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October 23 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

宿命だった韓国戦で完遂した「全員バスケ」 ~車椅子バスケットボール~

17日、車椅子バスケットボールのアジアオセアニアチャンピオンシップ3位決定戦(男子)が行われ、残り1枚とされたリオデジャネイロパラリンピックの出場権をかけて、日本と韓国が対戦した。日本は第1クオーターこそ9点のビハインドを負ったが、第2クオーターで試合の主導権を握り、一気に逆転。そのまま一度もリードを奪われることなく試合を有利に進めて80-56と快勝し、11大会連続12度目のパラリンピック出場を決めた。

耐えた前半、勝負の後半

「韓国には運命的なものを感じました」

3位決定戦を終えた直後、藤井新悟(ふじい・しんご)の言葉に思わず深くうなずいてしまった。韓国に勝たなければ、パラリンピックの道はない。それは4年前のロンドンパラリンピック予選と同じ状況だった。当時は1点差で韓国を破ってロンドンへの切符をつかんだ日本だったが、昨年は3戦全敗している。その相手に勝たなければ、リオへの道を切り開くことはできなかったのだ。

車椅子バスケットボール

パラリンピック出場権をかけてアジアオセアニアチャンピオンシップに臨んだ日本代表。

まずは最初のヤマ場とされた予選プール第2戦で、日本は韓国と対戦した。第1クオーターは12-12と全くの互角だったが、日本は第2クオーターで22-27とリードを許してしまう。しかし、これは想定内の展開だった。5、6人の主力メンバーをほぼフル出場させる韓国に対し、日本は第1クオーターから頻繁にメンバーを入れ替えて試合時間をシェアしていた。そのため、後半に入ればスタミナに差が出てくることは明らかだった。

「後半勝負」と考えていた日本は、前半は冷静に相手がどのようなバスケをするかを見極め、そこにアジャストしたうえで、自分たちがすべきことを模索していた。その中で有効だったのが、チーム最年少16歳の鳥海連志(ちょうかい・れんし)と、チーム最年長の40歳石川丈則(いしかわ・たけのり)だ。韓国の最大の武器は、司令塔のオ・ドンスクから、ゴール下に強いエースのキム・ドンヒョンへのホットライン。オ・ドンスクがアシストし、パスを受けたキム・ドンヒョンがシュートを決めることによって、チームは乗っていく。

そこで、チーム随一のスピードをもつ鳥海と石川の2人がオ・ドンスクに強いプレッシャーをかけ、キム・ドンヒョンへのパスを簡単には通させなかったのだ。これによって、「相手はストレスを感じていたはず」とキャプテンの藤本怜央(ふじもと・れお)は語っている。さらに2人が出場することによって、スターティングメンバーの豊島英(とよしま・あきら)や藤井が体力を温存することができたというメリットもあった。

車椅子バスケットボールの藤本怜央

シュートを放つ、キャプテンの藤本怜央。予選の韓国戦でチーム最多の28得点をたたき出した。

こうしたことが第3クオーター以降、大きな差となって現れ始めた。それまでキレのある動きと素早いパスワークを見せていた韓国は、徐々に動きが鈍くなり、プレーに精彩を欠き始めた。一方、余力を残していた日本はインサイド、アウトサイドの両方から次々とシュートを決め、試合の主導権を握った。

55-48。ロンドンパラリンピック後、新体制を発足させて以降の日本にとって、これが韓国戦初勝利となった。

車椅子バスケットボール 豊島英

相手ディフェンスをかいくぐり、ゴール下でシュートを決める豊島英。

結集された全12人の力

その後、日本と韓国はどちらも予選プールを4勝1敗として、決勝トーナメントに進出(得失点差で1位韓国、2位日本)し、準々決勝を勝ち抜いた。そして勝てば早くもリオの出場が決まる準決勝で、日本は昨年の世界選手権覇者であるオーストラリアに、韓国はアジアの強豪イランに敗れた。運命の糸に手繰り寄せられるかのように、両者は残り1枚のリオへの切符をかけて、3位決定戦で再び顔を合わせることになったのだ。

