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July 28 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

車いすランナー佐藤友祈、果たしたリオの雪辱 ~パラ陸上世界選手権~

7月14~23日の10日間にわたって、「ロンドンスタジアム」で熱戦が繰り広げられた「パラ陸上世界選手権」。日本は金2、銀5、銅9の、計16個のメダルを獲得した。昨年のリオデジャネイロパラリンピックで日本選手団が手の届かなかった金メダル。それを2度も首にかけ、ロンドンの地でセンターポールに日の丸を掲げたのは、車いすランナー佐藤友祈(さとう・ともき)だった。それは、彼にとって2年越しでの「雪辱」でもあった。

スタートラインで聞こえた日本からの声援

5年前の2012年、佐藤はテレビで放映されていたロンドンパラリンピックで100m、200m、400m、800mで4冠に輝いた自分と同じクラスの車いすランナーを目にした。大歓声のロンドンスタジアム(当時は「オリンピックスタジアム」)で、4度も金メダルを首にかけたその姿は、まさにスーパーヒーローだった。彼の名は、レイモンド・マーティン(米国)。佐藤は、マーティンに憧れを抱き、彼の背中を追うようにして陸上競技を始めた。

そして、それから4年後の2016年、佐藤はリオデジャネイロパラリンピックでマーティンと熾烈な争いを繰り広げた。1500m決勝、残り2周でマーティンに並び、そのまま一騎打ちに。しかし、終盤、佐藤とマーティンの間には、余力の差があった。残り200mになると、マーティンはさらにギアを上げた。佐藤も懸命にマーティンの背中を追ったが、少しずつ2人の距離は広がっていった。金メダル、マーティン。銀メダル、佐藤。その差は、1秒以上に広がっていた。

その悔しいレースから約1年後に迎えた、今回の世界選手権。佐藤は雪辱に燃えていた。その一方で、周囲から寄せられる大きな期待に対してのプレッシャーとも闘っていた。

「今年5月のアメリカグランプリで一度、マーティン選手に勝って優勝していたので、周りの皆さんからも(世界選手権でも)金メダルというふうに言っていただいていました。そのプレッシャーに押しつぶされないように、必死にトレーニングをする毎日を過ごしていました」

レース当日、コールルームで佐藤は「ここから逃げ出したい……」と思ったという。そんなプレッシャーを抱えながら、佐藤は競技場へと向かって行った。競技場に一歩入ったとたん、佐藤の耳に入ってきたのは、想像以上の大歓声だった。5年前、テレビの世界でしかなかった「ロンドンスタジアム」に、佐藤は立っていた。

大歓声に背中を押されるようにして、佐藤はスタートラインに立った。すると、聞こえてきたのは日本で応援してくれている人たちからの声援だった。

車いすランナー佐藤友祈

スタートラインに立った佐藤の耳には、日本からの声援が聞こえていた。

「本当に不思議なんですけど、みんなの声が聞こえてきたんです。ずっと応援してくれてきた両親をはじめ、会社の方々、一緒に練習しているチームのメンバー……。いろんな人たちの声援が、自分の中にパワーになって注ぎ込まれるような感覚を覚えました」

その時にはもう、緊張感はすっかりなくなっていた。「必ず金メダルを取る」。それしかなかった。

車いすランナー佐藤友祈

「必ず金メダルを取る」 その思いだけを胸に、レースに集中した。

ライバルを引き離しての金メダル

号砲とともにレースが始まった。みるみるうちに他の選手との距離が広がり、いつの間にか佐藤とマーティンとの「2人旅」となっていた。抜いて、抜かれて、また抜いて……何度となく繰り返された2人の「先頭争い」に、スタンドの観客たちも食い入るようにして見つめていた。

そして、いよいよ残り1周の鐘が、競技場に鳴り響いた。先頭は佐藤がキープ。そのまま佐藤はロングスパートをかけていくも、後ろには依然としてマーティンがピタリとついていた。

「この時は精神的に相当きつかったです。実は、後ろを確認する余裕がなくてマーティン選手がどの位置にいるのか、全くわかりませんでした。真後ろにいるのか、それとも外側から並ぼうとしているのか……」

ライバルの位置が把握できていないからこそのプレッシャーが、佐藤に重くのしかかっていた。

そして、残り200m。1年前、リオでマーティンとの差が開いたポイントにさしかかった。実はレース途中、佐藤はその時のことがフラッシュバックしたという。しかし、その時にはもうそんな余裕はなかった。ただただ、前を見て走るだけだった。佐藤は先頭をキープしながら、最後のホームストレートへと入っていった。

すると、徐々に佐藤とマーティンの間に差が開き始めた。1年前とは違い、最後に余力があったのは佐藤の方だった。

車いすランナー佐藤友祈

必死に前に向かって走り、マーティンを突き放した、佐藤のラストスパ-ト。

大会新記録の好タイムでゴールした佐藤。ところが、すぐにガッツポーズは出なかった。

「ゴールした直後も、マーティン選手がどこにいるのかわからなくて……しばらくしても彼が横に並んでこなかったので、『あぁ、これは自分が抜けたんだ』と確信を持つことができて、それからやっとガッツポーズが出ました。あの時は、本当にうれしかった。最高でした」

その2日後、「世界記録を持っているマーティン選手の方が現状は上」としていた400mでも佐藤はマーティンに勝ち、金メダルを獲得。ライバルに「真の力」を見せつけた。

車いすランナー佐藤友祈

1500m、400m共に、ライバルのマーティンを破り、2冠を達成した佐藤。

もちろん、これで彼らの勝負は終焉を迎えたわけではない。今回の敗戦で、マーティンにとって佐藤はもう「いい競争相手」では済まされないはずだ。「真のライバル」として、雪辱に燃えてくることは想像に難くない。それは、佐藤もわかっている。

――これからが、2人の本当の勝負ということになるのでしょうか?

そんな質問に、佐藤はこう答えた。

「そうですね。リオの時は、マーティン選手も若干、余力を残しながら勝つことができていたと思います。でも、これからは今大会のように全力での勝負になると思いますし、そういうレースを東京でもできたらいいですね」

佐藤友祈とレイモンド・マーティン。2人の「ライバル物語」は、まさにこれからだ。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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