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July 27 2017 By 小林 香織

応援こそ我が人生。自分自身を励ます生き方を広めたい「我武者羅應援團」團長・武藤貴宏の“応援道”

我武者羅應援團

「自分を信じろ、自分を信じろ、自分を信じろ、我らはあなたを信じている」

気合を表すオールバックスタイルに、鮮やかなオレンジ色の刺繍が入った学ラン姿。真剣そのものの表情から発せられる彼らの声は、まさに「命の叫び」だ。

彼らの名は「我武者羅應援團」。その名の通り、ひたむきにガムシャラに誰かを応援することを生業としている。團長の武藤貴宏は、20代後半で一大決心の末、我武者羅應援團を結成した。

周囲からバカにされることがあっても、「自分が一番やりたいことから逃げたくない」と、2007年の設立以来、応援人生を貫いてきた。そんな武藤貴宏に今、あらためて問いたい。「なぜ“応援”に人生を懸けるのか」と。

全身全霊を捧げた応援は「自分への応援」に変わる

我武者羅應援團

「雷が落ちたような衝撃だった」。高校生のとき、初めて母校の応援団の応援を見た武藤は、そんな感情を抱いたという。全身のエネルギーを振り絞り、「フレー、フレー」と叫ぶその姿は、当時の武藤の憧れそのものだった。

それからさまざまな紆余曲折があり、彼はようやく夢を叶え応援団としての人生を手に入れた。ゼロからのスタートで試行錯誤するなかで、応援には3つのステージがあることに気づく。

第1ステージは、「自分が所属する共同体もしくは興味があるチームを、歌やリズムに乗って応援すること」。野球やサッカー観戦などにおけるサポーターの応援が、これにあたる。

続く第2ステージは、「特定の個人に対して、勝ち負けだけでない部分も含め、自分の言葉で応援すること」。

そして第3ステージとは、「特定の個人を応援するプロセスを通して、自分の人生における大切な価値観を見つけ出し、自分で自分を応援できるようになること」。これについて、武藤はこう語る。

「2017年までの10年間で1,050回の応援をさせていただくなかで、僕らは励ます立場であるにもかかわらず、応援した方々からたくさんの元気をもらっていたことを痛感しました。どんな状況でも覚悟を決めて挑戦されている人の姿を間近で感じると、こちらが応援されている気がするのです。応援を積み重ねていくうちに、どんなときも自分自身を奮い立たせることができるようになりました」

全身全霊を捧げた応援は、そのまま「自分への応援」に変わる。霊長類最強女子とも称されるレスリングの吉田沙保里選手の応援も、誰よりも武藤自身が勇気づけられた応援だった。

「吉田選手への応援メッセージを考えているときに、彼女のお母さんがインタビューで『沙保里は、本当に普通の子です』とおっしゃっているのを見ました。でも、そんな普通の子が、普通じゃない練習を毎日、毎日休まず重ねてきたから、あのように強くなったのだと思い、これこそが彼女の一番の強みだとメッセージに込めたところ、ご本人のみならず栄監督も涙を流して感動してくれました」

「俺は本気で生きているのか?」一番の心残りだった応援団の結成へ

我武者羅應援團

ブラジル・リオオリンピックの会場にて。アスリートと来場者を応援する模様が各国のテレビ局で生放送された

高校生のとき、応援団の存在に魅了された武藤だったが、自身が応援団として活動を始めたのは20代後半。それまでの長い間、武藤は今一歩ガムシャラになりきれずにいた。

「高校に入学したばかりの僕は、意気揚々と応援団の扉をたたきました。でもそこにいたのは、気合たっぷりのちょっと怖そうな先輩たち。2週間仮入部したもののおじけづいてしまい、本入部を果たすことなく僕は逃げ出してしまった。それがトラウマになって逃げグセがつき、何をするのも怖くなったんです」

一番やりたいことから逃げた自分をどうにか変えたいと、武藤は国境を越えアメリカの大学に進学する。これまでとまるっきり違う環境に身を置くことで、自分が変われると考えたからだ。しかし言葉の壁は想像以上に厚く、夢に見た学生生活とはまるで違ったと、武藤は当時を振り返る。

