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August 04 2017 By 小林 香織

EXILEのUSAも魅せられたセネガルの「サバールダンス」—日本に広めた第一人者・FATIMATAのストーリー

fatimata

世界一踊る国といわれる西アフリカのセネガルでは、まるで会話をするかのように、日常にダンスが根付いているという。セネガルで受け継がれる伝統的なサバールダンスは、サバールと呼ばれる太鼓に合わせて、手足をダイナミックに動かすのが特徴だ。

あのEXILEのパフォーマーUSAを魅了した「サバールダンス」を日本に広めた第一人者が、日本人女性ダンサーのFATIMATA(ファティマタ)だ。

日本から1万km以上も離れたセネガルに何度も通い、執念でサバールダンスを習得。2008年にはUSAがセネガルに渡航する際のコーディネートも務めた彼女。FATIMATAのただならぬサバールダンスへの情熱は、一体どこから生まれてくるのだろうか。

ダンサーが指揮者になる唯一のダンス「サバール」

サバールダンスの一番の特徴は、なんといってもサバールと呼ばれる伝統的な太鼓のリズムに合わせて踊ること。ダンサーが踊りながら指揮を執り、そのリズムに合わせてドラマーが太鼓を鳴らす。これがサバールのルールなのだ。

世界的なサバールダンサー・パムサ氏のダンス映像がこちら。2012年、NHKの教育番組「Eダンスアカデミー」にパムサ氏が出演した際、披露されたサバールダンスだ。

このときFATIMATAは、通訳として番組に出演。日本のトップダンサーとして活躍するUSAをも唸らせるほどの難解で激しいダンスなのだ。

FATIMATAがサバールダンスに出会ったのは、セネガル出身のドラマーが主宰するアフリカンダンスを学ぶワークショップに参加した2003年。初訪問のセネガルであまりに衝撃的な踊りを目の当たりにし、「記録に残さなければ」と、ひたすらビデオを回した。

「言葉では説明できませんが、サバールダンスを目にした瞬間、『私が求めていたダンスだ!』と確信しました。それほど、自分の中の血が騒いでいたんです」

それからFATIMATAは年に1回のペースでセネガルを訪れ、現地人ダンサーから手ほどきを受けサバールダンスを習得する。しかし、習得までの道のりは想像以上に苦労の連続だった。それもそのはず。サバールダンスはアフリカンダンスのなかで唯一ダンサーが指揮者を務める、非常に難しいダンスなのだ。

3年かけて現地人ダンサーからサバールダンスを習得

fatimata

幼い頃からダンサーに憧れ、20歳でダンスを始めたFATIMATA。当時はジャズやヒップホップのレッスンを受けていたが、あらゆるダンスや音楽に触れていくなかで、パーカッションや太鼓の演奏が混じった土臭い音楽に惹かれている自分に気づく。今から、およそ20年前のことだ。

「太鼓の音に惹かれているものの、当時はあまり情報がなくて、それがアフリカの音楽だということが明確にわからなかったんです。とにかく生太鼓で踊るダンスレッスンを片っ端から受けてみて、最終的にたどり着いたのがアフリカンダンスでした」

アフリカンダンスといっても、それぞれの国によって踊りが異なる。なかでもFATIMATAが強烈に惹かれたのが、セネガルのサバールダンスだった。それから現地に通ってサバールダンスの習得にいそしむも、感覚でダンスを覚えている彼らから、サバールの理論的な基礎知識を学ぶことは並大抵のことではなかった。

「学校の授業で音楽を習った私たち日本人は、音楽を譜面で捉えることができますが、音楽を教科書上で学んでいないセネガル人には、そもそもリズムを譜面上に割り当てる習慣がありません。リズムを理論で説明することが難しい彼らから基礎知識を学ぶのは至難の業で、ダンサーが指揮を執ってドラマーが演奏しているというルールさえも、ずっとわからないまま。『なんで彼らはピッタリ息が合うの?』と不思議でたまりませんでした」

日本人とは音楽の捉え方が異なるセネガル人が踊るダンスは、リズムの数え方も複雑。サバールダンスを習得したい一心で、FATIMATAは現地語の「ウォロフ語」やドラム演奏も学んだ。そうした努力の末に、3年の月日を経てようやくサバールのリズムとダンスの関係性のカラクリを発見することができたのだ。