その大一番、第1クオーターは韓国に主導権を握られ、日本はいきなり9点のビハインドを負った。しかし、第2クオーターで早くも地力の差が出た。韓国は8連戦の疲労が出てきたのだろう。攻守にわたって動きが鈍くなり、ミスが多くなった。一方の日本は藤本と香西宏昭(こうざい・ひろあき)のダブルエースが実力を発揮。23得点中、2人で21得点を挙げる活躍を見せた。さらに守備も機能し、韓国の得点をわずか8に抑え、逆転に成功。6点リードで試合を折り返した。

車椅子バスケットボール 香西宏昭

ダブルエースの一人、香西宏昭。連続してシュートを決め、試合の流れを引き寄せた。

この時、及川晋平(おいかわ・しんぺい)ヘッドコーチ(HC)の脳裏には「勝つこと」の他に「勝ち方」もあったのではないだろうか。予選プール第2戦での韓国戦後、及川HCはこう語っていたからだ。

「勝ったことは良かったが、自分の采配には満足していません。ベンチの選手をうまく使えず、本当の強さを引き出せなかったことは反省点です」

「全員バスケ」を掲げている日本にとって、最大の強みであり、課題でもある戦い方は、12人全員の力が結集されることにある。しかし予選プールの韓国戦では、スタメン全員がベンチに下がった状態のユニット(5人の組み合わせ)では、ディフェンスは機能したものの、ほとんど得点は生まれなかった。そのため、オフェンス面ではスタメン、特にダブルエースに頼った展開と言わざるを得ない試合となった。3位決定戦は、それを打開するチャンスの場でもあった。

すると第3クオーター、予選プールの韓国戦では1本もシュートを入れることができなかった土子大輔(つちこ・だいすけ)がゴール下のシュートを立て続けに決めてみせた。これにはベンチも盛り上がり、チームはいよいよ勢いに乗った。さらに第4クオーターには土子同様、予選プールでは得点することができなかった藤澤潔(ふじさわ・きよし)がこの日2本目となる得意のアウトサイドからのシュートを決めた。

そして、「全員バスケ」を完遂させたのは、ベテラン39歳の佐藤聡(さとう・さとし)だった。彼は予選プールの韓国戦に唯一出場しておらず、この試合でもコート上に立っていなかった。その佐藤を及川HCは、残り2分を切ったところで送りこんだ。すると、その佐藤が残り18秒でアウトサイドからのシュートを見事に決めたのだ。これがこの試合のラストゴールとなり、日本は最高のかたちで韓国を破り、リオへの切符をつかみ取った。

 有言実行の勝利

試合終了のブザーが鳴ると同時に、スタンドからは大歓声が沸き起こり、コート上では日本の選手とスタッフが両手を上げて喜びを爆発させていた。そんな光景を見ながら、あるシーンが蘇った。ちょうど1年前のアジアパラ競技大会だ。

2014年10月24日。日本代表チームにとって屈辱を味わい、そして決意を新たにした日だ。その日、日本はアジア王者の座をかけて韓国との決勝に臨んだ。2日前の準決勝で、2008年北京パラリンピック以降一度も勝つことができずにいたイランを延長戦の末に破った日本は、韓国戦に向けて確かな手応えと自信をつかんでいた。

ところが、終わってみれば、50-61と2ケタもの差をつけられての敗戦。コート上には、大会初優勝に歓喜の雄たけびをあげている韓国の選手たちの傍らで、ショックを隠し切れずにいる日本の選手たちの姿があった。まさに今大会とは、真逆の光景だった。

車椅子バスケットボール

2014年のアジアパラ競技大会決勝。日本は韓国に敗れ、進化を誓った。

韓国に敗れた直後、藤本は悔しさを押し殺しながら、こう語っていた。

「この敗戦が無駄ではなかったということを、来年の予選ではしっかりと見せます。こういう経験がチームを強くするはずですから、今後に期待していてほしい」

あれから1年、藤本の言葉通りの光景が、今大会は目の前に広がっていたのである。

あの時、勝った韓国は戦い方を変えてはこなかった。しかし、負けた日本は進化を求め続け、新たな戦力、戦術を加えた。それが両者の明暗を分けたのではないだろうか。負けることは決して無駄ではない。重要なのは、それを糧にして成長へと結びつけられるかどうかだ。日本代表チームには勝敗以上に大事なことを教わった気がしてならない。

車椅子バスケットボール

リオに向けて、さらなる飛躍が期待される。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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