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August 04 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

継承されてきたレガシー、工夫が凝らされた演出 ~パラ陸上世界選手権~

スタジアムに一歩入った瞬間、耳に届いてきたのは、鳴り響く観客の大歓声だった。すると、5年前がフラッシュバックした。「史上最高の大会」と謳われた2012年ロンドンパラリンピック。まさにそれが、目の前で再現されていた――。

7月14~23日の10日間にわたって、ロンドンスタジアムで行われた「パラ陸上世界選手権」。予想以上の盛り上がりを見せた今大会を、「ライターの目」で振り返る。

ロンドンスタジアム

8月4日から「世界陸上」が行われているロンドンスタジアム。それに先駆けて「世界パラ陸上」が開催された。

広がっていた5年前と同じ光景

初日、競技開始1時間半前にロンドンスタジアムがある「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」の最寄り駅「ストラッドフォードインターナショナル」に到着した。そこからショッピングモールを通り抜けるとオリンピック・パークの入り口が見えてくる。パーク内の一番奥にあるロンドンスタジアムには駅から徒歩で20分ほどかかるが、特に「遠い」という感じはしない。スタジアムまでの道が殺風景ではなく、「飽きさせない」工夫が凝らされているからだ。

まず驚いたのは、当時「欧州最大」と謳われた巨大なショッピングモールが、まったく廃れていなかったことだ。昨年の開催地リオデジャネイロが示すように、オリンピック・パラリンピックの開催を目的に開発された地域が、その後も発展の道を進むことはなかなか難しい。そのため、閑散とした姿を目にすることも十分に考えられたからだ。ところが、夏季休暇の時期ということもあり、ショッピングモールには平日の昼間から大勢の人たちが行きかい、繁盛していた。

そのショッピングモールの途中には、大会参加国の国旗が飾られ、スタジアムに向かう観客たちの気持ちを高揚させる最初のアイテムとなっていた。

ショッピングモールを通り抜けると、オリンピック・パークの入り口に到着。5年前のロンドンパラリンピックと同じように紫とピンクで配色されたデザインの看板やのぼりに、当時のことが懐かしく思い出された。

パーク内にはピンクのTシャツに身を包んだ人たちが、あちらこちらに点在し、スタジアムへと向かう観客たちに笑顔で話しかけていた。ボランティアだ。ハイタッチを促したり、何か困ったことはないかと声をかけたり……実に楽しそうにしている様子もまた、5年前と同じだった。

そのボランティアの中には、電動車いすに乗った重度障がいの人の姿もあった。通りの中央で、行きかう人たちに声をかけ、ハイタッチを促していたのだ。「自分たちが大会を盛り上げる役割を担っている」。その誇りが、障がいの有無に関係なく、ボランティア全員の笑顔に映し出されていた。

パーク内を進んでいくと、左にはロンドンオリンピック・パラリンピックで水泳会場となった「アクアティックス・センター」があった。懐かしさを覚えながら、ふと正面を見ると、橋の向こう側に現れたのがロンドンスタジアムだ。

荷物検査を受け、スタジアムの中に入る。売店やトイレなど、ほとんど5年前と変わっていない様子に感慨深くなりながら記者席の方へと向かった。ちょうど青空が広がっており、太陽光で光り輝く三角形のライトスタンドが5年前と同じように出迎えてくれた。

ロンドンパークの入場ゲート

大混雑のロンドンパークの入場ゲート。多くの観客が訪れた

子どもたちを楽しませる巧みな演出

一度、地下にあるプレスセンターに行き、荷物を置いて、競技後に選手たちにインタビューをする「ミックスゾーン」への導線を確認。そして、間もなく競技が始まるという頃合いに、再び地下から3階にある記者席へと向かうため、エレベーターに乗り込んだ。

3階に到着し、エレベーターのドアが開いた瞬間、耳に届いてきたのは大歓声だった。大げさではなく、その雰囲気は5年前のロンドンパラリンピックそのもので、あの時に感じた興奮が一気に蘇り、鳥肌が立った。そして、その「雰囲気」は、大会期間中、毎日続いたのだ。

