サイクルロードレースというヨーロッパ生まれの自転車競技がある。毎年フランスで行われる、世界最大の大会である「ツール・ド・フランス」の名を聞いたことがある人も多いだろう。
ヨーロッパではメジャーな競技であるサイクルロードレースだが、日本では今でも、あまり知られているとはいえない。それは、この競技を説明することがちょっと難しいからかもしれない。サイクルロードレースとはなにか?
サイクルロードレースとは旅である
「ツール・ド・フランス」の意味が「フランス巡回」「フランス一周」であることからもわかるように、この競技は自転車を使った旅である。競技時間は非常に長く、多くの選手たちが1日4~6時間をかけて、200㎞弱から、ときには300㎞近い距離を走る。
しかもツール・ド・フランスのように複数日にわたる「ステージレース」は連日続くから、総走行距離は3000㎞、競技時間は3週間・80時間を超えることもある。1日で終わる「ワンデーレース」もあるが、それでも競技時間が異様に長いことには変わりはない。
公道を使うため、もちろん、天候や地形の影響も受ける。気温50℃を超える中東を走ることもあれば、猛吹雪のアルプスを、雪ダルマのようになりながら上ることだってある。雨くらいではまず、競技は中止されない。
旅だから、選手たちは自転車の上で生活する。飲み食いやおしゃべり、ストレッチ、着替え……ときにはけがの治療や排せつも、走りながら行う。眠ること以外のすべては自転車の上で済ませてしまう。
長い旅だから、トラブルも多い。機材の故障もあれば、クラッシュ(落車)によるけがもある。ゴールにたどり着けない選手は必ず出るが、それも旅と同じだ。
予想できないさまざまなことが起こる。しかしその間ずっと、選手たちは走り続ける。極端に競技時間が長いマラソン、あるいは登山というべきだろうか。
チーム競技であり、個人競技でもある
サイクルロードレースは競技時間が長いだけではなく、参加選手が非常に多いのも特徴だ。通常は200人前後の選手で行われる。
彼らは10人程度のチームに分かれて参加し、それぞれのチーム内には役割の異なる選手たちがいるから、サイクルロードレースはサッカーのようなチーム競技でもある。レース状況は各チームの思惑や天候によって刻々と変わるから、選手や監督は考え続けなければならない。この競技はチェスや将棋のような、高度な知能戦でもある。
しかし最終的に勝利できるのは、200人のうち、1人の選手だけだ。レースの終盤では、各チームの有力選手同士が「アタック」により体力を奪い合う、激しい個人戦になる。その様子は格闘技に似ている。体力を使い果たした選手が、ゴール後に倒れこむことも珍しくない。
大量の食事と過酷な減量
競技時間が極端に長いため、選手たちは1日あたり5000kcal~7000kcal程度と、成人男性の1日の消費カロリーの3倍近い大量のカロリーを消費する。もちろんその分は食べて補わなければならないから、この競技は数週間にもわたる大食い競争でもあり、胃腸を壊した選手は脱落する。
だが同時に、脂肪を落として軽い体を作り上げなければいけないから、食べ放題ともいかない。上りを得意とする「ヒルクライマー」たちの体脂肪率は3%と、人間の下限に近いこともある。選手たちは大量の食事を取りつつ、ボディビルダーのように慎重にカロリーと栄養バランスを見極める。
サイクルロードレースとはなにか?
つまりサイクルロードレースとは、旅・マラソン・登山・サッカー・チェス・格闘技・大食い競争・ボディビルディングの要素を併せ持つ、実に不思議な競技だというしかない。
そのどこかに魅力があるからこそ、ヨーロッパ人は100年以上、この競技に熱狂してきたのだろう。しかし、どこに魅力を見いだすか、すなわちこの競技をどう定義するかは、視聴者に委ねられている。サイクルロードレースとはなにか、という問いは回答不能である。