「授業に出ても内容がわからない、宿題がどこかさえもわからない。授業の前に先生にその日の授業範囲を聞きに行き、授業が終わったら先生に宿題の場所を尋ねる。ひたすらその繰り返しでした。意思疎通ができないから、なかなか友達もできない。カフェテリアで昼食をとるのに、『どこに座ればみんなに仲間に入れてもらえるだろう』といつも悩んでいました」

我武者羅應援團

大学生時代の武藤

何度も心が折れそうになりながらも、武藤はなんとか大学を卒業し日本に帰国。それから、アウトドア・インストラクターとして新しいスタートを切った。武藤が担当していた生徒の中には不登校の子供もいた。登山やロッククライミングなど過酷な試練にチャレンジすることによって、子供たちに自信を取り戻してほしい。

そんな思いから全力で指導に当たるなかで、必死に目の前の山に食らいつく彼らの姿を目の当たりにし、「これが生きるということなんだ」と教えてもらった気がした。

「子供たちが自分の安全地帯から一歩踏み出して挑戦している姿は、とても美しく心から感動しました。でも一方で、『自分は本気で生きていると言えるのだろうか?』と疑問が湧いて。そんなとき、登る前に逃げてしまった『応援団』という人生の山があったことに気づいたんです」

そこから武藤は「応援団で生きていこう」と腹を決めて、メンバー探しに奔走する。数年がかりでメンバーを集め、「我武者羅應援團」結成に至ったのだ。

この世から「応援」という言葉をなくす、それが真の応援道

我武者羅應援團

ラグビーチーム「ニュージーランド代表“オールブラックス”」と共に

アスリートをはじめ、学生や社会人、動物まで、あらゆる対象を応援してきた我武者羅應援團。今、武藤貴宏が応援したいと思うのはどんな人なのだろうか。

「僕が人生を懸けて応援したいと思っているのは、『自分の命を目いっぱい全うしようと努力している人』です。たとえば、世界の頂を目指すようなアスリートの方々はドンピシャで当てはまります。人生を捧げるぐらいの気持ちで競技と向き合わなければ、世界一の栄誉を手にいれるなんて、できないじゃないですか。根拠がなくても何かを信じて、ガムシャラに生きようとしている人に僕らは人生を懸けて声援を送りたい」

さらに、武藤はこう続ける。

「トップアスリートであればあるほど、自分との戦いになってくるので、周りからの声援があるに越したことはありませんが、彼らは応援があってもなくてもやりきる、という覚悟があるように感じています。だからトップアスリートにとって我々の応援は、自分がやってきたことが認められたというような『確認』『承認』という意味合いの『共鳴』なのだと思います」

我武者羅應援團

2020年を見据え、武藤をはじめとした我武者羅應援團の團員は「応援ムーブメントを巻き起こしたい」と意気込む。祖国の選手のみならず、他国の選手であっても、その選手の生きざまを知り自分の言葉で声援を送ることが当たり前になるような応援の雰囲気をつくりたいと。それがスポーツにおけるレガシーになることを彼らは願っているのだ。

「僕らは応援団として生きているものの、最終的な目標は『この世から応援という言葉をなくすこと』なんです。世の中が本当に『平和』になったら、『平和』という概念が当たり前になり、きっと『平和』という言葉がなくなると思います。それと同じように、一人一人が自分自身と周りの人々を深く応援できるようになったとき、『応援』という行為が当たり前になり、『応援』という言葉そのものがなくなると思うのです」

我武者羅應援團が放つ力強いメッセージは、応援された相手だけでなく、応援の様子を見ている者の心にもグサリと刺さるパワーがある。その感動の渦がじわりじわりと広がったからこそ、現在の彼らの姿があるはずだ。今年2017年は、我武者羅應援團の結成10周年にあたる。ここからより一層、命の叫びを轟かせてほしい。「応援」という言葉がこの世からなくなるその日まで。

 

我武者羅應援團:http://www.gamushara-oendan.net/

 

(取材・文:小林 香織)

小林 香織

小林 香織 Facebook

2014年デビューのフリーライター。現在、「恋する旅ライターかおり」名義で、恋愛・旅・ライフスタイルジャンルの執筆にも挑戦中。人生の豊かさ、可能性を広げるためのメッセージを発信したいと願っている。自由な人生バンザイ

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