

自分らしさを大胆に脱ぎ捨てることで成長できた

井澤駿

2015年「ホフマン物語」にて

バレエダンサーとして数えきれないほどの舞台で主役を演じてきた井澤だが、今でも舞台に出る直前は極度の緊張感から「家に帰りたくなる」という。

「お客さんは高いお金を支払って見に来てくれているんだと思うと、プレッシャーが半端なくて……。本番前に袖で待機しているときが一番つらい。毎回、寿命が縮まるような思いをしています。一度舞台に出てしまえば、役に入り込んで気持ちよく踊れるんですけどね」

幅広い作品を扱う新国立劇場の演目では、普段の自分とは正反対のキャラクターを演じることもある。フランスの振付師・ローラン・プティの作品「こうもり」の主人公ヨハンもその一人。クラシックな「白鳥の湖」や「ジゼル」とは打って変わって、ワイヤーアクションが飛び出すユニークな演目だ。

井澤駿

2015年舞台「こうもり」にて

「ヨハンは7人家族の父親なんですが、夜になるとこうもりになって羽を生やし、街に遊びに行ってしまいます。ヒゲを生やしたダンディーな風貌で、女性にちょっかいを出したりと、いわゆる遊び人で、最初は演じるのにかなり戸惑いました」

自分とは180度異なるキャラクターを演じることは、井澤にとって未知なる挑戦だった。付きっきりで振付指導者に指導してもらうなかで、なんとか役をものにする。また、ディズニー映画でもおなじみの「アラジン」でランプの精役を演じたときは、苦手とする素早い動きに苦戦した。

「『こうもり』も『アラジン』も最初はすごくプレッシャーがありました。自分以上に周囲の人が『井澤にできるの?』と不安を感じていたと思います。でもそのおかげで心に火がついて、『やってやる』って闘志が湧いてきたんですよね。結果的にとても楽しめたし、どちらも思い出深い作品になりました」

マイペースで穏やかな井澤駿が抱く野望

井澤駿

ダンサーにとって、演技力を磨くことと同じぐらい大切なのが体のケア。井澤は過去にケガによる降板を経験しており、体のケアには人一倍気を使っているという。

「短期的な目標はケガをしないことが一番です。ひどいケガだと二度と踊れなくなってしまう可能性もあるので。演技面ではもっともっと多彩な表現力を身につけて、初めてバレエを見る人にも魅力が伝わるような踊りをしなければと思います。舞台は一期一会であり、瞬間瞬間が勝負。役に没頭して演じきりたいと思っています」

公演のたびに言いようのない緊張感に悩まされている井澤だが、一方で「ダンサーは緊張しなくなったら終わり」だとも考えていると話す。そんな思いからにじみ出る新鮮さもまた、彼の魅力なのだろう。先月、新国立劇場で行われた公演「コッペリア」では、キレのあるジャンプで舞台上を駆け抜ける井澤の姿が印象的だった。

オフは海外ドラマを見たり、旅行に行ったり、一人で飲食店に行き店主と仲良くなることも。大人数でワイワイと楽しむより、さまざまな考えを巡らせながら一人で過ごすことで、感性を刺激しているそうだ。

「将来のことを最近よく考えるんですが、できればケガをせず、あと10年は現役でいられたらと思っています。どうせやるなら他の誰にもまねできない唯一無二のダンサーを目指したい」

穏やかな雰囲気のなかに、時折垣間見えるハングリー精神。敷居が高いと思われがちのバレエだが、どうか会場へ赴き、舞台上で生きる井澤駿の熱量を感じとってみてほしい。

 

井澤 駿(いざわ しゅん)
新国立劇場公式ホームページ:https://www.nntt.jac.go.jp/

小林 香織

小林 香織 Facebook

2014年デビューのフリーライター。現在、「恋する旅ライターかおり」名義で、恋愛・旅・ライフスタイルジャンルの執筆にも挑戦中。人生の豊かさ、可能性を広げるためのメッセージを発信したいと願っている。自由な人生バンザイ

この記事が気に入ったら
いいね!しよう