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October 15 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

フェンシング選手からパラ指導者へ ~車いすフェンシングコーチ・江村将太郎~

車いすフェンシングは、第1回ローマ大会(1960年)からパラリンピックで行われている歴史のある競技だ。本場の欧州では、オリンピック競技同様に盛んに行われてきた。しかし、日本ではパラリンピック競技の中でも認知度は低く、競技人口はおよそ10人ほどしかいない。日本人選手が初めて出場した1964年東京大会ではサーベル団体で銀メダルを獲得したものの、それ以降は一度も表彰台に立っていない。さらに2012年ロンドンでは出場権すら獲得することができなかった。そんな厳しい現状の中、車いすフェンシングの指導者に名乗りを上げた若者がいる。江村将太郎(えむら・しょうたろう)、21歳だ。

江村将太郎

車いすフェンシング界の若き指導者、江村将太郎。21歳。

きっかけは父親の手伝い

江村は、太田雄貴(おおた・ゆうき)が日本人選手として史上初のメダルを獲得した2008年北京オリンピックの代表監督で、現在はナショナルチームのコーチである江村宏二(えむら・こうじ)を父親に持ち、妹の美咲は今年の世界ジュニア・カデ(17歳以下)選手権ではサーブルで銅メダルを獲得と、まさにフェンシング一家に育った。自身も埼玉栄高校時代には団体で全国大会準優勝の経験を持つ。

彼が車いすフェンシングと関わりを持つようになったのは、今年3月のことだ。東京・北区をフェンシングの一大拠点として、フェンシングの振興を図ろうと、日本フェンシング協会、日本車いすフェンシング協会、東京都フェンシング協会が連携して、毎週金曜日に赤羽スポーツの森公園競技場内のふれあいホールで開催されている「車いすフェンシング教室」で、父親とともに参加者に指導を行うようになったことがきっかけだった。

「2020年東京オリンピック・パラリンピックが決まったこともあって、これからはパラリンピックの方の車いすフェンシングも一緒になって盛り上げていかなければならない、という話を父親から聞いたんです。それで、教室での手伝いを引き受けたのが始まりでした」

車いすフェンシングは、「ピスト」と呼ばれる装置に固定された車いすに乗って行われる。車いすは短い腕の方の選手が肘を伸ばした状態で剣先が相手の肘に当たる距離で固定される。対戦相手との距離は、およそ1メートルほど。その至近距離で、上半身の動きだけで勝負しなければならない。そんなフェンシングとは似て非なる車いすフェンシングの魅力を、江村はこう語る。

「フットワークが使えず、短い距離での攻防戦なので、一般のフェンシングとは違って、本当に一瞬で勝負が決まるんです。単に剣さばきがうまくても、世界のトップには勝てない。自分の上半身の動きと剣の動きをうまく連動させなければいけない。そこが、一般のフェンシングとは違うところだし、車いすフェンシングならではの難しさだと思います」

好きだから選んだ指導者の道

江村がコーチとなってまだ3カ月。これまで自らが感覚的に行ってきたことを、具体的に言葉として伝える難しさを感じながら、試行錯誤の日々が続いている。その中で大事にしているのは「基本を徹底すること」だ。これは父親から教わったことだという。

「指導者によっては、例えばスピード重視のレッスンをやったりする人もいたりする。でも、父は一つ一つ丁寧に教えて、きれいなかたちを求める指導方針なんです。僕自身がそれでやってきて、自分のスタイルを確立してきました。大会など緊張した中で、絶対的に必要なのは基本だということを身をもって経験してきたので、指導者として、そこはブレずにやっていきたいと思っています」

現在は、今年3月から本格的にフェンシングを始め、2020年東京パラリンピック出場を目指している元車椅子バスケットボール日本代表の安直樹(やす・なおき)をほぼ毎日指導している。海外の大会にも帯同し、その費用はほぼ自腹だ。そのため、練習のない日は、ほとんどアルバイトを入れている。今年9月にハンガリーで行われた世界選手権から帰国後も、翌日からアルバイトの日々を送っていたという。

安直樹を指導する江村将太郎

2020年東京パラリンピック出場を目指している、元車椅子バスケットボール日本代表の安直樹を指導する江村将太郎。

なぜ、そこまでして車いすフェンシングの指導者をやろうとするのか。そんな質問に、江村はこう答えた。

「単純に、僕はフェンシングが好きなんです。それだけのことなんです。同じフェンシングである車いすフェンシングをもっと普及させたいなと。北京オリンピックで太田選手がメダルを取って盛り上がった時みたいに、車いすもパラリンピックでいい成績をとって、たくさんの人に知ってもらいたいと思っています」

決して口数の多くない江村は、どんな質問にも淡々と答える。だが、「フェンシングが好き」という言葉からは。父親譲りであるフェンシングへの熱い気持ちがうかがい知れた。

日本の車いすフェンシング界に現れた若きコーチの今後に注目したい。

江村将太郎

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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