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August 22 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

パラスイマー鈴木孝幸、世界選手権であげる「復活の狼煙」

2016年9月17日、鈴木孝幸(すずき・たかゆき)にとって4度目となるパラリンピックの戦いが終わった。結果は、100m、200m自由形は予選敗退、決勝に進出した150m個人メドレーと50m平泳ぎは4位。初めて「メダルなし」に終わったことに、鈴木はショックを隠し切れなかった。最終レースの直後、頭に浮かんだのは「引退」の二文字だった。

「もう、これで水泳人生に終止符を打とうかなぁと思っていました」

あれから、もうすぐ1年が経とうとしている。現在、鈴木は学生としてイギリスのノーサンブリア大学に通いながら日々、トレーニングに励んでいる。現役続行の道を選んだ鈴木の思いとは――。

東京を目指す前にやるべきことがある

もともと、鈴木には「メダルが取れなくなった時が潮時」という考えがあった。世界と戦う実力がなくなっても、水泳にしがみつきたいとは鈴木は思ってはいないからだ。だからリオの結果を踏まえ、「引退」を考えたのは自然なことだった。

パラスイマー鈴木孝幸

1年前のリオでは初めて「メダルなし」に。引退もよぎったが、「まだやり切っていない」と現役続行を決断した

しかし、リオの後、2013年から拠点としているノーサンブリア大学に戻り、コーチやトレーナー、栄養士など、各分野の専門スタッフと話し合ううち、自分にはまだまだやり残していることがあることに気付いたという。

「まだ自分は最後までたどり着いていない気がしたんです。試せることがあるのに、それをやらずにやめてしまうのはもったいないなと。だったら、まずはやれることをやってみようと。それでダメなら仕方ない。その時こそ、きっぱりとやめようと思っています」

だからこそ鈴木は現在、目標を3年後の東京パラリンピックには置いていない。まずは、大学を卒業する2019年までにどこまでやれるか。その後のことは、その時の自分次第で決めるつもりだ。

「2019年に帰国した時には、自分が東京を目指せる選手かどうか、その答えが出ていると思います。もちろん、自国開催ですから東京に出たいという気持ちはあります。でも『もう自分はこれ以上やってもメダルを狙える位置にはない』と思えば、その時はやめるつもりです。自分が世界と戦えるスイマーなのかどうか、きちんと見極めたいと思っています」

心理状態を変えた北京での金メダル

現在、鈴木はノーサンブリア大学に通いながら、同大学の水泳部に所属し、ほかの学生たちと一緒に練習に励んでいる。6月からの夏季休暇中も、鈴木はひとり休むことなく週5日、水泳やジムでのトレーニングを続け、7月からは高地で行われる世界選手権(9月30日~10月6日、メキシコ)に向けて週に1度、大学の研究機関を利用しての低酸素トレーニングも取り入れた。

パラスイマー鈴木孝幸

トレーナーのアドバイスの下、大学内のジムで体を鍛えている鈴木。秘めた可能性を引き出すのは、こうした日々の積み重ねだ

今、鈴木が最も注力しているのは、「勝負どころ」で実力を発揮することができる力をつけることにある。

「ここ数年、一番大事な決勝で予選よりもタイムを落としてしまうことがよくあるんです。でも、世界のトップスイマーたちはみんな、決勝で予選を上回るタイムで泳いでいる。まずはそこを改善していく必要があると思っています」

タイムは、スタミナや泳ぎといったフィジカル面だけでなく、メンタルも大きく影響を及ぼしているという。そこで、スポーツ心理学を専門とするメンタルトレーナーのカウンセリングを受け、鈴木が金メダリストとなった2008年北京パラリンピックの時と現在との違いや、決勝で力を発揮できる体にもっていくための心の状態など、今、いろいろと模索している。

パラスイマー鈴木孝幸

「決勝で予選を上回るタイムを出す」。1カ月後に迫った世界選手権でトレーニングの成果を出すつもりだ

「タイムを競う水泳は、自分とどう向き合うかが非常に大事。一瞬の心の迷いが、タイムに影響してくる」と鈴木。実際、カウンセリングを受けて気付いたのは、北京を境にして変化したレースに臨む時の心理状態だ。

「北京で金メダルを取るまでは、自分の泳ぎにだけ集中していました。でも、北京以降は、どこかで追われているような気がして……。金メダルを取ったことで、無意識に挑戦者ではなくなってしまったんでしょうね。だから、ほかの選手が予選でどのくらいのタイムで泳いでいるか聞いたりしていたんです」

しかし、それまで鈴木が持っていた50m平泳ぎの世界記録も、リオで破られた。これからは、自分のことだけに集中するつもりだ。そして、決勝でベストタイムを出すことを目標に、世界選手権に臨む。

7月、鈴木の元を訪れた際、25mプールで行った個人メドレー(75m)のタイムトライアルでは「1分23秒04」「1分22秒07」「1分22秒06」と、泳ぐごとにタイムが縮まっていた。そのことについて聞くと、鈴木はこう答えてくれた。

パラスイマー鈴木孝幸

「もう一度、パラリンピックで金メダリストになる」。今はそのスタートラインに立つことが目標だ

「まぁ、体がだんだんと動くようになってきたことが一番の要因だとは思います。ただそれも自分がどのくらいのタイムで泳ぐかというイメージをした中での泳ぎ。レース本番でも『予選ではこのくらい』『決勝ではここまで上げる』といったイメージをもって、その通りに泳ぐという意味では、すごくいいトレーニングになっていると思います」

「パラリンピックでもう一度、金メダルを取る」

その目標のスタートラインに立つための階段を、鈴木は今、一段ずつ歩んでいる。1カ月後の世界選手権は、その第一歩となる。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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