EXILE・USAも虜に!日本のダンス界にサバールを広める

FATIMATAはサバールダンスの習得に励む一方で、並行して普及活動も行っていた。1999年にセネガルを初訪問した際に撮影したサバールダンスの映像のDVDを、日本のダンサー仲間に配り歩いたのだ。2005年からは、現地人ダンサーから直接レッスンを受けられるセネガルツアーのコーディネートも始めた。

▲ダンサー仲間に配り歩いていたサバールダンスの映像

やがてサバールダンスのDVDが、EXILEのUSAの手元に渡る。そして、その映像に映っていたダンスに魅了されたUSAから、セネガルツアーのコーディネートを依頼されたのだ。

「私がセネガルに通い始めたとき、一目惚れしたサバールダンサーがいました。その人が、今トップダンサーとなり世界中でサバールダンスを披露しているパムサです。彼から直接ダンスの指導を受けられるセネガルツアーを私がコーディネートし、2008年にUSAさんをご案内しました」

fatimata

そこから、EXILEとの付き合いは今も継続している。2010年にはUSAが主演した、劇団EXILEの舞台「DANCE EARTH〜願い〜」でサバールダンスの振り付けを担当したほか、2016年には冒頭でも紹介したNHKの教育番組『Eダンスアカデミー』で、子供たちにガーナのアゾントダンスをレクチャーする先生として出演。同番組でコーナー化した『きょうのアゾント』の監修も務めている。

もともと日本のダンス界になじみがなかったサバールダンスが、FATIMATAの地道な普及活動によって、広く日本に浸透したのだ。

世界一のパムサ氏と日本で初共演。歓喜に沸いた瞬間

サバールダンスに魅せられ、日本に広めてきた彼女にとって、忘れられないシーンがあるという。それは2011年に日本で行われたダンスイベントで、セネガル人ダンサー・パムサ氏と共演した日のこと。日本でほとんど周知されていないサバールダンスを、ストリート界の第一線で活躍するダンサーが集まるイベントで披露したのだ。

▲後半1分25秒頃、パムサ氏が登場する

「私を含め4人の女性ダンサーが所属するサバールダンスチーム『タンガナジェル』にパムサを加えた5人で、サバールダンスを踊りました。短い時間のパフォーマンスでしたが、第一線で活躍しているダンサーたちに衝撃を与えることができ、私自身も鳥肌が立ちましたね」

ずっと追いかけてきた憧れのパムサ氏と名のあるダンスイベントでの共演は、FATIMATAのかねての夢だった。日本のダンス界において、サバールダンスが大きなインパクトを与えたことが何よりうれしかったと彼女は語る。

サバールダンスの第一人者として活躍の場が増えたとき、日本在住の一部のセネガル人から妬みを買ったこともあった。こともあろうに、「FATIMATAは日本でパムサの悪口を言っている」と根も葉もない噂を立てられたのだ。それはパムサ氏本人の耳にも届いていた。そのときの彼の言葉にFATIMATA は救われたという。

「パムサは笑って、こんな言葉をかけてくれました。『お前もスターになったな。嫌がらせをされるのは、スターになった証拠だから勲章だと思え。お前の悪口を聞くたびに、よくやってるなって笑っているよ』って。心底うれしかったですね」

fatimata

FATIMATAの一番の願望は、サバールダンスを通じて「セネガルへの恩返し」をすること。生きがいともいえるサバールダンスを教えてくれたセネガルに対して、自分ができる最大限の恩返しをしたい。そんな使命感を抱くからこそ、彼女はあえてセネガルに移住せず、日本とセネガルをつなぐ活動に注力している。

今やサバールダンサーとしての活動のみならず、現地のテーラーが手がけるアフリカン衣装の製作やセネガルのプライベートツアーのコーディネート、ウォロフ語のレッスンなど、幅広く事業を展開する。近年はガーナのアゾントダンスにも力を入れているという。

FATIMATAの体のなかには、セネガル人の血が流れているのではないか。彼女の人生ストーリーを聞いていると、そんな気がしてならない。持って生まれた“何か”が、彼女にサバールダンスを踊らせているのかもしれない。日本とセネガルをつなぐ懸け橋として、FATIMATAのダンサーストーリーはこれからも続いていく。

 

FATIMATA:http://fatimata.net/

 

(取材・文:小林 香織)

小林 香織

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2014年デビューのフリーライター。現在、「恋する旅ライターかおり」名義で、恋愛・旅・ライフスタイルジャンルの執筆にも挑戦中。人生の豊かさ、可能性を広げるためのメッセージを発信したいと願っている。自由な人生バンザイ

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