実際の観客数は、パラリンピック同様というわけではなかった。それでも、延べ30万枚以上のチケットが売れたという数字からも、現在の日本では考えられないほどの観客が入っていたことは確かだ。

感じたのは、イギリスがロンドンパラリンピックを一過性のもので終わらせることなく、そのレガシーを5年間、継承してきたのだろうということだった。そのひとつが、「Get Set」というパラ教育だ。子どもたちにパラスポーツの魅力を伝え、身近に感じてもらうことを狙ったもので、子どもたちから家族へという波及効果を生み出し、ロンドンパラリンピックの成功へと導いたといわれている。日本の関係者に聞いたところ、そのパラ教育は、その後もずっと続いているのだという。その蓄積こそが、今大会の盛り上がりにつながったのではないかと推測される。

「世界パラ陸上」が開催された、ロンドンスタジアム

場内の大型電光掲示板では、出場選手の障害の説明がグラフィックで行われた。そこかしこに、観客が理解しやすく、盛り上がりやすい仕掛けがなされていた

また、現場においても観客を盛り上げる演出がいくつも盛り込まれていた。競技と競技の間には巨大なスクリーンに観客が映し出され、キスやハグを求めるというのは海外の大会ではよく見かける光景だが、ロンドンでは子どもたちを盛り上げる工夫があった。

今大会、集客が難しい平日の昼間には、幼稚園や小学生、中学生の子どもたちが招待されていた。もちろん、競技に熱中する子どもばかりではなかっただろう。ただ、そんな子どもたちにも共通して楽しみな時間帯があった。それはスクリーンに「TEACHER CAM」という文字とともに、次々と先生が映し出される時間だ。先生がウサイン・ボルトのポーズをしたり、ダンスをしたり、あるいは恥ずかしそうに手を振る姿に、会場中がどっと盛り上がるのだ。すると、スタンドのあちらこちらでは子どもたちが寄り集まって、一生懸命に何かをし始める。何をしているのかと思えば、「自分たちの先生も映してくれ!」という猛アピールだ。こうした子どもたちを飽きさせない巧みな演出もまた、成功の要因となっていたに違いない。

「世界パラ陸上」が開催された、ロンドンスタジアム

電光掲示板に映し出された「TEACHER CAM」

「世界パラ陸上」が開催された、ロンドンスタジアム

「TEACHER CAM」に映ろうと自らパフォーマンスする先生も登場するなど、スタンドのあちらこちらで盛り上がっていた

また、こんな工夫もあった。ロンドンスタジアムをはじめ、いくつかの競技会場が集まっているのがオリンピック・パークだ。スタジアムに入るには、チケットを購入しなければならないが、オリンピック・パークには、ふつうの公園と同じように、誰でも無料で入ることができる。そのため、スタジアムから一歩外に出てパーク内を散策すると、あちらこちらにそれぞれの時間を楽しんでいる様子が見受けられた。子どもたちを遊ばせに来た家族連れもいれば、友人とのおしゃべりに花を咲かせる若者がいたり、ゆったりとした時間を過ごす老夫婦の姿も……。

そんな憩いの場の一角に設けられたステージで行われたのが、メダルセレモニーだった。チケットが必要なスタジアム内ではなく、その外にセレモニー会場を設けたことで、より多くの人たちの前で「スーパーヒーロー」たちをお披露目することとなっていたのだ。「見る」「知る」機会を増やす効果的な演出となっていた。

さて、今大会を通して、日本人選手たちからは「この会場でやれることが楽しいし、幸せに思う」ということをよく聞いた。そして、必ずといっていいほど、次のような言葉が続いた。

「ぜひ、こういう大会を日本でもやってほしいし、2020年にはこんなふうに盛り上がってほしい。そのためにも、自分たちが頑張らないといけないと思っています」

2020年東京パラリンピックまで、あと3年。ロンドンパラリンピックそのものだけでなく、ロンドンパラリンピック以降のイギリスからも、日本は学ぶことがあるような気がしてならない。

「世界パラ陸上」が開催された、ロンドンスタジアム

地元選手の金メダルに盛り上がり、ハイタッチする観客たち。「スーパーヒーロー」を称える笑顔にあふれていた

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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