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March 17 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

成田緑夢、平昌へ高まる期待

成田緑夢、平昌へ高まる期待

1年後に迫った2018年平昌パラリンピックに向けた期待のアスリートとして、今シーズン台頭してきたのが、スノーボードの成田緑夢(なりた・ぐりむ)だ。今年1月には北米選手権、2度のワールドカップで3連勝すると、2月の世界選手権でも銅メダルを獲得。そして、3月には平昌パラリンピックが行われる韓国でのワールドカップでも3位と、またも表彰台に上がり、今シーズンを締めくくった。パラスノーボード界に、まさに彗星のごとく現れた成田緑夢とは――。

パラへの意識を変えたデビュー戦

「海外の選手たちは、僕のことを『誰や、こいつ』と思って見ていたんじゃないかな(笑)」

海外選手が驚くのも無理はない。成田が本格的にパラスノーボード界に足を踏み入れたのは、昨年11月。わずか数カ月で、世界のトップレベルまで到達してしまったのだ。

成田童夢(なりた・どうむ)、今井メロ(いまい・めろ)というオリンピアンを育てた父親の下、成田自身も1歳からスノーボードを始め、その後はトランポリンやフリースタイルスキーでも、日本のトップ選手として活躍した。しかし2013年4月、トランポリンでのトレーニング中の事故で左脚の膝から下の感覚を失う「恥骨神経左膝下麻痺」という障がいを負った。

その後、リオデジャネイロパラリンピック走り幅跳び銀メダリストの山本篤(やまもと・あつし)の誘いもあって、陸上を始めた。

その成田が、障がいを負って以降、初めてスノーボードの板に乗ったのは、昨年3月の「第2回全国障害者スノーボード選手権大会」のことだ。「実家の倉庫から板を引っ張り出してきて滑った」という。本格的に競技として滑り始めたのは、今シーズンからだ。ところが、彼はいきなり世界のトップ争いに仲間入りをしたのである。

国際大会デビュー戦を果たした昨年、ワールドカップ2戦連続で4位入賞を果たした。だが、この時は上位との差は大きく、成田自身「この選手たちは、本当に障がいがあるのだろうか」と疑ってしまうほど、レベルの高さに驚いたという。しかし、それが彼の意識を変え、本腰を入れてトレーニングを行うようになったきっかけだという。

前述したように、成田は左脚の膝下の感覚が失われている。そのため、ケガをする前とは「全く違う感覚」での滑りが求められるという。特に難しいのは、かかとに体重を乗せる「ヒールエッジ」だ。

「ヒールエッジでは足首で板を操作しなければいけないのですが、その足首が使えないので、どうしてもバランスが崩れやすいんです」

その課題を、トレーニングを重ねながら研究をし、両腕の動きで左脚をカバーするなどして工夫することで克服してきた。

すると今年に入って北米選手権、ワールドカップ2戦で、3連勝。さらに2月の世界選手権、来年の平昌パラリンピックと同じ会場で行われたワールドカップ韓国大会と、いずれも3位に入り、常に表彰台に上がり続けた。

パラスノーボード 成田緑夢選手

第3回全国障害者スノーボード選手権大会で連覇を達成した成田。

「365日、スポーツをする」ことが強靭な体づくりに

そんな今シーズンを振り返って、成田はこう語っている。

「本当に自分でもびっくりしたシーズンでした。最初は協会の人に『ワールドカップに出場する権利がありますよ』と言われて、『あ、じゃあぜひ出てみたいです』みたいな感じだったんです。それでワールドカップ4位になって、続いて出場したワールドカップ2試合と世界選手権で優勝して……。まさか世界の表彰台に立てるとは思ってもいなかったので、『あれ、これは夢なのかな』と思うほど、驚きの1年でした」

彼はケガをする前にスノーボードの経験があるとはいえ、種目はハーフパイプなどのフリースタイル。パラスノーボードで行われている、旗門のコースを滑り下りるアルペンスタイルのバンクドスラロームや、ウェーブやバンクなどの構造物をクリアしながら旗門のコースを滑り下りるスノーボードクロスとは異なる。にもかかわらず、競技1年目でのこの成績は、やはり驚異的で、いかに彼の身体能力が高いかが窺い知れる。

成田自身は、好成績の要因を「さまざまなスポーツをしてきたこと」と分析している。

「僕は、ひとつの競技にこだわらずに、『365日、スポーツをする』ことによって、どの競技にも対応できる体づくりができると思っているんです。どの競技も、つながるものはあるので、一つの競技でトレーニングしてきたことは、他の競技にも生かすことはできる。今回もいろいろなスポーツをする中で、体幹トレーニングをしてきたことが、生かされたのかなと思います」

そして、「ケガをする前からスノーボードの経験がある者として、パラの世界をどう思うか」という報道陣からの質問に、成田はこう答えた。

「僕は、パラもスポーツというくくりでは同じだと思っています。実は最初は、『パラの世界は、スピードも遅いし、技術力も高くはないんだろうな』と思っていました。でも、実際にやってみると、全然そんなことなかった。国際大会に出てみて、『この人たち、本当に障がいがあるのかな』と思ってしまうほど、スピード感もあるし、技術も高い。だから、やっていてすごく楽しいです」

そして、こうも語っている。

「昔やっていたスノーボードの世界にまた戻ってこられたことがうれしい」

1年後、「4年に一度の世界最高峰の舞台」で、「ナリタグリム」の名が、世界に響き渡るに違いない。

パラスノーボード 成田緑夢選手

競技をする楽しさ、競技に戻れたうれしさにあふれる成田の国際舞台での躍進は、まさにこれからだ。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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