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June 23 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

39歳・藤井新悟。今、進化の途中 ~車椅子バスケットボール~

「すべてのことに対して『やり切った』という思いで、代表としての終止符を打ちたいと思っています」

2016年リオデジャネイロパラリンピック。自身にとって4度目となる「世界最高峰の舞台」を前に、藤井新悟(ふじい・しんご)はそう語っていた。しかし、リオでの最後の戦いを終えた時、彼の心にあったのは、まったく違う感情だった。

「このままでは終わりたくない……」

2020年東京パラリンピックに向けて、新たなスタートを切った藤井の姿を追った。

車椅子バスケットボール藤井新悟選手

2020年東京パラリンピックを新たな目標に据えた藤井新悟

リオ後、新たな挑戦を始めたベテランプレーヤー

6月、藤井はイギリス・ウスターの地にいた。5~9日の5日間にわたって行われた車椅子バスケットボールの国際大会「コンチネンタルクラッシュ2017」に出場するためだ。

現在、日本は男女ともに10月に中国・北京で行われる世界選手権のアジアオセアニア予選(AOZ)に向けてチームづくりが行われている。リオで指揮を執った及川晋平(おいかわ・しんぺい)ヘッドコーチ(HC)の続投が決まった男子は、リオ後に選考合宿を経て24人の強化指定選手を選出。藤井は、その24人の中で最年長となった。

及川HCいわく「日本のバスケをさらに進化させるために、一度、チームを壊している状態」という日本男子チームは、攻守の切り替えを速くした「トランジションバスケ」を目下、追求中だ。そのために選手に求められていることのひとつが、「Hard Work」を超えた「Very Hard Work」。相当なスタミナを要するバスケであることは、見ていても明らかで、合宿ではリオ前とは比較にならないほどの過酷なトレーニングが課されているという噂が事実であることが、目の前で証明されていた。

車椅子バスケットボール日本男子チーム

「Very Hard Work」を目指しトレーニングを積む、日本男子チーム

その中で、最年長39歳である藤井のプレーはより深みを増し、そして新たなチャレンジが加わっていた。リオの時の彼は、トップのポジションからゲームコントロールするシーンが多く見受けられた。そのため、相手は「シュートはしてこない」とばかりに、藤井がボールを持っても、厳しくチェックに来ることはほとんどなかった。

ところが、今回ウスターで見た藤井は違っていた。他の選手と同様に定位置はなく、常に動きながら隙あらばインサイドにカットインをするなどしてゴールに近づき、シュートチャンスを狙っている姿があった。

藤井は言う。

「僕のようなローポインターでも、リングに近づくことによって一人のディフェンダーを引きつけることができる。そうすれば、他に有利なところが出てくる。そういうふうに、一つ一つ、何かの役に立ちたいという思いで、今いろいろとチャレンジしています」

初めて感じている危機感。だからこその充実感

日本の車椅子バスケ界において、いまだ藤井以上の「司令塔役」はいないと言われるほど、彼のゲームコントロール力は群を抜いている。しかし今、日本が目指すバスケには、そうした専門性に加えてマルチな力が必要なのだろう。普通は、ベテランであればあるほど自身のスタイルを変えることができないものだが、藤井は違う。新しいことを受け入れ、チャレンジするだけの柔軟な頭と心がある。そして、何より大きいのは、フィジカル面で「限界」を感じていないことだ。

「僕はいまだに自分の限界を知らないんです」と藤井。リオ後、「肉体改造」を掲げた日本代表の選考強化合宿では、言葉にはならないほどの過酷なトレーニングメニューが課され、39歳の藤井は毎回のように体のどこかに異変が生じていたという。

「そんな厳しい合宿を乗り越えてきた自分がいるので、『あぁ、まだオレはこれだけやれるんだな』と思いました。逆に言えば、これまで『全力でやります』と言いながら、まだまだ限界まで突き詰めることができていなかったんだなということにも気づいたんです」

車椅子バスケットボール藤井新悟選手

今年39歳の藤井(左)は、いまだ限界知らず。練習にも試合にも全力で臨む

合宿では、毎日のように「もういい!もうやめた!オレは帰る!」という言葉が喉元まで出かかっていたという。それでもやり続けたのは、もちろん自分のためでもあるが、そこには後輩への思いもある。

「ベテランの僕が頑張っている姿を見て、若い選手たちが『自分が弱音を吐くわけにはいかない』というふうに刺激を受けてくれていたらうれしいですよね。そういうふうに若手が育ってくれて、チームが底上げされるということもまた、自分の存在意義のひとつなのかなと思っています」

昨年のリオデジャネイロパラリンピック、日本は9位という結果となった。それは、4年前のロンドンの時と同じ順位だった。だが、藤本怜央(ふじもと・れお)や香西宏昭(こうざい・ひろあき)など、共にパラリンピックを戦い続けてきたメンバーは、誰もが「これまでにはなかった、確かな手応えがあった」と語った。結果には結びつかなかったが、及川HCの下、日本が歩んできた道、そして進もうとしている道に間違いはなかった、という確信があった。だからこそ、誰もが「次こそは」という気持ちとなっていた。

藤井もまたそうだったに違いない。リオでの戦いを終えた時、「やり切った感がまったくなかった」のも「これで終わらせたくないと思った」のも、自分自身やチームにさらなる「進化」の可能性を感じたからだったのではなかったか。

藤井の当面の目標は、10月に行われるAOZのメンバー12人に選ばれることだ。

「僕は今、初めて危機感を感じながらやっているんです。これまでだったら、心のどこかで『自分は大丈夫だろう』という気持ちがありました。でも、今は違います。若手も伸びてきているのをひしひしと感じていますし、落とされる可能性は十分にあると思っています。だから、今すごく必死。でも、だからこそ充実感があって、すごく楽しい。もしかしたら僕は今が一番、バスケを楽しんでいるのかもしれませんね」

39歳にしてなお、進化し続けているバスケットボールプレーヤー藤井新悟。彼の今後が、楽しみでならない。

(文・写真/斎藤寿子)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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